第84話 五十年ぶりの再会

 エルシーに引き連れられたアルたちは、眼前にそびえ立つ建物に圧倒されていた。

 四方を高さ十メートルはあろうかという石造りの壁に囲まれており、中にはいくつかの尖塔や城のような建物が見える。下手をすればその辺りの国の城よりも立派かもしれないと思わせる。


「ここが目的地ですか?」


「違う違う、これは魔法学園よ。私の職場ってこと。お母さんはあっち」


 アルの質問に答えるドロシーが指差したのは、立派ではあるが、まるで飾り気のない石造りの五階建ての建物。今日日、日本の市役所だってもうちょっと遊び心があるだろうにとアルは思う。


「っ……」


 セアラは建物を見上げると、不意に吐き気を催し、その場で口元を押さえて踞る。


「セアラ、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」


 顔面蒼白になっているセアラに、アルとリタが寄り添い背中をさする。


「は、はい……済みません。ここのところ、度々気分が優れない日がありまして……」


「無理をするな。最近は魔法の習得と仕事の両立で忙しかったんだ、ゆっくり休めばいい」


「はい、ありがとうございます……もう、大丈夫ですから。お母さんもありがとう」


「ええ……」


 セアラの様子が落ち着いたのを確認すると、ドロシーが説明を続ける。


「本来はこっちの建物の方がソルエールらしい意匠なの。あっちのバカみたいな建物は、他国の貴族の子供たちがたくさん通うから、恥ずかしくないものにして欲しいっていう要望で建てられたものなのよ。学舎を豪華にしろなんて、全く理解できない考え方よね。そんな金があるなら設備を充実させることに使った方が遥かにマシよ。そもそも貴族は学園の中でも」


「学園長、行きますよ」


 エルシーはこのまま放っておくと止めどなく愚痴が溢れそうだと判断し、話を強引に切り上げて一行を中に連れて入る。ドロシーは口を尖らせ抗議の目をエルシーに向けるが、慣れたもので気にする様子はない。

 建物の中に入ったアルたちの目の前には、真っ赤なふかふかの絨毯が敷かれた階段、しかしそれ以外はまるで飾り気がなかった。左右に目をやると固い石の廊下が延々と続いているだけで、絨毯は敷かれていない。

 いくら華美な装飾に無頓着とはいえ、絨毯が階段だけというのはさすがにやり過ぎでは無いかとアルたちは思うが、建物自体にはソルエールならではの快適な一面もあった。季節は既に年末。石造りの建物など見るからに寒そうではあるが、魔法のお陰で室温は過ごしやすいものに保たれていた。


「それでは階段を昇ります」


 何階まで昇るという説明すらも省くエルシーにアルたちはついていく。無機質な階段を二階、三階と昇っていくが、構造は一階とまるで変わらない。結局、最上階の五階まで昇ると、やっとその作りに変化が見られる。階段を昇りきった左手に見えた扉の上には、代表執務室と書かれたプレートが貼り付けられており、そこへ至る廊下にも絨毯が続く。

 エルシーが重厚さを感じさせる木製の扉の前に立つと、ノックして入室の許可を求める。


「どうぞ」


 中からアルたちにも聞き覚えのある声がすると、エルシーが扉を開いてアルたちを迎え入れる。

 執務室全体は三十畳程の広さを持ち、床一面に敷かれた真っ赤な絨毯と正面の全面ガラス張りの壁によって、室内は非常に明るくなっている。またアルたちの眼前、部屋の中央には向かい合う形で、四人は余裕で座れそうなソファが二つと、その間には光沢を放つ木製のローテーブル。さらにその奥には社長室などにありそうな、上等な執務机が設えてある。そしてその席に座る女性、ソルエールの代表であるクラウディアが、にこやかにアルたちを出迎える。


「ようこそアルさん、セアラさん、シルちゃん……え……?リタ?」


「やっ、久しぶり!」


 照れ隠しのため、片手を上げておどけるような仕草を見せるリタに、クラウディアは理解が追い付かず固まる。


「セアラは私の娘なのよ、だから来ちゃった」


 年甲斐もなく舌をペロッと出すリタ。ようやくクラウディアが再起動して立ち上がると、ゆっくりと近付く。


「……本当にリタなのね?」


「ええ、そうよ。久しぶりね、元気そうで安心した」


 目を潤ませるクラウディアに、リタが真面目に答える。


「よかった……もう会えないかと思ったわ……」


 二人とも娘の眼前ということで、再会の喜びを爆発させるようなことはしないものの、リタの両手をクラウディアが両手で包み込む。


「うん、ごめんね。後々考えたら、本当に些細なことでケンカしたなって思ってたんだけど……何だか時間が経てば経つほど、会いに来る勇気が出てこなくなっちゃって。それで……きっとこの機会を逃したら、もう来れないかなって思って」


