第85話 聖女

 リタとのじゃれあいを終えたクラウディアが、アルたちを執務室中央に設えられた皮張りのソファに座らせ、エルシーに声をかける。ちなみにドロシーはというと、クラウディアが座るソファの脇で正座をさせられ『私は愚か者です』という札を首から提げている。


「エルシー、あれを持ってくるように彼に言ってちょうだい」


「はい」


 指示を受けたエルシーがペコリと頭を下げて退室するのを確認すると、クラウディアはアルたちに向き直り、今から行うことについての説明を始める。


「実は魔族との交流で、その人が持つ魔力量や属性への適正を見ることができる魔道具が最近完成したの。これがあれば学園の入学試験でも潜在的な能力はすごいけど、現時点ではまだまだっていう子を取り零さなくて済むからすごく助かるのよ。それで実用化に向けて色んな人にやってもらってるから、ぜひアルさんたちにもやってみてほしくてね。今からうちに滞在している魔族が来るけど、驚かないようにね?」


 アルたちはクラウディアの説明を聞いて、特に異論を挟むようなことはしなかった。

 ある程度のサンプルを集めなければ、実用化できないということは当然の話であり、断る理由もない。何よりどのようなものか興味があったというのも、正直なところだった。


 ややあって扉がノックされると、入室の許可を求める男性の声がする。クラウディアが許可を与えると、扉がガチャリと開き見覚えのある男性がそこに立っていた。


「やあ、アルさん。久しぶりですね」


「えっと……グレン……さん?」


 数秒の間をおいてアルが記憶から男性の名前を引っ張り出す。目の前の男は、かつてアルがカペラの力自慢コンテストで決勝を戦った相手。


「そうそう、覚えてくれていましたか。いやぁ、良かったです!そっちのケット・シーの娘さんも元気そうで」


「ああ、やはり気付いていたということですか」


 当のシルは話についていくことが出来ず首を傾げて、親しげに話しかけてくるグレンを見つめる。アルがシルにかけられた呪いにすぐに気付けたのは、彼の一言が大きかった。それがなければ、シルはしばらくの間は猫の姿のままだったかもしれない。


「ええ、私はそのころから既にソルエールで厄介になってまして、カペラへは休暇を貰ってお祭りの見学に行っていたんですよ。そうしたらケット・シーが副賞として出てましたから。それならソルエールで保護をと思いましたが、アルさんに任せて良かったですよ」


 グレンからそう言ってもらい、アルとセアラはホッとする。こうして初対面であっても、シルが二人に大切にしてもらえているということが分かる。それは二人にとって何よりの誉め言葉だった。


「さて、再会の挨拶はそれくらいにして、三人、ついでにリタにも試してもらおうかしらね」


「ええ、いつでも大丈夫ですよ」


 クラウディアに促されて、グレンが小脇に抱えていたA4サイズの透明なボードを机の上に置く。


「ではこちらのボードに描かれた魔法陣に、手のひら押し付けて魔力を流してください。属性付与などは行わず、ボードを体の一部として魔力を循環させる感覚でお願いします」


「じゃあまずは一番凡人っぽいリタからしてもらおうかしらね」


「凡人って……まあこの三人に比べたらそうかもしれないけど……」


 先程茶化されたのを根に持っているのか、棘のある言葉でクラウディアがリタを指名する。

 リタは文句を言いながらも、明確な反論はせずにボードに右手を載せて魔力を流す。すると透明なボードが光を帯びて、何やら文字と数値がボード上に浮かび上がってくる。


「はい、大丈夫です。それでは手を離してください」


 クラウディアがグレンに言われるがまま手を離すと、ボード上には先程浮かび上がった文字と数値が残っており、それを読み上げる。


「魔力量は823。火属性75、水属性82、風属性81、土属性78、光属性43、闇属性92ですね」


 数値だけ聞いてもどう反応していいか分からないアルたちが、グレンに説明を求める視線を送る。


「たとえば宮廷魔導師のレベル、まあソルエールで一人前と言われるレベルで魔力量は500程度。属性に関しては得意なものが80を越えるくらいです。あ、ちなみに属性の適正値は100が上限です。適正値が100であれば、魔力をロスすること無くその属性の魔法を使えるということです。つまりリタさんはかなりの使い手と言えるでしょうね。光属性の数値がやや低いのは、闇属性の適正が高いからでしょう。この二つはどうしても相反するものですので、両方得意というのはあまりお目にかかれません。実際私のような魔族も、光属性はさっぱりです」


