第101話 おかえりなさい

 ルシアとレオンの魔法戦は、傍から見ると全くの互角の様に見える。しかしそれはあくまでも普通の魔導師レベルから見ればという話。セアラやアバドン、そして実際に戦っている二人からすれば、明確な差を感じずにはいられなかった。

 レオンはその力を見せつけるように、ルシアが発動させる魔法を見てから、同じ魔法を放って相殺させるということを繰り返している。魔石の力を借りているとはいえ、発動のタイミングの速さは使い手の技量に依存する。長らく自身の力を研鑽してきたレオンと、戦場に立たなかったルシアの間には差が生まれていた。とは言えルシアの放つ一つ一つの魔法の威力、精度はセアラをも上回る。それ故に二人の魔法が衝突する度に、激しい衝撃、熱、光、轟音が辺りを包む。


「どうした?ハイエルフの力とはその程度のものだったのか?」


「兄さんこそ、随分と性格の悪いことをするのね?」


「当然だろう?せっかく得られた機会、ただ勝つだけでは意味がない。この恥辱と劣等感を払拭するためには、全てにおいてお前を上回っていると証明せねばならんのだよぉ!!!」


 会話こそ成立しているものの、レオンの瞳の焦点は合っておらず、完全に正気を失っているようにも見える。ルシアはそれを見て思案する。レオンは自らに埋め込んだ魔石を供給源として、本来自分が操ることの出来る魔力よりも、遥かに多い魔力を使って魔法を行使している。『身体強化(ブースト)』のように、自身の体以上の力を引き出すことは、リスクを伴う。身体能力であれば筋肉や骨だが、それが魔法であれば脳に大きな負荷をかけることになる。

 そして二人の魔法の衝突は、すでに二十回を数えている。先程のリタのように一回程度なら大きな問題にはならないが、ここまで繰り返せば深刻な症状が顕在化してもおかしくない。


「どういうこと……?痛みを麻痺させている?だとしたら……」


 ルシアは長期戦に持ち込むことが出来れば、兄を止めるという目的を達することができると踏んでいた。しかし一向にそれがなされないことに焦りを覚え、ひとつの推論を得る。


「はーっはっはっは!さあ、どうしたァァァ!さっさと次の魔法を撃ってこい!!」


「兄さん!もう止めて!あなたはもう魔法を使っていいような状態じゃない!それ以上やったら……」


「何を……が、かはっ……ぐあぁぁぁぁ!!!」


 レオンが突如苦しみ出すと、その胸で紅く光っていた魔石がその輝きを増していく。


「な、何あれ……?」


 二人の戦いを見守っていたセアラが顔面を蒼白にしながら呟く。レオンの体がみるみるうちに枯れ枝のように萎んでいくと、それに反比例するように魔石が輝きを増す。

 それはまるで魔石が、宿主であるレオンを飲み込んでいくかのようであった。


「身の丈に合わぬ禁術を使い続けた者の成れの果てだ。度重なる自身の器を超える魔法の行使によって、やつの自我が喪失し、あの魔石に取り込まれたのだよ。そして宿主を取り込み完成した魔石、それこそが完全なる物質、『賢者の石』!」


 冷酷な笑みを浮かべながら障壁を解いたアバドンが、レオンに向かって歩みを進め、その胸から『賢者の石』を引きちぎり自身の胸に取り込む。


「ご苦労だったな、よく働いてくれた。安らかに眠るが良い」


 アバドンが感情のこもらない労いの言葉をレオンにかけると、ルシアは横たわる兄を抱きしめ涙を流す。


「兄さんっ!いやっ!」


 狂気から解放された兄は、昔のように優しさを湛えた瞳で妹を見つめ、最後の力で涙をそっと拭う。


「ルシ……ア……すま……な……い」


「兄さん、兄さん!!あ、ああ……あああぁぁぁ!」


 レオンの瞳から光が失われると、ルシアが身を焼くほどの怒りに身を任せて詠唱を始めるが、その魔法が発動されることは無かった。


「ごぼっ……」


 アバドンがルシアの腹を貫き、事切れたレオンの上に投げ棄てる。


「ルシアさん!」


 呆然としていたセアラが我に返って、ルシアに駆け寄るが、その首をアバドンに掴まれて持ち上げられる。


「か、かはっ……」


「ふははははははははっ!!素晴らしい!!これが賢者の石の力か!!力が湧き、魔力が止めどなく溢れてくる!今まさに、私はこの世界で最も強き者と成った!もはやアスモデウスですら私の敵にはならぬ。魔神でさえ私の前では意味を成さぬ!!」


アバドンは高笑いをした後、持ち上げていたセアラを地面に叩きつけ、頭を踏みつける。


「さて、最後にもう一度だけ聞いておこうか?お前が我が物となるのであれば、多少の温情はかけてやっても良いぞ?」


「うぅっ……な……何度、聞かれようとも、変わりません……私の夫は、アルさんだけ……」


「……ふむ、惜しいが仕方あるまい。ならばお前から死ぬがよい。すぐにお前の夫も送ってやる」


 アバドンがセアラの頭を踏み潰そうとしたその瞬間、ドラゴンの周辺で聞こえていた悲鳴が歓声に変わる。


「……なんだ?」


 振り返ったアバドンの遠目に見えるのは首を落とされたドラゴン、そして眼前には漆黒の魔剣。


「ぐおおっ!!」


 渾身の一撃を叩き込まれたアバドンが弾き飛ばされると、セアラは力強くも優しい、よく知る腕に抱き起こされ、安心しきった笑みを浮かべる。


「……おかえりなさい、私の英雄アルさん



※お知らせ


1話を2話に分けたので短くなってしまいました

という訳で今日の夜にもう1話更新しますので、良かったら読んでみてください

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