第95話 禁忌の子

 アルを殺すことを義務と語るアスモデウス。それは我が子であれば何があっても守りたいはずだというセアラの言葉を、真っ向から否定するもの。セアラは相手が魔王であることなど忘れて食って掛かる。


「っ!?何故ですか?お二人は血のつながった親子じゃないですか!」


「……ああ、そうだ。先程お主は例えどのような理由があろうとも、我が子が命を落とすのは見過ごせないと言ったな?」


「ええ、当然のことです」


「ならばその子が、世界を滅ぼすかもしれないとしたらどうする?」


「な、何を……?アルさんが世界を滅ぼすとでも!?そんなことするはずがありません!」


 セアラの口調がより一層強いものになるが、アスモデウスはその激情を正面から受け止めた上で、順を追って説明をする。


「分かっておる……まず我と女神が地上で暮らしていたのには理由がある。魔族と神族は本来交わることは許されておらぬのだ。これは両種族の仲が良い悪いの問題ではない」


 セアラは心を落ち着かせるため、肺の中の空気をすべて入れ替えるように、大きな深呼吸を一つする。


「……ではどういった理由なのですか?」


「魔族と神族の混血児は禁忌の子であり、魔神の魂が宿ると言われておるのだ。かつて世界を滅亡寸前まで追い詰め、魔族と神族によって討伐された者も、同様に両種族の混血だったそうだ。全ての子がそうなるのかは定かではないが、少なくともアルの力は年齢からすれば強大すぎる。もし成長してから魔神に覚醒してしまったのなら手に負えぬのだ。故にそうなる可能性がある場合、我らはアルを殺さねばならぬ」


「魔神……そんな……アルさんが……?」


 セアラの瞳が不安げに揺れ、アルの手をぎゅっと握る。


「心配せずともよい、今のアルであればな……魔神の魂は負の感情により目覚めるものと言い伝えられておる。そしてあの時のアルは全てに絶望し、生きる意味を見失っていた。もはや魔神として覚醒するのは避けられぬ、そう思っておった。そしてあの場はアルを殺すには絶好の機会でもあった……しかし我にはあのような不本意な形で再会した我が子が、絶望にまみれたまま死んでいくことを見過ごすことなど出来なかった。せめてアルが我の手に負えなくなるその日までは、生かし見守ると決めたのだ。残された僅かな時間で、誰かがアルを絶望の淵から救いだしてくれるやもしれぬ。そんな起こるはずのない奇跡に一縷の望みを託したのだよ。そしてそれを成したのがお主であったのだ。感謝してもしきれぬ、子殺しをせずにすんだのはお主のおかげだ、礼を言わせてほしい」


 アスモデウスがセアラに向かって跪き、頭を下げる。

 魔王が頭を下げるという光景に、セアラは恐縮し他の者たちは驚きのあまり言葉を失う。しかしアスモデウスからすれば当然のこと、今頭を下げているのは魔王ではなく、アルの父親。息子を救ってくれたセアラに対して謝意を示さずにはいられなかった。


「そ、そんな!止めてください!私はただアルさんが、夫のことが好きで、それで一緒にいたいと願っただけで……そんな大それたことをしたわけでは」


「その純粋にアルを想う心があればこその奇跡なのだよ。仮にあの時我がアルに全てを打ち明け、世界を恨まず生きるように説得したところで、魔神として覚醒する火種はずっと抱えたままであっただろう。お主が心の底からアルを想い、アルもまたお主を想う。この世界に心から愛するものがいるということ。単純なことではあるが、世界を滅ぼさない理由としてはこの上ないものであろう?そこにわずかでも義務感、不純物があってはならぬのだ」


 そこまで話すと、アスモデウスがふっと頬を緩める。


「アルが我のもとへと来たときの一部始終を女神に伝えたとき、彼女はひどく落胆しておった。そして彼女も我の判断を支持してくれた。それゆえに彼女もまた、アルを救ってくれたお主には心から感謝しておるのだ。ディオネにお主らが来た日のはしゃぎようはなかったぞ。思わず長らく蓄えてきた力で、祝福をしてしまったと言っておった」


「そ、そうですか。えっと、その、恐縮です?……そ、それで、ディオネには今も訪れておられるのですか?」


 セアラは前半と後半の内容の落差に、どういう反応をしていいか分からず、気恥ずかしさをごまかすように質問をする。


「無論、行ける日は行っておる。力の大半を失っているとはいえ、対面すれば念話で会話は出来るしな。魔族の技術をもってすれば、転移魔法陣を設置することなど造作ないこと」


「ぷっ、ふふっ」


「む?何がおかしい?」


 思わず吹き出すセアラに一同は戦慄するが、アスモデウスは不快感を見せることなく尋ねる。


「申し訳ありません。やはり魔王陛下は夫と良く似ておられますね。女神様を深く愛していらっしゃるのが、お話を聞いているだけでも良く分かります」


「ふむ、つまり我にとってのアフロディーテが、アルにとってのお主ということか?」


「ええ、夫は私のことを世界一愛して下さっておりますから」


 一分の迷いもなく言ってのけるセアラに、アスモデウスは目を丸くして思わず笑みをこぼす。


「ふははっ、世界一か。それはまた随分と大きく出たものだな」


「あの、よろしければ私のことは名前で呼んでいただければ。お義父様ですので」


「ふむ、ではそうさせてもらおう。我のことはお義父様でも名前でも好きに呼ぶがよい。ただし魔王陛下も過度に丁寧な言葉遣いも無しだ。セアラ、これからもアルをよろしく頼む」


