第117話 セアラの誕生日とアルの浮気疑惑⑦ 闇取引
冒険者ギルドを後にしたアルは、相変わらず人が多いメインストリートを進み、セアラの初めての友人であるメリッサの店へと向かう。
メリッサの店は、人気者のセアラの得意先ということだけあって、カペラの激戦区の中にあっても、一際強い存在感を放っている。
(しかしアンにまで話がいっているとはな……ということは当然……ん?)
【本日、火急の案件処理のため、臨時休業致します。黒髪黒目の男性は出入り禁止。入ったら●●●】
(……火急の案件とか書く必要あるか……?しかも黒髪黒目の男性はって……それってまあ……そういうことだよな……)
ドアに掛けられていたのは一枚の札。その文字からは、何故か怨念めいた感情を感じる。
カーテンは閉められていたものの、アルは中に人の気配を感じたため、一抹の不安を抱えながらも、意を決してドアを開く。
「……やはり来たわね、女性の敵め!?」
「こるあぁぁーー!どの面下げて入って来てんだあーー!!札が読めんかったんかぁぁぁ!!」
何故かメリッサの店にレイチェルも来ており、巻き舌でアルを罵倒する。
「やっぱりか……なんでレイチェルもいるんだ?」
「うるさい!うるさい!!セアラさんは私が幸せにしてあげるんだから!!あんたなんかに任せられるかぁぁーー!!!!」
床が抜けるのでは?と心配したくなるほど、激しい地団駄を踏むレイチェル。しかしセアラの友人でありながら、熱狂的なファンでもある彼女の反応は想定の範囲内。とりあえず話をしなければと、アルが比較的落ち着いている様子のメリッサの方を見やると、敵意丸出しの舌打ちを返される。
「チッ……とは言え、呼び出しを掛けようとしていたのも、また事実。のこのこと顔を出してくれたのは、好都合とも言えるわね。いいでしょう!そこに座りなさい!!」
「……いや、座れって言われても、イスが無いんだが?」
「はぁぁぁん?床に正座に決まっているでしょうが!?」
落ち着き払ったアルの返答に、またしてもレイチェルが烈火のごとく怒りを発する。釈然としないながらも、事をスムーズに運ぶためには、従った方が良さそうだと判断し、アルはその場に正座する。
「ではまずは事実確認から始めましょうか」
メリッサは忙しなく働く平民としては珍しいヒールの高い靴を、わざとらしくカツカツと音を鳴らしながら、アルの目の前を左右に往復する。
「はい!裁判長、被告人は死刑でいいと思います!若しくはセアラさんと離縁で!」
「求刑が早すぎるだろう?せめて事実確認と申し開きくらいさせてくれ。あと若しくはの振れ幅が大きすぎないか?」
「はっ、これはこれはアルさんともあろうお方が、語るに落ちましたね?セアラさんと離縁することは、死ぬことに等しいですよね?少なくとも私がアルさんの立場なら死ねますね。愛情が足りてないんじゃないですか?」
正直なところアルには、レイチェルの言っていることはよく分からないが、セアラに対する愛情が足りないと言われて、『はい、そうですね』と引き下がる訳にはいかない。
「くっ……レイチェルこそ、セアラにばかりかまけて、トムに対する愛情が足りないんじゃないのか?」
「え?だって夫は普通の人、セアラさんは女神様じゃないですか。比べられるものではありませんよ。何を言っているんですか?」
「……そうか」
無茶苦茶な理論を、さも当然のように言うレイチェル。アルはこれ以上踏み込むのは危険と判断し、話を切り上げる。
「二人とも静粛に!!それでは事実確認をします。被告人、あなたは昨日、午前十一時頃、食品市場で女性に声を掛けられましたね?」
「はい、掛けられました」
「その女性が好みのタイプだったので、『ラッキー!!』と思い、行きつけのカフェに誘いましたね?」
「いえ、タイプとかラッキーとかではなく、込み入った話があるとの事だったので誘っただけです」
「ふむ……では女性は好みのタイプではなかったと?」
「それ、関係ありませんよね?」
「大いに関係してきます!!それで?キレイだと思った、ブサイクだと思った、どちらかと言えばどっち?」
「それは……まあどちらかと言えば、普通にキレイな人だと思いました」
「「はい!
