第94話 アルの両親

 誰もが姿を表した男に目を奪われる。真っ黒な髪の毛に、真っ赤な瞳、隆起した筋肉、整った顔立ち。容姿だけを見れば人間と遜色無いようにも思えるが、その男の纏う魔力は、その場にいる者たちが今までに出会った誰よりも洗練されていた。


「勝手に入って済まぬ。我が今代の魔王アスモデウスだ、よろしく頼む」


 口調こそやや尊大でありながらも、纏う魔力の威圧感からは想像できないほど柔らかな物腰で、アスモデウスがクラウディアに礼を執る。


「ご丁寧にありがとうございます、魔王陛下。ソルエールの代表クラウディアと申します。本日は遠方よりご足労いただきまして、ありがとうございます」


 アスモデウスは恭しく礼を執るクラウディアに大きく頷く。


「こちらに赴くことは我が望んだこと、そちらが気に病む必要はない」


「お心遣い痛み入ります。しかし魔王陛下、こちらには机も椅子もございません。いささか不便かと」


「済まぬが、我がここに来たのは別件なのだ」


 アスモデウスはクラウディアを制すと、アルの横たわるベッドへと向かい、傍らに立つセアラと相対する。


「お主がこの男の伴侶で間違いないか?」


「初めまして魔王陛下。ご推察の通りアルの妻、セアラと申します。僭越ながら我が夫に何かご用でしょうか?」


 表面上は友好的に、それでも警戒心を解くことなくセアラが礼を執って応対する。いくら物腰が柔らかといっても、相手はかつてアルと命のやり取りまでした相手。警戒するなと言う方が無理な話であった。


「我が用があるのはお主だ。ふむ……成程な。確かに意思が強い良い目をしておる。あれが気に入るのも頷ける」


 ふっと笑うアスモデウスに、セアラは既視感を覚える。そしてアスモデウスはアルに視線を落とすと、呆れたような声を漏らす。


「己が大切だと思うものを守るためには、自らの命を惜しまない。まるで母親の生き写しだな……妻を娶ったのであれば、大人しく暮らしておれば良いものを」


「恐れ入りますが……それはどういった意味なのでしょうか?」


 アスモデウスの言葉の意図が全く掴めずに、セアラが困惑しながら尋ねる。


「そのままの意味でしかない。これの母親の女神アフロディーテに良く似ておるということだ。今日我がここに来たのは、女神からお主に色々と教えてやって欲しいと頼まれたからだ」


「女神様が……アルさんの母親……?そ、そうだとしても、なぜそれを魔王陛下が……?まさか……?」


「我がこの男、アルシエルの父親だ。この場ではアルと呼んだ方が良いか」


「アルシエル……?それが夫の、アルさんの本当の名前なのですか?」


「そうだ、つまりお主は我にとっては義娘ということになる。畏まる必要はない。女神の頼みだ、どんなことでも忌憚なく聞くがよい」


 突如告げられたアルの両親の正体に、セアラは理解が追い付かず呆然と立ち尽くす。もっともセアラだけでなくこの場にいるすべての者が、想像の埒外の事実に言葉を失っていた。

 セアラの頭の中では、様々な疑問が頭の中に浮かんでは消える。順序立てて聞くなどと言うことは出来そうもないと悟ったセアラは、アスモデウスの好意に甘え、とりあえず思い付いた質問を投げ掛けていくことにする。


「……夫は間違いなく異世界から来ているはずです。それに加え名前に使われている文字は、向こうの世界の言葉で書かれていたと聞き及んでおりますが」


「それは我のかつての仲間で友人でもある、ラズニエ王国の初代国王ユウキ・アマサワから教えてもらったものだ。その文字はユウキの名前にも使われている文字だと言っておったな。そして異世界への転移は我と女神で行ったもの、ユウキからは平和な国だと聞かされておったから好都合だったのだ」


「し、しかし何故そのようなことをされたのですか?そのままお二人で育てれば良かったのではありませんか?」


「うむ、もっともな疑問だな。まずアルを向こうの世界に送ったのは約三百年前、我がユウキたちと共に先代の魔王を討伐した直後だ。魔王が倒れれば、魔界は次代の魔王を選ぶために内乱が起こる。そして我は地上との融和を目指して、新たな魔王に名乗り出たのだ。新たな魔王が誕生するまでには、通常であれば何百年という長い暴力と謀略の時代が続く。そんな中で、生まれたばかりのアルの存在は、我にとって致命的な弱点だったのだ」


