幸せな結婚生活編
第108話 さよならソルエール、ただいまカペラ
パーティの二日後、アルたちがソルエールを出発する日がやってきた。
今日は一先ず、カペラでお世話になった人達への挨拶。その後は必要な買い物を済ませてから、晴れてアルとセアラのものとなった森へと向かう予定となっている。
「クラウディアさん、先生、お世話になりました。グレンさん、エルシーさんもお元気で」
「はい、こちらこそお世話になりました。結婚式は六月の予定でしたよね?必ず出席させていただきますので」
「私はまたそのうち、ふらっと遊びに行くからヨロシクね〜」
「……言っても無駄でしょうから、来るなとは言いません。ですが、せめて連絡はしてください」
諦め顔のアルが苦言を呈するが、何処吹く風のドロシー。
「今度同じことをしたら……分かっているわよね?」
「アルさん、セアラさん。いきなり来たら連絡。すぐ回収する」
「「分かりました」」
「あうぅ……はい……」
クラウディアとエルシーの、背筋も凍る鋭い視線に射抜かれ、ドロシーは意気消沈して肩を落とす。
「ねえねえ、じゃあ師匠が来る日を決めておいたらいいんじゃないの?そうしたら大丈夫でしょ?私もたまには師匠に会いたいし」
「ん〜、私の味方はシルだけよ〜!」
ドロシーは芝居がかった大袈裟なアクションを見せながら、抱きつき頬にキスをすると、シルがむぅと迷惑そうな顔をする。
「たまにだよ!ちゃんとお仕事しないと来ちゃダメだからね!」
「え〜、そんなぁ……」
「だって私もパパもママもお仕事あるんだもん。いきなり来たら迷惑になるよ!」
遥かに年下のシルからぶつけられる、ぐぅの音も出ないほどの正論。さすがのドロシーも顔を赤くして引き下がらざるをえず、その場が笑いと和やかな雰囲気に包まれる。
「じゃあそろそろ」
「ええ、お元気で。困ったことがあったら、なんでも相談してくださいね。リタも元気でね。あんまり二人の邪魔しちゃダメよ」
旧友のリタにクラウディアが気安い雰囲気で話しかけると、リタは腕を組んでそれをきっぱり否定する。
「失礼ね、邪魔なんてするわけないでしょ?むしろ積極的に応援していく所存よ」
「もう!お母さん、何言ってるのよ!?恥ずかしい……じゃあ本当にお世話になりました。またお会い出来る日を楽しみにしてますね!」
セアラが顔を赤くしリタの手を握って自分のもとへと引き寄せると、足元に金色に輝く魔法陣が出現し転移魔法が発動する。そしてクラウディアたちは、名残惜しくも、笑顔で手を振りそれを見送るのだった。
カペラの町の外に広がる草原、かつてセアラが初めて転移魔法を使用した場所にアルたちは立っていた。
「帰ってきたな……」
「ええ、あれから三ヶ月も経っていないのに、随分と懐かしい気がしますね」
アルのしみじみとした呟きにセアラが答え、左手をすっと差し出す。
「ああ、そうだな」
頬を緩ませながら、アルはその手を取って繋ぐと、かつて夫婦のフリをしていた時を思い出しながら歩き出す。
「あらあら、娘を放ったらかして、全くしょうがない二人ね。じゃあシルちゃんは私と手を繋ごうか?」
「うん、いいよ!」
すっかりアルとセアラが二人の世界に入ってしまったので、リタとシルは邪魔をしないように手を繋いで後ろを歩いていく。
「アルさん、最初はどこに行きましょうか?」
「そうだな、やはり冒険者ギルドでいいんじゃないか?」
「はい!そうですね」
少しばかり不自然な喜色がセアラの声に混じるが、浮つき気味のアルはそれに気付かない。
会話は最低限に、愛しい人の存在を隣に感じながら、町の様子を眺めて手を繋いで歩く。そんな何でもない日常が二人にとっては心地いい。この上なく贅沢な時間に感じられた。
やがて見慣れたギルドの辺りに到着すると、アルたちに気付いた冒険者たちから声をかけられ、ギルドの中へと半ば強引に引きずり込まれる。
「せーのっ」
「「「「「おかえりなさーい!!!」」」」」
「え……な、なんで?」
ギルドの一階の部分には豪勢な食事が並べられており、冒険者だけでなく、アルたちに縁のある人達が一堂に会していた。予想だにしていなかった光景に、アルは理解がついていかず、呆然と立ち尽くす。
