第78話 再びディオネへ
ドロシーとリタによる特訓が開始されてからというもの、セアラとシルは仕事のあと、そして休みの日には一日中みっちりとしごかれる。
二ヶ月という短い期間での魔法の習得は過酷を極めるが、ドロシーとリタの的確な指導にセアラはモチベーションの高さでなんとか食らいつき、シルは持ち前のセンスで難なく課題をこなしていく。
そして迎えたテストの日、セアラが転移魔法の発動の準備を開始する。目的地はディオネの町。
初日の練習を終えた翌日にファーガソン家に連絡を取ったところ、やはりかなり多忙であったために、何度か連絡を取って調整した結果、面会できるのは二ヶ月後の今日となった。
つまりセアラが転移魔法を成功させなければ、会えないという状況。もっともこれはドロシーが決めたことではなく、セアラが希望したこと。必ず成功させるという意気込みの現れでもある。
「じゃあみなさん、私に掴まってもらえますか?」
セアラに促されて四人がセアラに掴まると、足元に魔法陣が広がり金色の輝きを放つと、眼前にアルとセアラにとっては見覚えのある景色が広がる。さすがに町中に転移するわけにはいかないので、門から少し離れた場所ではあるが、確かにその場所だと分かる。
「ディオネだ……」
アルが思わず呟くと、セアラがアルの胸に飛び込んで喜びを爆発させる。
「アルさん!やりました!出来ましたよ!」
「ああ、さすがセアラだ。よく頑張ったな」
アルがセアラの頭を撫でながら労いの言葉をかけると、ドロシーがふぅと息をつく。
「これで私もお役御免ってことかしらね」
「先生……やっぱり結婚するつもりなんてなかったんですか?」
「んー、少なくとも最初はそのつもりだったわよ?でもまあアルとセアラを間近で見続けるとさすがにね。もうお腹一杯って感じ。何なのあれ?新手の拷問かと思ったわよ」
げっそりした顔を見せてドロシーが苦笑すると、リタが心の底から同意を示す。
「そうそう、二人を見てたらそういう気分にもなるわよね。二ヶ月経ってやっと慣れてきたけど、あれを見続けて割り込もうなんて考える人がいるなら見てみたいわ」
「お、お母さん。そんなにかな?」
本人たちは夫婦仲はいいとは思っているものの、人前でいちゃついている自覚はない。実際二人きりでなければ、キスをしたり甘い言葉を交わすような露骨な愛情表現はしないのだが、リタとドロシーに言わせると、なぜか隠しきれない甘い空気を感じるとのこと。
そしてそれは二人のように、特定の相手がいない者にとっては耐えがたい苦痛だった。
「また自覚がないってのが厄介なのよね」
「そうね、質(たち)が悪いわ」
アルはそこまで言うかと抗議の声をあげたくなったが、藪蛇になりそうだったので自重して、早々に話を終わらせにかかる。
「まあその話は置いておいて、町に行きましょう。まずは教会からです」
既に指輪は受け取っており、後は神前で交換をするのみ。
ちなみに指輪を受けとる際には、トムとレイチェルにもディオネで指輪の交換をするという話をしていた。当然レイチェルは見に行くと意気込んでいたが、残念ながら仕入れと重なり実現はしなかった。
「へー、初めて来たけど確かにきれいな町ね」
ドロシーが町の様子を見て感嘆の声をあげる。
「先生、ソルエールの町並みはどうなんですか?」
「きれいだと思うわよ?なにせ大半の住人が魔法を使えるから、掃除や整備なんかも全部魔法で出来るしね。だから普通の町でここまできれいな町並みを維持できるのは、よっぽど女神への信仰心が強いんでしょうね」
「あ!あれでしょ?見えてきたよ!」
シルが教会を見つけて嬉しそうな声を出す。初めて見るシルですらそれと分かるほどの立派な建物に、リタとドロシーも思わず感嘆の声をあげる。
教会の外観を暫し堪能した一行は中へ入ると、その厳かさと幻想的な雰囲気が同居した空間に息をのむ。今日は天気もよく、大きなステンドグラスから延びる色取り取りの光が、教会の中を優しく包み込んでいた。
「……アル君に信仰心が薄い割にって言ったけど、ここは本当にすごい気がする。なんだか不思議な空間ね」
「確かにバカに出来ない……何て言うのかしら……行ったこと無いのに、まるでここだけ神界のような気さえしてくるわね……」
「……きれい」
思い思いの感想を漏らす三人。リタとドロシーは教会全体から感じられるその雰囲気に、シルは取り分け女神像に心を奪われていた。
「お久しぶりですね、今日はお祈りですか?」
アルとセアラが初めて訪れたときの神父が、二人を見つけて声をかけてくる。その声は喜色に満ちており、歓迎の意を示していることが良く分かる。
「お久しぶりです。今日はお祈りと神前での指輪の交換をするために参りました」
「成程、指輪の交換ですか。実はあれからこの町で結婚する人たちは、軒並み教会で宣誓をするようになったんですよ。なんでも大変仲が良いと評判の宿屋の若夫婦が広めて下さったようで、以前よりも教会に活気が出てまいりました。お二人がされたとあれば、もしかすると指輪の交換も流行るかもしれませんね」
アルとセアラは宿屋のカミラとジェフを思い出す。自分達が関わった二人なので、少し気にしていたのだが、どうやら仲良くやっているようだと一安心する。
「そうでしたか。それでこの教会で指輪の交換をする人もいるのでしょうか?」
「本当に数えるほどですが、おられましたよ。もしよろしければ、私が立ち会いをさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、是非お願いします」
アルとセアラが神父の申し出を了承すると、リタが口を挟んでくる。
「ねえ、その宣誓?私たちの前でもう一度やってくれないかしら?」
本来であれば二度もやるようなことではないのだが、二人の結婚式を見たいというリタの気持ちは十分に理解できるし、唯一の親であるリタに見てもらいたいという気持ちは二人にもあった。
「アルさん、もう一度やりましょう」
「分かった。神父さん、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。もしよろしければあちらのお嬢さんにも、お手伝いいただいても?」
「はい、シル、頼めるか?」
「うん!」
大好きな両親の結婚式、それを手伝えるとあればシルに断る理由など無い。嬉しそうに耳と尻尾を動かしながらアルたちのもとに来ると、二人はリングピローごと指輪をシルに渡す。
そして最前列にリタ、ドロシーが座ると、セアラが一つ大きく深呼吸をする。
「ふぅ、なんだか緊張してきました」
「大丈夫だ、口上を覚えているか?」
アルがセアラにもう一度口上を教えようとすると、神父から紙を渡される。
「口上はこれを見ていただければ大丈夫ですよ、覚えるのは大変ですからね」
さすが宣誓をする夫婦が増えているというだけあって、抜かりのない対応を神父が見せる。
そして二人だけの宣誓から約半年、セアラが一番見せたかった人の前での結婚式が始まった。
※あとがき
今週はここまでとなります
今章からは本編完結への助走で様々なことが明らかになっていき、
物語的にはストレスのたまる展開が続きがちです
私自身タイトル詐欺だなぁと感じながらも
読んでくださっている方に感謝して更新していきます
その分物語のラストでは、すべてを乗り越えて絆を深めたアルたちが
幸せをつかんでくれることでしょう
拙作ですが、よろしければ最後までお付き合いください
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