「ふふ、分かりました。お義父様」




 セアラとアスモデウスの話は和やかなまま終わり、いよいよクラウディアと魔王の会談が始まる。

 アスモデウスの話では、アルにかけられた呪いは魔力を封じられているだけで、この場での会話も聞かせることが出来るとのこと。やはりアスモデウスにも解呪は不可能であったが、方法を知っているかもしれない者の心当たりはあるとのことだったので、セアラは頭を下げて取り次ぎをお願いをする。

 そしてアルが目覚めたときのことを考えれば、ここで話をした方が好都合であろうという話になり、アスモデウスがパチンと指を鳴らす。すると机と人数分の椅子が突如として現れる。ご丁寧に現れた机の上には、紅茶の入ったカップまで準備されていた。使っているのはただの収納魔法でしかないのだが、さすがは当代の魔王、闇属性の練度はアルを凌駕している。一同が感嘆の声を漏らすと、アスモデウスはそれを笑い飛ばす。


「先程も言ったが、アルはいずれ我でも手に負えぬようになるであろうが未だ発展途上。我から見ればまだまだ幼子の年齢でしかない。それと比べられて優秀だと言われても、誉め言葉にはならぬよ。だからこそ奴等としても、今のうちに芽を摘んでおきたかったということだろうがな」


 優雅に紅茶を飲みながら発せられたその言葉は、その場にいるもの全てに大きな衝撃を与えるものだった。今の段階であっても、アルに勝てるものなど地上のどこを探しても見つからないかもしれない。それが本当であれば、この先一体どこまで強くなるのか想像もつかない。


「ふむ、それほど驚くようなことでもなかろう?魔族も神族も少なくとも百歳までは成長し続ける。それは妖精族とて似たようなものであろう」


「確かにそうですね……それでアルさんを狙ったのは、やはりクリューガー帝国が絡んでいる、ということでしょうか?」


 クラウディアが、本題へと切り込んでいく。二週間前のソルエール襲撃に呼応するように開始された侵略。無関係とする方が無理がある。


「うむ、どうやらあの国の裏には、かつて最後まで我と魔王の座を争った魔族がおるようでな。奴が件のダークエルフを通じてアルの存在に気付いたのだろうよ。我は地上において全ての種族が横並びに暮らす世界を目指し、奴は魔族を頂点とした世界を目指した。豊かな地上での暮らしを目指したことは同じでも、我らとは目指す結果が大きく異なる。もっとも、強き者が上に立つということは、実に魔族らしい考え方ではあるのだがな」


 己を異端と認めるアスモデウスが自嘲気味に語ると、クラウディアが考え込む。


「……しかし帝国の上層部の人間が入れ替わったと言う話は聞いておりませんが?皇帝も長らく変わっていないはずですし」


「もはや奴等は傀儡に過ぎぬということだ。死ぬことよりも服従を選んだ、それだけのこと。そして帝国の人間にも益はある。支配者側に回ることが出来ると言われれば、彼の国の者たちであれば容易に靡くであろうことは、そなたらの方がよく知っておるのではないのか?」


 魔族側としても下調べをした上でクリューガー帝国であれば、話に乗ってくるであろうという算段はついていた。そして分の悪い賭けというわけでもないとすれば、野心を持つ帝国がどう出るかなど、クラウディアたちのような為政者であれば想像に難くない。


「成程……そうなると早急に帝国を除く国々で情報の共有と、対策を話し合わねばなりませんね。魔王陛下もご出席願えますか?」


「それは構わぬが、中には魔族を忌避する国もあるであろう?それらはどうするつもりなのだ?相手を信じられぬものと共闘など出来るはずもなかろう」


「その点につきましては私に考えがあります。それに説得するのはバレンティノ王国のみで大丈夫です。否定派の中心が認めれば、他の国はほとんど衛星国のようなもの、追随せざるを得ないはずですから」


 この世界で四大大国と呼ばれる国、それが東のアルクス王国、西のクリューガー帝国、中央のラズニエ王国、南のバレンティノ王国。アルクス王国は融和推進派、ラズニエ王国は中立、バレンティノ王国は融和否定派の中心であった。

 そしてこの日から二ヶ月後、アルが目を覚ますことがないまま、各国の首脳たちがソルエールに集結することとなるのであった。



※あとがきとちょっとした設定


魔族と神族は死ぬと同じ個体に転生します。その際、外見は変化しますが魂は同一のものです。その為、両種族は魂を関知して個を認識します。そしてアルの中の魔神の魂も、かつての魔神のものと同一です。


以前話に出てきた地上であったとされる魔族と神族の戦争は、魔神の討伐のこと。それが間違って両種族の戦争として伝わっています。その際に地上にあった魔素と呼ばれる成分が大量に消費されたため、魔素の薄いところで暮らせない下位、中位魔族は地上に出られなくなりました。地上に出られる高位魔族はごく少数です。


アルの名前は地獄の最下層に棲む暗黒の神『アルシエル』から。


ユウキ・アマサワは漢字で書くと甘沢有希。


かつての勇者パーティは、勇者ユウキ(本編出ない&死んでる)、聖女リリア(本編出ない&死んでる)、現魔王アスモデウスとあともう一人いますが、これは次章早々に明らかに。

煮詰めればこの四人でも話を書けそう……


というわけで今章はこれで終わりです。

次章、本編の最終章はこの話の二ヶ月後からとなります。

よろしければアルとセアラの物語に最後までお付き合いください。

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