第102話 秘めた初恋との決別

※シル視点の話です


 外からは激しい戦いの音が聞こえる。この戦いの行方はきっとパパにかかっている。つまり私がパパを起こせるかどうかにかかっている。

 ママは何も聞かずに私を送り出してくれた。だから私はそれに応えないといけないんだ。

 大きな深呼吸で焦る気持ちを押さえつけて、私はベッドで眠るパパを見つめる。黒い髪にカッコいいけど無愛想な顔。眠っている今は見ることができないけれど、私はパパの黒い瞳が好き。私を優しく見つめてくれるその瞳が大好き。


「パパ……」


 いつものように私はパパを呼ぶ。パパはあの日からずっと目を覚まさない。パパとママが私の本当の両親を助けたあの日から。

 両親とは完全に仲直り出来たわけじゃないけれど、それでもたまに会って話をするようにはなれた。でも……私はやっぱりパパとママと一緒にいたい。ちゃんと許せてないからかもしれないけれど、パパとママのそばはすごく温かくて、心地がいい。


 私はゴツゴツしたパパの手を握り、今まで一緒に過ごしてきた日々を思い出す。


 初めてパパと出会ったのはカペラのお祭り。そのときの私は記憶を失くしたうえ、猫に変化させられていて、自分ではどうすることもできなかった。確か力自慢コンテストだったかな?それの副賞にされていた。

 そのときのパパの印象は、正直に言ってあまり良くなかった。表情をあまり変えないパパが少し怖かった。パパは私を家に連れて帰ると、私にかけられていた呪いを見破って、いとも簡単に解いてくれた。


 パパの隣にはいつも一人の女の人がいた。とてもきれいで優しい人。そばで見ているとパパとママはとってもお似合いだって分かる。二人が本当に好き同士なんだっていうのは、まだ子供の私でもすぐに分かった。いつも寄り添って、お互いを思い合っていた。


 パパとママは記憶を失い、行くところの無い私を娘として育ててくれた。そのときは深く考えていなかったけれど、二人の年齢からすれば私とは親子じゃなくて兄妹、姉妹の方が自然だと思う。それでも二人は私を娘として引き取った。きっと私には親が必要だと思ったんだろうな。


 私はパパとママに甘えた。二人を本当の両親だと思って接するようにした。パパとママもそれを望んでいたし、私もそれを望んでいた。ずっとこんな日が続けばいいって、すごく幸せだと思ってた。まだ出会ってから一年も経っていないのに、二人からは数え切れないほどたくさんの幸せを貰った。


 でも……いつからだろう?少しだけ、本当に少しだけパパの愛情を一身に受けるママのことが、羨ましいって思うようになったのは。


 お祭りの的当てで銀細工の猫のペンダントを取ってもらったとき?


 ギルドの依頼のお土産に赤いリボンをもらったとき?


 エルフの里でゴーレムから守ってもらったとき?


 ソルエールで本当の両親を助けてもらったとき?


 手を繋いで歩いてくれたとき?


 疲れた私を抱っこしてくれたとき?


 パパの胸に顔を埋めて眠った時?


 多分どれもがそうであって、どれもがそうじゃない。これだっていう瞬間なんて無かった。だってパパはいつもカッコよかった。いつも優しくて温かかった。それにママと私が危ないときには、いつも助けに来てくれる英雄のような人だった。ちょっと遅いときもあるけどね。


 ママはよくパパのことを世界で一番カッコよくて、強くて、優しい人だって言う。私もそれに賛成。私はまだ十歳だけど、色んなすごい人に会ってると思う。でも今まででパパよりカッコいいの男の人に会ったことなんて、ただの一度だって無い。そんなパパに対して私がこの感情を抱くのは、きっと普通のことだったんだって思う。


 だけど私はこの感情をずっと隠し続けた。ううん、違う。隠したんじゃない、ずっとずっと気付かないフリをしていた。だってこの感情が報われることはない。それに……報われてほしいなんて少しも思わない。

 だけどもう隠すことはできない。私は答えを出さないといけない。これ以上気付かないふりをし続けることなんてもう出来ない。



 私はパパに『アル』に恋をしている。



 ルシアさんに自分の心と向き合ってと言われたとき、私にはその意味がすぐに分かった。

 私はこの思いをパパに伝えることは出来ないと、ずっと秘めていればいいと心のどこかで思っていた。だって私が好きなパパは、ママのそばで優しい表情を浮かべるパパ。私に、娘に愛情を持って接してくれるパパ。ママを見つめるときの少し熱のこもった瞳、私を見るときの優しく見守るような瞳が大好き。


 だけど……私は今日決別する。ずっと秘めてきたこの感情と。ママ、ごめんね。これが最初で最後だから大目に見てね。


「アル、大好き。あなたの大好きな人が待ってるよ。早く起きて」


 私は手を握りながら、大好きなアルにキスをする。


 その瞬間、私の体から今までに感じたことの無い魔力が溢れだしてくるのを感じる。とても暖かくて、周囲を優しく包み込むその魔力は、私の唇を通してパパに注がれる。パパの体が光で包まれると、どんなに手を尽くしても回復することのなかった、無くなっていたパパの魔力が戻っていくのを感じる。


「……ん……シル……ありがとう……」


 パパが目を覚ます。いつもと同じその目に私はホッとする。


「おはよう……ちょっと寝過ぎかな、ママが待ってるよ」


 私の言葉に、パパはいつものように少しだけ笑う。


「ああ。シル、力を貸してくれるか?シルの力が必要だ」


「うん、行こう。ママのところに」


 パパはお祖父ちゃんが言ってた通り、今の状況が分かってたみたいだから、私の告白も聞こえていたのかな。なんだか聞こえていた方がいいような、よくないような不思議な気分。

 だけどこの先もその答えを聞くことはないだろうな。だってそれを知る必要なんてないから。

 大切なのはパパに伝わったかどうかじゃない。私がきちんと決別できたかどうかなんだから。


 だからもう大丈夫、さようなら、私の初恋。




※勘違いがあるといけないのでちょっとだけ補足


決してシルがアルに対して恋をしている事が、清廉潔白ではない原因という意味では無いです。

あくまで、きちんとそれに向き合っていなかったことが良くないということです。

そしてシルはそれと向き合い、決別することを選択したということになります。

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