 話を聞く限りではかなり優秀と言える結果に、リタがフフンと鼻をならして満足げにクラウディアを見る。


「ま、まあ予想通りといったところね」


「んー?クラウディアはどうだったのかしら?」


「わ、私はいいのよ、次はセアラさんにしてもらおうかしらね」


 目が泳いだクラウディアをリタが見逃すはずもなく、追求しようとするが、クラウディアは目を逸らして強引にそれをかわす。

 続いてセアラがボードに魔力を流すと、リタの時よりも強くボードが輝く。


「魔力量5378。火属性100、水属性100、風属性100、土属性100、光属性85、闇属性42。はー、これは凄いですね、さすがハイエルフといったところでしょうか。この上さらに精霊魔法を行使出来るわけですから、素晴らしいの一言に尽きますね」


 グレンの説明によると、測定できるのはあくまでも体内に保有している魔力のみ。セアラやシルのように妖精族であれば、この魔力量に精霊の力が上乗せされるとのこと。

 続いてアルが測定をすると、グレンがその値に絶句する。


「魔力量8923。……全属性100ですね……故障、では無さそうですし…………どうしてこんなことが?……召喚者だから?」


「じゃあ最後は私だね」


 アルのハイエルフを越える魔力量と、あり得ないはずの光と闇の適正値にグレンがぶつぶつと言っていると、シルがボードに手を載せる。


「ええっと……魔力量3428。属性は闇以外100、闇属性だけ0?これまたずいぶんと極端な……」


「ええ……?私も収納魔法使いたかったのに……」


 のんきな感想を漏らすシル。現時点でセアラは拙いながらも収納魔法を使えるが、こと魔法においてはセンス抜群のはずのシルであったのに、収納魔法に関してはどれだけ練習しても出来なかった。そのためある意味納得の結果ではあった。

 そして三者三様ながらも、規格外の結果を叩き出した三人にリタ、クラウディア、ドロシーは顔をひきつらせる。


「アル君とセアラの魔力量が凄いのは分かっていたけれど、シルちゃんもここまでとはね……」


「ねえリタ、ドロシー、アルさんとシルちゃん見ていて何か気付くことなかった?あの適正値はどう考えても普通じゃない、何か理由があるはずなんだけど……」


「うーん、アルさんは確かに闇の魔剣を存分に使えるし、回復魔法も凄いから結果は間違ってないと思う。シルちゃんは……」


「シルは魔法においては天才的な才能を持っていますが、特に光属性は目を見張るものがありますね。シルの使う『回復(ヒール)』は、その辺の治癒士の『上級回復(ハイヒール)』並み。アルと同じ適正値100ですが、実際に得られる効果はもっと高いですから」


 ドロシーは回復魔法の練習と称して、ギルドで行った臨時治療院を思い出す。もちろん有料で、売り上げはドロシーが独り占めしようとして没収された。その時に腕を切断するほどの怪我を負った冒険者が来たが、シルは『回復(ヒール)』で治してみせた。

 その時にドロシーはアルに確認したのだが、そんなことは出来ないと言っており、光属性に関してはシルの方がアルよりも上手であるのは間違いなかった。


「そう……まるで……いえ、何でもないわ」


 クラウディアは口から出かかった言葉をのみ込む。一つだけ彼女にはその存在について思い当たる節があった。


【聖女】


 命さえ失われていなければ、どんな傷をも癒す神の御業を体現する女性。それは部位欠損であっても例外ではない。現存する最も新しい聖女の記録は、約三百年前の魔王討伐時のパーティメンバー。もはやお伽噺のような存在であった。

 そして、それ以前に現れたとされる聖女の人生は、どれも波乱に満ちたものであった。

 国に召し抱えられ、怪我人が出れば馬車馬のように働かされるのは当然のこと。聖女を巡る国同士の戦争に巻き込まれることも珍しくない。そして生まれた国が小国であれば、大国に滅ぼされないように、貢ぎ物のように扱われたりもした。

 いずれにせよ、その存在が露見した時点で、平穏な暮らしを送ることが出来なくなるのは明らかだった。


「ふぅ……ますますうちで保護しないとね……」


 クラウディアの視線の先には、自分には収納魔法が使えないことを知って落ち込むシルと、それを慰めるアルとセアラ。その優しく暖かい笑顔を見て、クラウディアはため息混じりに独り言つ。



※あとがき


いよいよシルのターン

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