第118話 セアラの誕生日とアルの浮気疑惑⑧ エリー
「しかしあの二人は本当にロクでもないな……しばらく監視しないといけないか……いっそ魔法で姿を変えて、ファンクラブの会合とやらに顔を出してみるか……?」
アルは自宅から一番近い、カペラの東門へと向かいながら独り言つ。
「あ、アルさん。おはようございます。今日は、どうぞよろしくお願い致します」
「おはようございます、エリーさん。すみません、お待たせしてしまいましたか?」
エリーと呼ばれた女性、すなわちセアラの元専属侍女が、髪をかきあげながら、ふわりとした微笑みを見せる。
「いえ、大丈夫ですよ、まだ待ち合わせの時間よりも早いくらいですから。恥ずかしながら、昨夜は楽しみと緊張であまり眠れませんで」
「無理もありませんよ、それでは早速行きましょうか」
「はい、お願い致します」
二人がにこやかに会話をしていると、仕事そっちのけでエリーに目を奪われ、鼻の下を伸ばしていた、アルと顔見知りの門番が『なんでお前だけ』という視線を向けてくる。
「誤解しているようだが、違うからな?」
目は口ほどに物を言うを地で行くその門番に、アルは思わず弁解から入るという悪手を打ってしまう。
「アル、お前それ、やましいことがあるって、言ってるようなもんじゃねえか。どうせこっから出るってことは、今から家に連れ込むつもりなんだろ?」
「家には連れていくが、その言い方はやめろ。彼女はセアラの姉だ」
「はぁ?バレバレの嘘つくなよ、キレイだけど全然似てねえじゃねえか!」
職務中だということも忘れ、私情丸出しでヒートアップし、声を荒らげる門番。
「血は繋がってないんだよ」
「チッ、あくまでもしらを切るって訳かよ。これだから顔の良い奴ってのは信用ならねえ……早く行っちまえ!!」
今にも呪詛の言葉を口にしそうな門番、アルとエリーは追い払われるように、森へと向かって歩き出す。
「アルさん、あの門番さんは何をそんなに怒っていらしたんでしょうか?」
「ああ、ええっと……セアラはこの町で人気があるんですよ。本人は知らないようなんですが、それこそファンクラブなんてものまであったりしまして」
「ええ!?ファンクラブですか!?」
エリーは耳を疑うその単語に、驚きを露わにして思わず聞き返す。
「ええ、最近では段々と看過できないレベルになってきたので、引き締めないといけないんですがね。いっそ潰してしまった方がいいか……」
アルの表情が暗く沈んでいくと、エリーは慌てて軌道修正を試みる。
「そ、そうですか……それでセアラの人気と門番さんの怒りの関係は……」
「あ、すみません、話が逸れましたね。私とセアラが夫婦だというのは、この町では広く知れ渡っているんです。それで妻のセアラにそれだけ人気があるということは、夫の私の醜聞もまた、大きな話題になりやすいんです。それが本当か嘘かは別として、人はその手の話が好きですからね」
「それはつまり……私がアルさんの新しい恋人と勘違いされていると、そういうことですか?」
「ええ、そういうことですね」
アルに自身の考えを肯定されても、エリーにはいまいちピンと来ないようで、小首を傾げる。
「でも……そんな誤解されるようなこと、しましたでしょうか?」
「私がセアラ以外の女性と二人で、カフェに行ったり、こうして歩くなんてことは、まず無いですからね。普段あらぬ誤解を受けぬようにとしていたことが、今回、裏目に出てしまったみたいです」
その説明を受けたエリーは大きく頷くと、嬉しそうに、遠くを見つめながら目を細める。
「セアラは……大事にしてもらっているんですね。アルさんにも、町の方にも」
「はい、セアラの周りには、いつも人が集まるんです。確かにセアラには優れた容姿がありますが、老若男女問わず、本当に多くの人が彼女を慕っています。不思議とセアラには、人を惹き付けるような魅力があるんですよね。先代のアルクス王国の国王に見る目があれば、手放すのは惜しいと思ったでしょうに」
