第113話 セアラの誕生日とアルの浮気疑惑③ 事情聴取
「美味しい〜!!」
「そっかそっか!久しぶりだから腕によりをかけたからね、お代わりもあるからいっぱい食べてね」
「うん!」
嬉しそうに、シチューをかきこむシル。猫獣人のような風貌のケット・シーではあるが、猫舌ではない。
その日の夕食、シルとリタは日中の出来事など無かったかのように、いつも通り会話をしていた。しかしセアラは笑顔こそ保ってはいるが、殆ど会話に参加していなかった。本人は表面上取り繕っているつもりだが、明らかに元気が無く、ふとした瞬間に何度もため息をついている。
「セアラ、どうしたんだ?どこか体調でも悪いのか?」
言うまでもなく、そのような状態のセアラを、アルが放っておくはずもない。
「え?そ、そんなことありませんよ?……そのように見えますか?」
「ああ、そうじゃないんなら、何か悩みでもあるのか?」
「ええっと、悩みと言いますか……その……そういえばアルさん、今日はお買い物どうでした?何か変わったことなどは、ありませんでしたか?」
セアラは、どうにか精一杯の作り笑いを貼り付けて、あたかも話題を切りかえたかのように装う。
「買い物?どうって言われてもな……いつも通りだったよ」
その瞬間、セアラの笑顔が微かにひきつり、リタの放つ空気がピリッと張り詰める。アルはそれを感じて二人を見比べるが、リタは何事も無かったかのように、シルと会話をしながら食事を進めている。
「そうですか……えっと、その……あの……やっぱりなんでもないです、変なこと聞いてしまってすみません」
隠すということは、やはり、やましいことがあったのでは?と言う疑念がセアラの中で膨らむが、勇気を出して踏み込むことは出来なかった。
そして、その代わりに、貼り付けていた作り笑いが剥がれ落ち、悲しみと寂しさに暮れた表情が露になる。
「そうか……俺のことなら心配しなくていい、大丈夫だから……」
アルは、その表情に胸が締め付けられるが、柔らかい口調でそう返すことしか出来なかった。
その後は、大人たちの間に、やや重苦しい雰囲気が漂うものの、大きな波乱が起こることも無く夕食が終わる。
「セアラ、シルちゃんとお風呂行ってきたら?片付けはアル君とやっておくから」
「え……でも」
「ああ、先に行ってくるといい」
アルはリタの言葉の意図を察して、同意を示す。
「じゃあ……行ってきますね。シル、行こ」
「は〜い」
セアラたちが浴室に入るまでは、黙々と片付けを進める二人。やいがて脱衣所から声が聞こえなくなったころ、リタがふぅと一息ついて切り出す。
「それじゃあ説明してもらおうかしら?」
「……セアラのあの様子、やっぱり誰かから聞いたんですね?」
セアラの不自然な態度に質問、それにアルが答えた時のリタの剣呑な雰囲気。推測する材料としては十分過ぎた。
「ええ、ちょっと、じゃないわね。かなり下品な冒険者たちが丁寧に教えてくれたわよ。とりあえず教育的指導はしておいたから」
「はぁ……まったく、あの三人か……分かりました。どの道リタさんには、最初に相談するつもりでしたから」
「ふぅん、ていうことは少なくとも浮気じゃなさそうね」
「そんなわけないでしょう……」
「でもさぁ、私が言うのもおかしいとは思うんだけど、アル君ならもう何人か娶っても、おかしくはないと思うのよ。それだけの甲斐性はあるし、ギルドでの宴会でも思ったけど、他にも言い寄られたりしてるんでしょ?ただの火遊びはダメだけど、きちんとした誠実なものだったら、私もその辺に理解はあるつもりよ。そもそもエルフは男の方が少ないから、一夫多妻だしね」
心外だと言わんばかりに嘆息するアルを見て、リタが抱いていた疑問を投げかけると、アルは顔を赤くする。
「そう言われても、別に深い意味なんて全然ないです、物凄く単純なことなんですよ…………俺にとってセアラは特別で、本当に大切なんです。俺が腐ってた時も、辛かった時も、ずっと傍で支えてくれましたから。まあ、なんて言うか……はっきり言ってベタ惚れなんですよ。だからこそさっきのは……ちょっと……キツいですね」
