第106話 ノブレス・オブリージュ
そして迎えた三日後、各国首脳を中心とした、そうそうたる面々がパーティー会場へと集まってくる。ただし公式な行事ではないため、格式ばったものでは無く、立食で自由に話をするというフランクな形式が取られる。
「セアラ、おかしくないか?大丈夫か?」
落ち着かない様子のアルが、緊張した面持ちでセアラに尋ねる。
公的な場でないとはいえ、各国首脳が一堂に会するとあれば、当然ながらアルとセアラも平服で出席という訳にはいかない。アルはラズニエ王国から広まったとされる燕尾服を、セアラは青いイブニングドレスを身に纏っている。
セアラは元王女だけあって落ち着いているものの、アルは勝手の違う状況にソワソワしていた。
「ええっと……これでよしっと、はい!とっても素敵ですよ!」
手馴れた様子でアルのタイを少し直してから、セアラがニッコリと笑いかける。
「ありがとう。その、セアラもよく似合っているよ。すごくきれいだ」
アルがセアラのドレス姿を見るのは、カペラでのミスコン以来のこと。相も変わらず直視できないほどに美しい妻の姿に、アルは頬が熱を持つのを感じるが、顔を逸らすこと無くセアラを誉める。
セアラもそんなアルの飾らない真っ直ぐな褒め言葉が嬉しく、頬を赤く染めてアルの横に並ぶ。
「ふふ、ありがとうございます。それでは会場に行きましょうか?シルたちは先に行ってるみたいですよ」
「ああ、何事もなければいいんだけどな」
「ええ、きっと大丈夫ですよ。エドガー陛下とブレットさんが頑張ってくれたみたいですから」
アルが一つ深呼吸をして左腕を差し出すと、セアラは腕を絡ませて、寄り添いながら会場へと向かう。
会場は世界会議も行われた、魔法学園にあるパーティー会場。天井には豪華なシャンデリアがいくつも吊り下げられ、貴族の夜会の会場と言われても違和感はない。もちろんドロシーは無駄だと思ってはいるが、貴族の子息令嬢が多い学園では仕方の無いことと割り切っている。
アルとセアラが並んで会場入りすると、会場中の視線が二人に注がれる。身分的には平民の二人ではあるものの、その佇まいは見るものを圧倒していた。特にセアラの美しさは、普段から見目麗しい女性を見慣れているはずの貴族たちでさえ、思わず息を飲むほどのもの。そして先程まで狼狽していたアルもまた、腹を括って堂々とした振る舞いで会場を進む。
二人はまず主催であるクラウディアのもとへと向かうと、彼女は会場中を代表するかのように二人に向かって謝意を示す。
「アルさん、セアラさん。お二人のおかげでソルエール、いえ、世界は救われました。ソルエールの代表として、そしてこの世界に住む一人としてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
クラウディアが二人に向かって頭を下げると、そばに控えるエルシーとグレンもそれに倣う。
「本日のパーティーは、お二人を始めとした『ソルエールの大戦』にご尽力された方々を労うものです。堅苦しい礼儀はございませんので、どうぞごゆるりとお楽しみください」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
アルとセアラがクラウディアに礼をしてその場を離れる。
今回のパーティーはエドガーの発案により、当初予定されていたアルとセアラへの挨拶だけでなく、全ての功労者たちを労い、各国が親睦を深めるものとして位置づけられていた。然してこのような名目となった背景には二つの目的があった。
まず一つには、各国が協調して勝利を掴んだことを祝い、今後は国という垣根を越えて、平和に向かって共に踏み出していこうという強いメッセージを打ち出すため。この世界においては、こうしたことでも無い限り、各国の首脳が集まるようなことは無い。そこでエドガーは今回の件を足掛かりにして、そうした場を作りたいと考えていた。
もう一つの目的は今まさに効果を発揮している最中であった。各国の首脳たちはアルとセアラを気にしながらも、パーティーの趣旨である自国の兵への労いや、他国の人間との交流を蔑ろにする訳にもいかず、早々にアルたちのもとへと来るようなことは無かった。