「うん……私の方こそごめんなさい。ずっと一緒に旅をするっていう約束を破っちゃったんだし」


 リタとクラウディアの再会と和解にセアラは良かったと目を細めるが、ドロシーは作戦通りと悪い笑みを浮かべる。

 が、次の瞬間、その思惑は脆くも崩れ去る。


「リタ、後でゆっくり話しましょう。それでドロシー?リタのことを黙っていた理由、私が気付かないとでも思ったのかしら?ごまかされるわけないでしょう!?」


 一呼吸おいて気持ちを落ち着かせたクラウディアがドロシーの前に仁王立ちすると、ドロシーは直角に体を折り曲げて平謝りをする。


「大変申し訳ありませんでした!」


「……魔法学園はソルエールの中でも大切な機関。それを分からないあなたではないでしょう?」


「はい!仰る通りです!」


「それで?仰る通りなら、なぜそんなことをしたのかしら?」


「え、えっと……」


 とりあえず謝っておけばいいという感情を見透かされたのか、クラウディアがドロシーへの追求を深めると、シルが二人の間に入る。


「師匠は私とママに魔法を教えてくれてたんだよ。とっても分かりやすかった」


「そ、そうなんです!セアラとシルはすごい才能で、ついつい私が教えないのは勿体無いと思ってしまって」


「はぁ……二人に才能があることなんて私だって分かっているわ。だけどそれは連絡をしない理由にはならないでしょう?」


「はい……すみません、相談したら戻らないといけなくなると思いました」


 シュンとして、ようやく本音を口に出したドロシーにクラウディアは嘆息する。


「あなたが教え魔だと言うのは分かっているんだから、せめて相談しなさい!役職を外すようなことはしないけれど、減給等の罰は受けてもらうわよ」


「はい……すみませんでした」


 アルたちの前ではいつも自信満々で自由奔放なドロシーだが、クラウディアにかかれば、その容姿も相まって親に叱られるその辺にいる子供にしか見えない。そのギャップに一同が堪えきれずに笑い出す。


「さてと、バカ娘の説教はこれくらいにして、とりあえずアルさんたちはここの五階で暮らしてもらえるかしら?」


「本当にいいんですか?そこまでお世話していただくような関係ではないと思いますが」


「気にしなくていいわ、こちらにもメリットがあってやることだから」


「メリット、ですか?」


「そう、気を悪くしないで欲しいんだけど、アルさんは魔王に生かされた身よね?」


「……そうですね」


 クラウディアの言葉でアルの表情が強張る。それは本来触れられたくないアルの汚点。いくら予防線を張られても、反射的に負の感情を抱いてしまう。

 アルの反応はもちろんクラウディアにも伝わるが、予想の範疇のことであり、殊更それについて言及はしない。


「ドロシーからも聞いていると思うけれど、ソルエールは魔族との交流を積極的に行っているわ。今のところ交易も人の往来も順調、つまり今後も良好な関係を築いていきたいというわけ。ここまではいいかしら?」


 クラウディアから視線を向けられた一同が首肯すると、彼女もまた満足そうに頷いて続きを語り始める。


「そこでアルさんの身柄をうちで保護することに意味が出てくるの。ここまで他種族との融和を図ってきた魔王からすれば、気紛れか何か分からないけれど、自分が見逃した者が害されるのは面白くないと思わないかしら?」


「恩を売るということですか?」


「そこまでは言わないわ。恩を売れるのは魔王にとってアルさんに価値があった場合の話。少なくともうちに対して好印象を持ってくれれば御の字というところね」


 アルは顎に手を当てて考え込む。クラウディアの話は一応の筋は通っているように思えるが、不確定要素が多すぎて、とてもソルエールの行政を担う立場の意見とは思えない。


「アル君、深く考える必要ないわよ。この子こういうところあるのよね。本当は純粋に親切にしたいんだけど、屁理屈こねて周りよりも自分を納得させようとしてるの」


 リタが呆れた声で指摘すると、クラウディアの頬が赤く染まる。


「そ、それだけじゃないわ!セアラさんやシルちゃんだってすごい才能の持ち主なんだから、ソルエールに欲しいと思うのは当たり前じゃない!」


「はいはい、そういうことにしておきましょうね」


「もう!いっつもそうやってバカにして!」


「あら?バカになんてしていないわよー」


 からかうリタと文句を言うクラウディア、そんなやり取りにすら懐かしさと暖かさを感じる二人は、例え五十年以上経とうとも変わらず親友だった。



※ちょっと一言


クラウディアとドロシーは似ていないようで、性格はよく似ています

ドロシーが落ち着いたらクラウディアのようになるのでしょう

まあドロシーは既に50歳を過ぎているんですがね……

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