夕食時のセアラの辛そうな表情を思い浮かべ、アルが自嘲気味に笑い、肩を落とす。
「ふふ、そんなこと考えていたのね…………ねぇ、アル君」
「はい、なんでしょうか?」
「セアラを好きになってくれて、ありがとうね」
リタが心からの感謝を伝えると、アルは気恥しさを紛らわすように、食器を片付け始める。
何も言わずに、リタがその様を眺めていると、アルがぽつりぽつりと語り始める。
「……それは……ちょっと違いますね。俺が好きになったと言うよりも、好きにさせられた、と言った方が正しいですよ」
「あはは、確かにそうかもね」
「ええ、最初は完全に成り行きでしたけど、セアラはいつも真っ直ぐに思ってくれた。今でこそ感謝していますが、その時は本当に物好きで、困った娘だと思いましたよ。だからこそ、セアラは俺にとって、唯一無二の存在なんです。そんなセアラと肩を並べることの出来る女性なんて、いるはずがないんですよ」
「母親としては嬉しいけど……なんだか聞いている方が、恥ずかしくなるわね」
「あの……間違いなく、言ってる方が恥ずかしいですよ……それにしても、まだまだ信用がないんですかね?」
「まあ、隠し事したことを差し引いたとしても、あの子はアル君のことになると、途端に周りが見えなくなるからね。それも愛されている証明だと思って、受け入れてやってちょうだい」
「……分かりました。とりあえずは、自惚れておきますよ。それで今日の件なんですが……」
アルが今日出会った女性の素性について説明すると、リタが確かにセアラには説明しづらいと同意する。
「あ〜……そっかぁ……こうなったらセアラには悪いけれど、もう一日我慢してもらおうかしらね」
「それも思ったんですが……なんだかそれってエゴみたいじゃないですか?ちょっとセアラが可哀想かなって」
「ふ〜ん……」
全てを見透かしたような目で見てくるリタに、アルはバツが悪そうに頭を搔く。
「はぁ……すみません、ダサいこと言いました、今のは忘れて下さい。俺が嫌なんですよ、あんな顔のセアラを見るのは。もう一日とか絶対に無理です」
「うん、素直でよろしい!じゃあ、ちょっと考えてみましょ」
リタは腕を組んで、虚空を見上げながら、頭をぐるぐる回して知恵を絞るが、遂には面倒になったのか、妙案と言うよりもシンプルな答えを捻り出す。
「分かった!もう明日の夜にパーティしちゃいましょう!日を跨いだらOKでしょ!なんなら二日やってもいいし」
「はは、それ良いですね。それで行きましょう」
セアラの誕生日は祝いたい、何かしらのサプライズも行いたい、だけどこれ以上セアラの悲しい顔は見たくない。そんなアルからすれば、願っても無い提案だった。
「それで他にも誰か呼ぶのかしら?」
「ええ、そちらの方は明日の日中に、心当たりを回ってみますよ。セアラとシルは明日から仕事ですから、丁度いいですしね。それで……パーティーの準備なんですが」
「その子と一緒にすればいいんでしょ?」
「……おっしゃる通りで……初対面で本当に申し訳ないんですが」
アルが言い出しにくいことを、先回りして、事も無げに言ってくれるリタ。自分があまりコミュニケーション能力が高いと思っていないアルからすれば、初対面の人と二人きりでパーティーの準備など、かなり気が重い。
「いいの、いいの。一人じゃちょっとしんどいし、私も少しお話しておきたいから」
「そうですか。そう言っていただけると助かります。彼女にも話は通してありますから、明日こちらに連れてきますので」
「うん、よろしくね。あ〜、あとプレゼントなんだけど……」
「何か希望がありそうでしたか?」
「全く無いわね」
「……ま、まあ、それもセアラらしいと思いますよ。じゃあそちらも明日考えてみます」
「ええ、きっとなんでも喜ぶわよ」
「結局はそうなんでしょうけどね。それでもセアラのことを考えながら、悩むのは楽しいですから」
「……ホント、呆れるくらいお似合いの二人よね……」
さらっと惚気けて片付けを再開するアルを、リタはジト目で見ながら、小声で呟いた。
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