そして当然の事ながら平民の二人から、各国の首脳に声を掛けることなどあり得ないので、一先ずはゆっくりとパーティを楽しむことが出来ていた。
「よお、ユウ!……じゃねえな、アル!」
意外にも良く似合う正装に身を包んだ、見慣れた三人組がアルたちに声を掛けると、周囲から一斉に視線が注がれる。
「マイルズ、ブリジット、クラリス。無事で何よりだ」
「お久しぶりです。御三方ともご活躍だったようですね」
アルとセアラが過去の
「何言ってるのよ、二人ほどじゃないっての」
「うん、アルはもちろん、セアラにもかなり助けられた。ありがとう」
ブリジットが茶化すように手をひらひらさせ、クラリスはセアラに向かってペコリと頭を下げる。
「ところで今日はエドガー陛下の護衛につかなくてもいいのか?」
軽く周りを見渡しても、三人の護衛対象であるはずのエドガーの姿は見えなかった。
「ああ、今回は一応俺たちを労う場だからな。堅っ苦しいのは無しで楽しんでくれってことで、別の護衛が国から送られてきてる」
「そうか、相変わらず律儀な人だな」
「……ねえアル、ちょっと陛下から聞いたんだけどさ、本当に褒賞はあれでいいの?うちはともかくとして、どこの国もアルを欲しがってるよ。その気になればお姫様も貰えちゃうんじゃない?」
クラリスが相変わらず流れをぶった切って、聞きたいことをずけずけと聞く。そしてブリジットはにこやかなセアラの顔が、若干引き攣るのを見逃さない。
「ちょっとクラリス!そんな話をセアラの前でするなんて!本当にアンタはいっつもいっつも……もうちょっと場を弁えなさいよ?」
ブリジットがクラリスに苦言を呈するが、アルは丁度いいので牽制しておこうと、そのまま周りにも聞こえるように会話を続ける。
「なあクラリス、なんで今さら俺を引き込もうとするんだろうな?」
「んー、強いからじゃない?」
「なんで強いと欲しいんだ?」
「だってアルがいれば、戦争したら勝てるじゃん」
「成程な。じゃあ俺を引き込むのは戦争のためってことか」
「普通に考えたらそうでしょ?アルに領地経営なんて出来そうもないし、政治も無理じゃん」
「そ、そうだな……まあそういう事だ。俺は戦争の道具になるのは御免だよ」
「あー、そっか。それもそうだね。それ以外は大して価値はないもんね」
「「「「…………」」」」
顔色一つ変えることなく、平然と毒を吐くクラリスに四人は苦笑する。もっとも彼女は天然な所はあれど、馬鹿ではないので、きちんと相手を見て対応している。あんな事があったとはいえ、アルの事は信頼しているので、この場では聞かれたことに対して、忌憚のない意見を述べた方がいいだろうと判断した結果であった。
「アル、セアラ。楽しんでいるかい?」
アルとクラリスの会話を聞いていたのか、エドガーがブレットを伴って、心底愉快そうな声色で話しかけてくる。アルとセアラは恭しく頭を下げ、マイルズたちは臣下の礼を執る。
「はい、楽しませていただいております。色々とお気遣いを頂いたようで」
「なに、当然のことさ。君たちだけでなく、ここにいる彼らもまた、紛れもなく世界を救ってくれた英雄たちだからね。マイルズたちも楽にして、存分に楽しんでくれ」
「アル君、セアラさん。二人の望み通り、あの森は君たちのものとなった。各国ともそれを褒賞とすることを認めてくれたよ」
アルとセアラが望んだもの。それはかつて二人が暮らした森の領有権。二人で暮らした期間は僅かではあるものの、思い出が沢山詰まった大切な場所だった。
「ありがとうございます。無理を言ってしまい申し訳ありません」
「そんなことはないさ、君たちはそれだけの事を言う権利がある。まあ昨日の会議は思い出したくもないがね、皆まで言うつもりは無いけれど……」
エドガーが冗談交じりに言うが、その目は全く笑っておらず、相当苦労したということが容易に見て取れる。
「とは言え私よりもブレットが本当に良くやってくれたよ」
アルたちは知らないことであったが、二人は旧友であり共に国を憂いた仲。エドガーは上機嫌で、傍らに立つブレットの背中をバシバシと叩く。
「ブレットさんが……?」