「ええ、それは本当に……それが原因で、他の王女たちに妬まれたようなものですからね」
実際のところ、アルが誤解を招かないようにしているのは、セアラに怒られるからという側面が非常に大きいのだが、それは言わないでおく。
二人は共通の話題である、『セアラ談義』に花を咲かせながら歩を進めると、あっという間に自宅へと到着する。
「ただいま戻りました」
「あ、アル君、おかえりなさい。そちらがエリーさんね?初めまして、セアラの母のリタです。娘が本当にお世話になったみたいで、ありがとうございます」
「いえ、とんでもありません。初めまして、エリーと申します。本日はお会いできて嬉しいです」
「それでは立ち話もなんですから、中へどうぞ」
エリーを中へと招き入れると、アルはキッチンへと向かいコーヒーの準備を始める。
一方のリタとエリーは向かい合って、ダイニングテーブルに着く。
「それにしてもよくご無事でしたね。以前セアラから色々と話を聞かせていただいたのですが、かなり厳しい状況だったようで」
リタはエルフの森でセアラと再会した時に、エリーのことも一通り聞いていた。セアラは、エリーはきっと生きているはずと口にはしていたものの、それを確かめる勇気も手がかりも今は無いと、リタに話していた。
「そうですね……姫様と別れてから、実際に追っ手に捕まりましたので、もうこれまでとは思いました」
さすがに母親の前とあって、セアラを呼び捨てにすることを遠慮するエリー。それでもセアラから事情を聞いているリタは、エリーの手にそっと自身の手を乗せ、ゆっくりとかぶりを振る。
「エリーさん、どうか私のことは気にせず、セアラと呼んでやってください。あの子の成長を一番近くで見守ってくれたのは、私でもアル君でも無く、紛れもなく貴女なのですから。私としても貴女のような方が、セアラの姉になってくれるのなら大歓迎ですよ」
「はい……ありがとうございます」
「それで、追っ手から見逃されたという感じですか?」
アルがコーヒーの入った三人分のカップを持って、リタの隣に座る。
「ありがとうございます。いえ、丁度良く冒険者の方が私の悲鳴を聞き付けて、助けてくださいました。追っ手の方も、セアラではないと分かったのに、わざわざ戦うということはありませんでした。苦労して私の首など取ったところで、何の価値もありませんからね。その後は、その方々が拠点としている町に連れて行っていただき、しばらくしてから故郷へと戻りました」
「そうですか……その、大変失礼かとは存じますが、医療態勢も整わない、かなり貧しい村だと聞いております。もうご家族もおられないのであれば……」
リタが敢えて口にしづらい言葉を掛ける。それでも、エリーはその言葉の持つ意味を理解し、頭を下げる。
「ご心配していただきありがとうございます。リタさんの仰ることは当然だと思います。ですが……私は家族の死に目に会うことが出来ませんでしたし、その後も帰ることが出来ませんでした。ですから喪に服す意味も込めて、気の済むまではあの村で暮らそうかと。有難いことに、家の管理は、村の方がしてくださっておりましたので」
エリーは微かな笑みこそ浮かべているものの、その表情と語り口から、未だ家族を失った後悔と悲しみから立ち直れていないことは明白だった。
「……エリーさん、もし良かったらなんですが、うちで一緒に暮らしませんか?まだ気持ちに折り合いがつかないのであれば、それからでも構いませんので。きっとセアラはそれを望むと思いますし」
「でも、そんなこと………」
一瞬だけ嬉しそうな表情を見せた後、直ぐに再び俯くエリーに、アルは心を決めて語りかける。
「……エリーさん、もし見当外れだったら申し訳ありません。貴女は家族の死を理由に、幸せになることを拒んでいるのでは無いですか?」
「それはっ!」
図星をつかれたと言うように、エリーはばっと顔を上げる。
