第105話 アルとセアラが望むもの

 その日は結局、クラウディアがアルとセアラは疲れているからという理由をつけて、三日後に改めて労いの場を設けることを提案して解散になる。

 当初クラウディアは挨拶だけなので翌日にという提案をしたのだが、それが三日後ということになったのは、各国からの申し入れのためだった。最も多い希望は一週間後だったのだが、それはさすがに遅いということでクラウディアが三日後で押し通した。


 解散後、クラウディアとドロシーは後処理等に追われて多忙を極めていたが、アル、セアラ、シル、リタの四人は部屋に戻ってゆっくりと過ごす。

 ちなみに宣言通り、セアラはアルと入浴した後も、横にピッタリと寄り添ってソファに腰掛け、アルの膝の上にはシルが上機嫌で座っている。


「ねえセアラ、王様たちを無視するのは、いくら何でもやりすぎだったんじゃないの?」


「ううん、話しかけられてないんだから無視じゃないでしょ?それに下手に会話をして言質は取られたくなかったし、あそこはきちんと牽制しておかないといけない場面だったから」


 リタがセアラを窘めても、セアラは自身の正当性を主張して譲らない。セアラの懸念は、アルを引き込めるものならば、引き込んでしまいたい。そう考える国が出てくるかもしれない、むしろ為政者であればそれが自然だろうということ。情に絆されて、目の前に転がる宝に手を伸ばさない為政者など、国を動かす資質を持っているとは言えない。

 各国が翌日ではなく猶予を求めたのはその一環で、アルに対する褒賞を決める時間を稼ぐためだとセアラは考えている。

 そしてその推測は正鵠を得ていた。アルの無欲な言葉を聞く限りでは、この機会を逃してしまえば、わざわざ国に来てもらって褒賞を渡す機会など未来永劫訪れない。それならば非公式であろうとも、褒賞を渡してしまおうと画策していた。


 ここで問題となってくるのはその褒賞の内容。いくら英雄とて、どの国にも属さず、身分的には平民でしかないアル。善意を装って爵位を与える国や、王族や有力貴族の令嬢と婚姻を結ばせようとする国が出てくる可能性も十分にあるはず。それはそのままアルという存在が、各国にとって非常に魅力的なものであるという裏返しでもある。何より今回の功績は、そんな強引なサクセスロードすら作ってしまえるほどに、途轍もなく大きなものだった。


 もしも自国に引き込むことが出来たのなら、アルがいるというだけで、戦争を仕掛けられる心配はほぼ皆無と言っていい。それどころか他国を侵略することすら容易い。

 そういった思惑が交錯する中で『世界の英雄』となったアルと『戦場の女神』と慕われるセアラが、互いを思い合う仲であることを明確に示しておくことは、各国に対する非常に強い牽制となる。


「……まあセアラの心配も分かるけどね。それはそれとして、母親の立場から言わせてもらえば、あれはちょっとベタベタしすぎよ?もうちょっと羞恥心を持って欲しいんだけど?」


「うん……まあ……それは……ちょっとね、色んな感情が溢れちゃって……我慢できずに、まあ……やり過ぎたかなって気も……」


 リタの苦言を受けたセアラが、自身の行動を顧みて赤面すると、アルがセアラの手を取って微笑む。


「でも嬉しかったよ、俺だって早くセアラに触れたいって思っていたから」


「アルさん……」


 二人が見つめ合っていると、シルがそれをじーっと見つめる。


「パパ、ママ。私、今日はおばあちゃんと寝たほうがいい?」


「ごほっ」「シ、シル?」


 シルの突然の提案に、慌てふためくアルとセアラ。シルからすれば他意はなく、単純に二人にしてあげたほうがいいかと思ってのことだったが、二人が深読みしてしまうのも無理からぬことではある。


「それはいい考えね!シルちゃん、今日は一緒に寝ましょ!むしろ今日からずっと一緒でもいいわ」


 そんなシルの意図を完全に理解しながらも黙殺したリタが乗り気になるが、アルとセアラはシルの頭を撫でながら、それをやんわりと否定する。


「でも、私は今日は三人で寝たいかな」


「ああ、俺もシルが良ければ三人で寝たい。せっかく家族が揃った日なんだから」


「うん、じゃあ今日はパパとママと一緒に寝る!おばあちゃんとはまた明日ね」


 嬉しそうに無邪気な笑顔を弾けさせるシルを前にしては、リタとしても引き下がらない訳には行かず、渋々ながらもそれを了承する。


「こほん、ところでアルさんは、褒賞については何かお考えがあるんですか?」


 セアラがわざとらしく咳払いを一つして、話の流れを強引に引き戻す。


「そうだな……やはり何か貰った方がいいのか?」


「そうですね、絶対に貰わないといけないというわけでは無いかもしれませんが……それはそれで少し角が立つ回答になるかもしれません。やはりああいった方々は、働きに対しては相応の報いがあって然るべきと考えておられます。そうでないと他の者に示しがつきませんから。ですから、こちらから然るべき何かを提示出来れば、丸く収まるのではないでしょうか」


「面倒な話だな……実際のところセアラは今回の件、どれくらいの褒賞があると思っているんだ?」


「……もしもこれが一つの国で起こったことであれば、爵位と領地を与えても全くおかしくないと思います。ただ今回の件は、世界中の国が協力した戦争であげた功績です。正直なところ各国とも頭を悩ませているでしょうし、何を言い出すか読めません」


「領地か……うん、それがいいかもしれない」


 自身の助言から領地という言葉を拾ったアルに、セアラが慌てる。


「で、でもアルさん、領地をもらうというのは、何処かの国で叙爵を受けるということですよ?貴族になってしまえば国に対しては絶対忠誠です。もしも戦争などが起これば駆り出されてしまいますよ?」


「それにアル君なら側室なんかも、じゃんじゃん送られるかもね」


 あえて言わなかったことをリタが補足すると、セアラが恨めしそうに母を見る。


「いや、特定の国から叙爵を受けるのは不公平だからな。どこの国にも属さないところを、俺の所有地として認めてもらおうかと思って」


「どこにも属さない場所を?……でもそんな前例なんて……あっ、そっか…………確かにありますね!じゃあやはりその場所というのは」


 アルとセアラの考えている前例とは、かつて魔王を討伐した勇者ユウキ。今回の功績は紛れもなく、それに並ぶものと言える。


「ああ、セアラの考えている通りだよ」


「私もそれがいいと思います!それなら各国にそれを認めてもらうということが褒賞になって、不公平ではなくなりますしね。そうなると事前にアルクス王国のエドガー陛下には話を通しておけば、上手く纏めていただけるのではないでしょうか?」


「確かにな。エドガー陛下とブレットさんなら、俺がどこかの国に仕えることを望まないことも理解しているし、味方になってくれるだろう。あの方なら頭の回転も早いし、他の国を丸め込んでくれそうだ」


「ねえパパ、ママ、どういうことなの?」


「そうよ、二人で納得してないで教えて欲しいんだけど?」


 二人から批難されたアルとセアラは、互いに顔を見合わせて笑うと、自分達が望む場所を二人に教える。そこは他人からすれば大した価値を持たずとも、二人にとっては思い出の詰まった、何ものにも変え難い場所であった。



※あとがき


今後は週に1、2回程度の更新になるかと思います。

続編の『銀髪のケット・シー』と並行して更新という形になりますので、よろしくお願いします。

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