「ふふ、実は私が先に連絡しておいたんですよ。今日アルさんと一緒に帰りますって」
「そうだったのか……まさか知らないのは俺だけ……?」
はっとしてアルが振り返ると、シルとリタもしてやったりと、ニヤニヤ笑っている。
「すみません。私が連絡したら、アルさんには内緒でって言われましたので。でもちょうど良かったです。アルさんには、ちゃんと皆さんが歓迎してくれてるって、知っていただかないといけませんからね」
悪戯っぽく、わざと口を尖らせながらセアラが言う。
「そうか……みんなありがとう」
「おいおい、らしくねぇなあ。いつもみてえに無表情でさらっと流してみたらどうなんだ?調子狂うじゃねえか」
殊勝な態度で礼を言うアルに、解体場の責任者であるモーガンが一歩進み出て、愉快そうに茶化す。
「いや、感謝しているよ。本当にな。しかし俺たちを迎えるだけで、随分と大袈裟だな?」
「そんなの当たり前だろうが?うちのギルド出身の『戦場の女神』『聖女』、そして『世界の英雄』の凱旋だぜ?」
今度はギルマスのギデオンが、誇らしげに胸を張って答える。正確に言えば、セアラとシルは冒険者登録をしていないが、わざわざあげつらうことはしない。
「知ってたのか……」
「そりゃあな。お前らを知らねえ奴らなら分からねえだろうが、知ってる人間からすりゃあ、すぐに分かるってもんだぜ?まあさすがに『戦場の女神』と『聖女』の特徴を聞いた時にゃあ、思わず耳を疑ったがな。二人が携わってるって分かりゃあ『世界の英雄』は、お前しかありえねえだろ?」
ギデオン曰く、最初に『聖女』の容姿が銀髪の猫獣人の少女という情報で、ピンと来たとのこと。あとは『戦場の女神』の特徴が、セアラと一致したことで確信していた。
「そうか、一応それは他言無用で頼むよ」
「まあ名前が公表されてねえ時点で、そういうこったろうとは思ったが……本当にそれでいいのか?」
「ああ、目立っても良いことは無いからな。それにあの戦場には俺たち以外にも、一緒に戦った名も知られぬ英雄たちが大勢いたんだ。全員が命懸けで、役割を果たしたからこそ勝てたんだよ。そして実際に死んで行った者たちも少なからずいた……なのに俺だけが名を残す訳にはいかないだろ?」
「そうか……お前らしいな……」
シルによる解呪が成功し、アルが目覚めた時、既にモンスターやドラゴンによって、少なくない命が失われていた。いかに聖女とて、失われた命は元には戻せない。
アルは自分が眠ってさえいなければ、誰も死なせなかったなどと言うつもりは無い。そんな考えは
それでもせめて世の中には自分の名前を伏せることで、その者達の功績が霞まないようにして欲しいと訴えていた。
「だからこれまで通り、のんびり暮らすことにするよ。そういう訳で、またギルドで世話になる。みんなもよろしく頼むよ」
「ああ、お前ならもちろん大歓迎だ!」
「アルさん!またよろしくお願いしますね!」
「私も忘れないでくださいね〜!」
「ああ、よろしくな」
冒険者たちから拍手が起こり、受付嬢のアンとナディアがアルの手を取り笑顔を弾けさせる。例によってセアラは渋い顔をするが、さすがに空気を読んで、他意は無いだろうと信じ大目に見る。そしてシルを連れてモーガンの前へと進み出る。
「モーガンさん、私とシルもまた働かせてもらっていいですか?」
「また働かせてください!」
「ああ、もちろんだ。二人がいなくなってから、アイツら気が抜けた仕事をしていやがったからな。こっちからお願いしたいくらいだ」
モーガンが後ろに控える解体場の男たちに睨みをきかせるが、全員、緩み切ってだらしない顔をしている。
「ふふふ、皆さん、またよろしくお願いしますね」
セアラが優雅に頭を下げると、シルも一緒にぺこりと頭を下げる。そしてギルドには、男たちの怒号のような歓声が響き渡る。
「俺の時とは大違いだな……」
アルの独白は歓声にかき消され、誰の耳にも届くことは無かった。
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