「家族の死と向き合い、悼む心を持つことは、当然のことです。でも、貴女の家族の気持ちを考えてみてはどうでしょうか?」
「家族の、気持ち……」
「貴女が幸せを拒むほど、それ程までに大切に思っていた家族であれば、貴女だけを遺して先立つことを、申し訳なく思ったのではないでしょうか?貴女には幸せになって欲しいと願ったのではないでしょうか?」
「……それ……は」
エリーがテーブルの上のこぶしをぎゅっと握ると、リタがそれを両手で包み込む。
「エリーさん、娘の幸せを願わない親などいません、いてはいけないんですよ?それに、あなたのことが大好きだった妹も、あなたが悲しい顔をしていたら、安心できませんよ?」
「私は……幸せになってもいいんでしょうか……?皆さんと一緒にいてもいいんでしょうか……?」
「勿論ですよ、セアラは貴女を本当の姉のように思っているのでしょう?それでしたら私にとっても義姉ですから、何の問題もありませんよ」
アルが穏やかな声で語り掛けると、エリーは今にも泣き出しそうな表情でリタを見る。
「ええ、私も大歓迎ですよ。私にとって、エリーさんは新しい娘ね」
リタはそう言って立ち上がると、エリーをそっと抱き寄せ背中をさする。その胸の中で静かに涙を流しながら、エリーはここに来るまでの葛藤を吐露する。
「……ありがとうございます……本当は……ずっと我慢していたんです……ずっとずっとセアラに会いたくて……でも、怖くて勇気が出なかったんです……優しかった私の家族は、そんなこと言わないと分かっているのに、心のどこかで思ってしまうんです。新しい家族を作って、私だけのうのうと幸せに生きていくなんて、そんなこと許さないって言っているんじゃないかって…………それに、セアラに会うことだって……もし私が姿を現せば、辛かった日々を思い出してしまうのではないかと……だけど、せめて無事かどうかだけでも知りたくて……」
エリーの話では、一目でもいいから姿を見ようと、この家に来たまでは良かったものの、人の気配が無かったため、最後の望みをかけてカペラを探し回っていたとのこと。そして偶然アルを見掛け、セアラの無事を確認するためだけに声を掛けていた。
「だから、セアラのことを一番理解されているアルさんから、是非会って欲しいと言われて、本当に嬉しかったんです」
リタの胸から顔を上げ、流れる涙を拭い、晴れ晴れとした笑顔を見せるエリー。
「その時に浮気疑惑なんてものが出たのねぇ。よっぽどいい雰囲気だったのかしらね」
場を和ませようと、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、リタがアルを見やる。
「やめてくださいよ……もう今日も散々言われましたからね……セアラに至っては、もう一人奥さんがいても大丈夫ですとか言い出したんですよ?」
「あぁ……成程ね……それで朝はあんなに変なテンションだったのね……本当にあの娘は……」
リタが呆れて頭を抑えながら左右に振り、エリーはクスクスと口元を押さえながら笑う。
「あぁ……こうして話を聞いていると、セアラは随分と変わったみたいですね……会うのが楽しみです」
「会ったら会ったで、またとんでもないことを、言い出しそうな予感はありますけどね……」
三人は顔を見合わせ、誰からともなく笑う。
「まあセアラもエリーさんを見れば、そんな誤解も吹っ飛ぶわよ」
「ははは、リタさん、知ってますか?それ『フラグ』って言うんですよ……」
※ちょっと宣伝
ネタバレになるので描写しておりませんでしたが、シルが主人公の続編『銀髪のケット・シー』でも、エリーはアルの領地で暮らしてます。家を新たに建てました。そして既婚です(夫はもちろんアルじゃないですよ)。この先、舞台が移ったら出てきます。よろしければそちらも読んでみて下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます