第79話 女神が守った町
アルとセアラは互いに頷き合い、女神像とその前に立つ神父に向き直ると、かつて宣誓した時と全く同じ口上を述べる。
そしてあの日と同じように、ステンドグラスの優しい光が口上を述べ始めた二人を照らすと、言葉にならないほどの神秘的な光景がリタたちの眼前に広がる。
新郎となる私アルは、新婦となるセアラを妻とし
良いときも悪いときも 富めるときも 貧しきときも 病めるときも 健やかなるときも
死がふたりを分かつまで 愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います
新婦となる私セアラは、新郎となるアルを夫とし
良いときも悪いときも 富めるときも 貧しきときも 病めるときも 健やかなるときも
死がふたりを分かつまで 愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います
二人の宣誓が終わると、女神の祝福が与えられるように、二人を照らす光が少しだけ強くなる。
「では指輪の交換を」
二人は向き合うと、アルは右手でシルから指輪を受け取り、左手を差し出す。セアラは差し出された左手に、自身の左手をそっと置くと、アルが薬指に指輪をはめる。
同様にしてセアラがアルの薬指に指輪をはめると、二人の指輪が一瞬だけキラリと光る。
神父は僅かに眉をひそめるが、光の反射だろうと思い、気を取り直して二人に誓いのキスを促す。
リタ達の前でキスをするのは初めてだったので、緊張した面持ちになる二人だったが、意を決して唇を重ねる。
ややあって唇を離した二人が手を重ねると、最後に神父が二人の結婚を認める宣言を行う。
「女神アフロディーテの導きにより、お二人が夫婦になられたことをここに宣言します」
「はぁ、緊張しました」
「そうだな、でも三人の前で出来てよかったよ」
セアラの母であるリタはもちろんのこと、二人の愛娘であるシル、そして二人に魔法を教えてくれた恩人のドロシー。アルとセアラにとって、この世界の中でもっとも関係が深い三人といっても過言ではない。
「はい!……ふふ、お揃いですね」
セアラが頬を赤く染めながら指輪に触れる。
「パパ、ママ、おめでとう!」
「アル、セアラ、おめでとう。良いものが見れたよ」
シルとドロシーが二人に近寄って、祝福の言葉をかけてくれる。既に結婚して半年ほど経っている二人には少しむず痒いが、ありがたく受け取っておく。
そしてアルとセアラがリタの方を見ると、座ったまま号泣しているところが目に入る。
「リタさん、宣誓の途中からすでに泣いてたわよ」
「お母さん……」
セアラがリタのもとへ行き、隣に座って背中を擦る。
「ごめんね、本当は泣かないつもりだったんだけど……どうしても我慢できなくて」
「ううん、いいよ」
「セアラ、本当におめでとう」
「うん、ありがとう……」
セアラとリタはしばらくそのまま抱き合う。リタの涙は滔々と流れ続け、セアラの目にも涙が浮かぶ。
三人がそんな二人の様子を静かに見つめていると、教会の扉が開かれて懐かしい女性が姿を表す。
「アルさん、セアラさん、お久しぶりです!ようこそディオネへ!」
ファーガソン家の令嬢、ヒルダが護衛のアレクを伴って二人に駆け寄ってくる。
「お久しぶりです、ヒルダさん!」
「お久しぶりです。それにしても、わざわざ迎えに来ていただけたんですか?」
セアラとヒルダが再会の喜びを素直に表す。優雅に礼をとるでもなく駆け寄ったりするあたり、相変わらず貴族令嬢らしからぬ振る舞いだとアルは思いつつも、同時にこれがあの三人のいいところだとも再認識する。
「ええ、どうしても待ちきれなくなってしまいまして。あ、シルちゃんも久しぶり。私のこと覚えてるかしら?」
「うん、覚えてるよ。お祭りで会ったお姉ちゃんでしょ?」
シルが全く敬語を使わずに話すので、思わずアルとセアラが窘める。
「いいんですよ、シルちゃんはそのままで。私としましても、そちちらの方が嬉しいですしね」
ヒルダが笑顔を見せながら、シルの頭を撫でる。さすがにアルとセアラに敬語を止めるように言うのは、二人を困らせるのが分かりきっているので言わない。
「ヒルダさん、紹介させていただきますね。私の母のリタ、私とアルさんが魔法を教わったソルエール魔法学園の学園長、ドロシー・ロンズデールさんです」