二人が一糸乱れぬ動きでアルを指さして断罪する。
「だから早いだろって……申し開きさせてくれよ!?」
「そんなの必要ないです!!聞くまでも無く
非常に理不尽な物言いではあるものの、力説するレイチェルの目は完全に座っており、百戦錬磨のアルですら、ツッコミを忘れて恐怖を覚えるほどだった。
「まあまあレイチェル、被告人の言い分にも辛うじて、本当に辛うじてだけど一理あるわ。まあどれだけ言葉を尽くそうとも、
まるで汚物でも見るかのように、腕を組んだままアルを見下ろすメリッサ。
「むぅ……特別顧問がそう言われるのであれば、仕方ありませんね……」
ここまで、諸々ツッコミどころが満載であっても耐えてきたが、アルは聞きなれない肩書きを耳にすると、反射的に尋ねる。
「ちょっと待て、特別顧問って何だ?」
「被告人、法廷において、不規則な発言は許されませんよ?必ず許可を得てから発言するように」
「……はい、分かりました」
「ふむ、素直でよろしい。そんな被告人に免じて教えてあげましょう。特別顧問というのは、セアラファンクラブにおける私の肩書よ」
メリッサが自信たっぷりに
「何を隠そう、私が就任依頼をしたのですよ。おかげでセアラさんの
「ホーリークロス……聖なる衣……?つまり服……ということか?」
アルが目を瞑り脳をフル回転させると、記憶の中からセアラとの一つの会話を探り当てる。
『セアラ、その服どうするんだ?』
『ああ、これはメリッサに渡すんですよ。着終わったものを渡すと、新しいものと交換してくれるんです』
『古いものと新しいものを交換するのか?……そんなことをして、メリッサに何の利点があるんだ?』
『なんでもメリッサが言うには、ミスコンの優勝以来、彼女は私の専属スタイリストで名が通っているらしいんです。実際、私の服は全て彼女に仕立ててもらってますから、その通りなんですけどね。なので新作を私が着ていることで、お店の宣伝になるらしいですよ?』
『ふぅん、確かにセアラが着ていれば目立つからな。それにしても古い物をわざわざ引き取るのは何でだ?』
『すぐにたまるだろうから、処分してあげるって』
『すぐにって……そんなにたくさんもらっているのか?』
『ええ、月に十着ほど』
『は?月に十着?そうか、セアラの服装が頻繁に変わるのはそういう訳か……てっきり、セアラはお洒落をするのが、好きなんだなと思ってたよ』
『ええっと、お洒落が好きなのはその通りなんですが、さすがに自分ではこんなに買わないです……それに宣伝ということで、偏りが出ないように順番に着ていると、結局、一着につき三回ほどしか袖を通さないことになるんです……それが勿体なくて、ちょっと心苦しいんですよね』
『まあメリッサがそれでいいと言うなら、そこまで気にする必要は無い、のか……?』
『そうですね、私も色々と考えたんですが……私としてはいつも新しい服を着られますし、メリッサも喜んでいますので、考えすぎなくても良いかと』
『ああ、そうだな。今日の服もよく似合ってるよ』
『アルさん……はい、ありがとうございます』
赤らめた頬に両手を当てて微笑むセアラを思い出し、アルは思わず笑みがこぼれそうになる。しかしその一方で、アルの思考はおぞましい推測へとたどり着いていた。
「お前たち、もしかして……」
「あーあーあー、聞こえませーん!!先程も申し上げましたが、不規則発言は一切認めませーん!では被告人、申し開きを」
古典的な方法で話を逸らすメリッサだったが、アルも一先ず当初の目的を果たしておこうと、一から説明をする。