 今代の魔王が先代を討伐したパーティの一員というのも驚きの情報のはずだが、今のセアラにとって、それはさしたる意味を持たない。


「だから夫を安全な異世界へ送ったと?」


「そういうことだ」


「……それならば、どうして夫がその後召喚されたんですか?偶々にしてはいくらなんでも……それに夫が生まれたのは三百年も前だと?」


「召喚に使われる魔法陣の術式には二つの条件が組み込まれておる。一つは肉体が成熟しておること、もう一つは最もこちらの世界に適応することができる者。戦えぬものが来ても困るからな。そしてアルクス王国で召喚の儀式が行われた時、その条件に合致したのがアルだったということだ。元々こちらの世界の生まれ、当然と言えば当然ではあるがな。時間については詳しいことは未だに分かっておらぬが、恐らくこちらの世界と向こうの世界では、時間の経過が大きく異なるということであろう」


 セアラは突飛すぎる話に戸惑いながらも、事の真偽を精査するより先に、質問を続けることにする。


「ディオネは……女神様にとって、ディオネはどういう町なのですか?」


「ディオネは我らがかつて暮らしていた町だ。あの町の者たちは変わり者、と言っては申し訳ないか。無差別主義者でな。ある時、町を襲ったモンスターによって、一人の少女が致命傷を負ってしまったのだが、女神はそれを神の力を使って治療したのだ。当時は人族が魔法を使えるということすら珍しい時代、我らがそこで暮らすためには自分たちの正体について話さざるを得なかった。それでもなお我らのことを受け入れてくれたのだよ。そしてそこで我はユウキたちと出会い、魔王討伐に力を貸した」


 そこまで語ると、アスモデウスは寂しそうな笑みを浮かべる。


「……彼女はあの町とそこに住む者たちを愛していたからな……我が魔王になる為に魔界へと赴き、アルが異世界へと渡った後もディオネに一人住み続けた。いつか魔族と神族が地上で受け入れられ、あの町で気兼ね無く家族で暮らせる日を待ち望んでいたのであろう……本来、彼女は戦闘をするようなタイプではなく、性格も非常に優しい。だからこそスタンピードが起きた時、誰一人として犠牲にすることが出来なかった。襲い来るモンスターたちを、被害を出さずに全て退けるためには、力を使い果たさざるを得なかったのだ」


「町の人から聞いた言い伝えでは、女神様だと知られていなかったとされておりましたが……」


「なにせ町が小さな時に起こった二百年以上前の出来事だ。どこかで物語らしく聞こえるように歪曲されたのであろう。かつて女神が暮らしておったなど、そうそう信じられる話ではあるまい」


「そうですか……」


「聞きたいことはそれで全てか?」


 まるで見透かしたような言葉を投げ掛けるアスモデウス。

 そしてセアラは意を決して尋ねる。あの日、アルがこの世の全てに絶望し心の底から死を望んだ日。魔王アスモデウスが何を思い、それを為したのかを。


「あの日……なぜアルさんに呪いを?一体何があったのですか?」


 二人が親子と聞いた今、セアラにもその理由はある程度見当がついている。しかしその推測が正しいのであれば、あまりにも回りくどいやり方だと思わずにはいられない。


「…………お主はどう思うのだ?」


 セアラの予想に反してアスモデウスが言葉に詰まり質問を返すと、彼女はシルを一瞥してから返答する。


「例えどのような理由があろうとも、我が子が命を落とすのを見過ごすことはできない、そういうことかと」


 それは至極当然であり、嘘偽りのない答え。実子でないとはいえ、セアラにとってはシルがそうであった。それは世界を敵に回しても守りたいと思える存在。


「……そうだな……お主の答えは正しい。そしてあの時の我もそうであった。しかしそれは本来であれば果たすべき義務を果たさず、問題を先送りにしただけなのだ」


「果たすべき義務?……どういうことでしょうか?」


「我はあの場でアルを殺さなくてはならなかった。そういうことだ」



※あとがき


補足ですがアスモデウスとアフロディーテは、

いつかアルを呼び戻すつもりでした


今回ようやくアルの両親について明かされたわけですが、

読まれている方も想像がついていたのではないかと思います

ついていましたよね?


こういった色々な秘密を明かす話の時はどこまで詳しくやるか迷います

正直なところ設定等をガンガン出してくる小説は読んでて苦手なので、

書くときは話が通じる程度に抑えております

何か、ん?と思うことがありましたら

気軽に聞いていただけると助かります

いただいた質問や疑問次第では改稿したいと思いますので


次回で今章は終わりになります

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