「ああ。アルがいくら融和派の魔王の息子とはいえ、かつては我が国に裏切られて重傷を負わされ、今回は噂を鵜呑みにした国々に疎まれソルエールに来た。利己的な私たちは本来であれば、見捨てられても文句は言えない立場だと。それでもアルは私たちが手を取り合い、平和な未来を築いてくれると信頼し託してくれた。ならば私たちはそれに応え、恥ずかしくないように振る舞おうではないかってね」
「……当たり前だろう?でないと私が来た意味が無いのだから。それに、私が言ったのは権力を持つ者であれば当然のことだ」
ブレットは恥ずかしさを誤魔化すように、腕を組みふふんと鼻を鳴らす。
「そうだったんですか……ブレットさん、本当にありがとうございます」
アルとセアラが深く礼をして感謝の意を示すと、ブレットは照れながら当然のことをしたまでだと二人に声を掛ける。
「迷惑ついでと言ってはなんですが……実はブレットさんにもう一つお願いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「うん?私に出来ることであれば協力させてもらうが」
「実はディオネでお世話になった方を招待して、結婚式をしたいと思っているんですが、宜しければ」
「いいに決まってるじゃないか!よし、いつやるんだい!?盛大なものをしようじゃないか!」
「え、ええ。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「本当にお前はアルたちのことになると人が変わるな……」
出席して欲しいというアルの言葉が終わるのを待たずに、ブレットが準備に携わる気満々で、食い気味に返事をする。
ちなみにここで言う結婚式はこの世界で一般的に行われている披露宴の様なものを指している。
「アルさん、覚えてらしたんですね?」
「ああ、随分と遅くなってしまったけれど、落ち着いたらという約束だったからな」
「はい、嬉しいです!楽しみですね!!」
セアラは花のような笑顔を煌めかせながら、アルの腕にギュッとしがみついて、朱に染った頬を寄せる。
「ところで……アル、セアラ。それはもちろん私も呼んでくれるんだろうね?」
「……本気ですか?」
「当たり前じゃないか、セアラは私の妹だぞ?」
「それはそうなんですが……」
いくらセアラが元王女とはいえ、平民の結婚式に国王が出席するなど通常では考えられない。そもそも警備などの問題が発生してくるため、非常に面倒な事になるのは目に見えている。
「エドガー陛下、それは聞き捨てなりませんな。いくら兄妹とはいえ抜け駆けは感心しませんぞ?」
「そうですよ、お二人は世界中の国にとっての英雄なのですから。もちろん私達も呼んでいただけますよね?」
ここまで沈黙を貫いていたバレンシア王国の国王ベルナルディと、ラズニエ王国の国王リオンが話に割って入る。もはやアルとセアラを引き込もうとは思っていないが、結婚式の場所がアルクス王国のディオネとなれば、黙って見過ごすわけにはいかない。
「仕方ありませんね。と言うことでアル、セアラ。よろしく」
「……ブレットさん……」
アルが助けを求めてブレットを見るが、三大国の国王の願いを払い除けることなど出来るはずもなく、アルの肩にポンと手を置いて力無く頭を振る。
「うん、まあ仕方ない……私も協力するよ」
「はい……」
アルが大きなため息をつくと、セアラがいつものニコニコとした笑顔でその手を握る。
「アルさん、たくさんの方にお祝いしていただけるのは喜ばしいことですよ。頑張っていい式にしましょうね」
かつて何度も救われたその笑顔に、アルの心がふっと軽くなる。
「ああ、そうだな。一生に一度のことだしな、みんなに祝ってもらおう」
※あとがき
ここでいうノブレス・オブリージュは、
『社会の模範となる振る舞い』という意味で使用しております。
つまりブレットは身分は平民でしかないアルがそうしたように、
信頼を向けられたのならば、それに応えるために振る舞うことを、
王族、貴族の自負、自尊に訴えかけたということですね。
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