紹介を受けた二人が挨拶をして、ヒルダもそれに応える。
そしてアルとセアラは神父に礼を言いながら寄付金を手渡し、ファーガソン家の屋敷へと向かう。
「ヒルダさん、もしかして歩いてきたんですか?」
「ええ、散歩ついでですよ。アレクもいますしね」
セアラの疑問に答えるヒルダからは、それがあたかも普段からしていることのような印象を受ける。アルがアレクの表情を盗み見ると、少しだけ困ったような表情を浮かべているので、日常茶飯事であることが窺える。
「苦労しているんだな」
「いえ、お嬢様をお守りすることが私の仕事ですので」
女性陣のやや後ろを歩くアルがアレクに話しかけるが、もちろん『そうなんです』と言うはずもない。それでも多少の苦笑いを含んだその表情から、推して知るべしといったところだ。
「ところで先程、神父さんが女神様の御名前をアフロディーテと呼んでいましたが、この町に教会が出来たのは何か由来があるのでしょうか?」
ドロシーが神父の言葉にあった女神について尋ねると、ヒルダは誇らしそうな表情を浮かべて説明を始める。
「昔、この地に女神様が住んでいらしたらしいんです。でも外見は人間と何ら変わらなかったようで、誰も気付かなかったと聞いています」
「へぇ……それならどうして女神様だって分かったんですか?」
「ある日この地でスタンピードが発生したんです。その頃はまだ町も大きくなく、ギルドなどもなかった為に、その兆候も掴めていませんでした。当然多くのモンスターから守る城壁も戦力もないこの町は、あっという間にモンスターに取り囲まれて全滅の危機に瀕してしまいました」
「そこを救ったのが女神様と言うわけですね?」
「はい、ちなみに本当かどうか定かではありませんが、あの教会に奉られている像はご本人と言われております。すべての力を使い果たした女神様は石になったと。そしてこの町の住人は女神様に祈りを捧げることで、いつの日か再びこの町に戻ってきてくれるのではないかと思っているんです」
「なんだかすごい話ですね、ヒルダさんは信じておられるんですか?」
セアラの問いかけにヒルダは勿論と大きく頷く。
「教会に像が奉られてからは、この町はずっと平和なんです。きっと女神様の力だと私は思っていますわ。ですが何しろ三百年近く前のこと、最近ではこのお話を信じておられない方も多くなってはおりますが、女神様への信仰は今も変わりありません」
ヒルダの話を聞いたアルは、神族と魔族は高位の者でなければこの地上に存在できないという話と、教会で感じた感覚を思い出す。
「先生とリタさんは今の話、どう思われますか?」
アルは自身の考察と二人のそれを擦り合わせようと、小声で尋ねる。
「うーん……まず今の話が本当だとすると神族は地上で力を使い果たすと、石になっちゃうってことよね。そうすると果たしてその魂は石の中にあるのか、はたまた神界に戻り転生するのか……でもあの教会の雰囲気を感じちゃうと、前者な気がするわね……」
ドロシーの考察はアルと全く同じものであった。普通に考えれば信じがたい話ではあるが、ただの作り物の像にあそこまでの存在感を出せるとは思えなかった。女神が石になったという方が信憑性があるというものだ。
「やはりそう思われますか……」
「それにしても、そんなにこの町が大事だった理由が良く分からないわね。自分が石になってしまうことすら顧みないなんて、よっぽどの理由があると思うんだけど……」
リタの意見にアルも首肯し、自分に置き換えて考えてみる。
「……もし俺なら……この町の人が好きだったから。あるいは大切な思い出の場所だったから、というところでしょうかね」
「成程ね……確かに高尚な理由よりも、そういう俗っぽい理由の方が納得できるわ」
相変わらず続く美しい町並みの中を楽しそうに談笑しながら歩くセアラ、シル、ヒルダ。その後ろを三人が頭を悩ませながらついていくと、眼前にはファーガソン家の大きな屋敷がいつの間にか姿を現していた。
※あとがき
というわけでディオネの町を守る女神アフロディーテのお話でした
この世界でのアフロディーテは愛と美と豊穣の女神
ディオネが美しく豊かであることも頷けますし結婚式にもぴったりです
そんな女神は果たして何を守りたかったのでしょうか?
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