「あわわわ、大変申し訳ありませんでした……」
「慎んでお詫び申し上げます……」
アルから事情を聞くなり、二人は顔を青くすると、どこで習ったのか不明な、堂に入った土下座をして謝罪する。
「まあ俺も紛らわしい行動を取ったのは事実だからな。二人とも友人としてセアラを心配してくれたんだし、これ以上どうこう言うつもりは無いよ。じゃあ今日の夜、来てもらえるか?」
「もちろん!喜んで参加させてもらいます!」
「わ、私も!夫と一緒に行きますね!」
「そうか、ありがとう。セアラもきっと喜ぶよ」
アルからのお許しをもらうや否や、二人はスっと立ち上がり、そそくさと仕事へと戻ろうとする。
「よ〜し、そうと決まれば店を開けようかな!」
「そうですね!心配事も片付きましたし、私も商会に戻らなきゃ!」
「話はまだ終わってないんだが……?」
「え、ええ〜?何の話ですか〜?ほらほら、お客さん来ちゃいますって〜!」
「全く見当もつきませんよね〜メリッサさん?それではさようなら!!」
清々しいほどに棒読みのセリフを口にしながら、アルを追い出そうとするメリッサと、一刻も早くその場を離れようとするレイチェル。
パチンっ!
アルが指を鳴らすと、二人の動きがピタリと止まる。
「あれ?体が……なんで?」
「ええっと、アルさん?体が動きませんけど?」
「当然だ、俺の『影縫』はAクラスの冒険者でも動けないからな。さて、セアラの着終わった服をどうしているんだ?」
体を動かせない二人は、その代わりに冷や汗をダラダラと流し始める。
「あのぉ……えっとぉ……そのぉ……レイチェルがどうしてもって言うから!!」
「あぁぁーー!ひどいです!!いい話があるって持ちかけてきたのは、メリッサさんじゃないですか!?」
「どちらでもいい、どうしているのかを聞いているんだ」
「「ひえっ……」」
殺気こそ出していないものの、怒りが乗ったアルの言葉は、女性二人にはさすがに堪える。観念した二人は、消え入りそうな声量で手口を白状する。
「……私はレイチェルに一枚あたり金貨一枚で卸してました……」
「……二十枚に切り分けて、一枚あたり銀貨一枚で、ファンクラブの会員に売りました……」
予想通り過ぎる答えに、アルは嘆息して頭を抱える。
「アルさん!どうかセアラには内緒で!!絶交されちゃいます!!」
「そ、そうです!それにセアラさんに知られたら、ファンクラブの存在が公になってしまいますよ?」
「あのなぁ……そもそも絶交されるようなことをするなよ……とは言え、俺だってセアラに知らせようだなんて思ってない。自分の着た服が見ず知らずの人間の手元にあるなんて、知らされたところで気持ち悪いだけだろう?」
「「じゃあ!!」」
「セアラには言わないが、二度とやるなよ!?」
「「は〜い……」」
「じゃあまた夜にな」
意気消沈して下を向く二人の様子を見て、アルは嘆息しながら店を出る。
バタンっ
入口のドアを閉める音が聞こえると、二人が嬉々として顔を上げる。
「特別顧問!次は何で行きましょう?」
「そうねぇ……『ヘアスタイルを含めたトータルコーディネートの提案』とでも称して、髪でも切らせてもらおうかしら?」
「おおぉぉ!さすがです!!それは名案ですね!!セアラさんの髪の毛!!これは相当稼げますよ!!」
「ふふふ、当然よ!一本あたり銀貨一枚でも行けるかしらね?」
「お前らいい加減にしろよ!?」
「「うわぁっ!!?」」
店を出たと見せかけて、『
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