第77話 シルの才能

「さてさて、じゃあ早速魔法の練習を始めましょうかね。師匠と弟子だから呼び捨てでいかせてもらうから」


「「はい!」」


 平日はリタの用意した夕食を終えてから、セアラとシルの魔法の練習をすることになった。メインで教えるのがドロシー、リタがサポート役を担当する。

 ドロシーはソルエールに有る魔法学園の学園長らしく、教えるのは任せろということだった。


「ところで学園長がこんなところにいてもいいんですか?」


「ああ、大丈夫だって。学園長なんて飾りみたいなもんだから」


 あっけらかんと返答するドロシーに一抹の不安を覚えるが、まあ怒られるとしても本人だからと、アルは考えることを止めた。


 セアラとシルを別々に教える話も出たが、シルの持つ知識はきちんとしたところで学んでいないせいか、どこかちぐはぐしたものであった。そのため基礎から学びなおしたほうがいいだろうということで、セアラと一緒に練習をすることとなった。

 逆に言えば、それでも完璧に魔法を制御してみせるシルはかなりの天才肌とも言える。

 ちなみにアルは二人の様子が気になりながらも、一人でせっせと夕食の片付けをして、風呂の準備をする。


「じゃあ早速だけど魔法の属性の種類について、セアラに説明してもらおうかしら?」


「はい、えっと、火、水、土、風、光、闇の六属性が有ります」


「うん、基本的に地上の者たちは火、水、土、風の四属性のいずれかに適性を持つわ。それで他の属性はちょっと使えたり、全く使えなかったりっていう感じ。これを特化型って言って、ほとんどの者はこれに当てはまる。それに対してエルフなどの妖精族のなかには、私やリタさんみたいにどの属性もある程度使える万能型っていう者もいるわ。その場合一つの属性の適正は特化型よりも落ちるけど、かなり便利で重宝されるわね」


 その説明を聞いていたセアラとシルに疑問が浮かぶ。


「師匠!パパは?」


「私もアルさんはどれもかなりの水準だと思いますが……」


「アルは別格ね。異世界からの転移者だからじゃないかって思うんだけど……まあ詳しいことまでは分からないのよ。でもセアラとシルは鍛えたらアルに匹敵するか、それ以上になれるかもしれないわ」


 ドロシーの言葉にリタも静かに首肯する。

 ハイエルフのセアラは言わずもがな。今はまだまだ未熟であっても、その潜在能力は計り知れない。

 そして実力を計るために、シルが使う事の出来る生活魔法を見せてもらったドロシーとリタは、その技術の高さに舌を巻いていた。高い精度であらゆる生活魔法を使いこなすシルは、まごうことなく天才と言えた。

 そもそも生活魔法とて、得意な属性でなければ使うことは出来ない。例えば風呂の湯を張るのも、水と火の属性を操ることが出来なければ不可能だ。

 それにも関わらず、シルは全ての魔法を得手不得手なく使いこなす。シル本人に確認しても、どれを使っても難しいと感じることは無いとのことだった。


「私、そんなに魔法が出来るの?パパを見てると良く分からないから」


 シルが不思議そうに首を傾げると、ドロシーとリタが笑い出す。


「あははは!比較対象が悪すぎるわ、あれは世界でもトップクラスの魔法の使い手よ。でもセアラとシルならトップクラスじゃなくてトップを狙える。私が保証してあげるわ」


「私もそう思うわよ。セアラとシルちゃんならきっとアル君の助けになれるわ」


 二人の言葉は決して世辞で言ったものではない。数多くの魔法使いを見てきた二人が自信をもって言うのだから、疑いようもない事実だった。

 そしてセアラとシルはますますやる気を漲らせる。アルの役に立てるということは、それだけ二人にとって重要な事だった。


「じゃあそのまま普通の魔法と精霊魔法の違いを説明しようかしらね。リタさん、ちょっと実演してもらっていい?」


 ドロシーに乞われて、リタが両手に『火球』を出現させると二人に尋ねる。


「右手が普通の魔法、左手が精霊魔法。違いが分かるわよね?」


「色が……違う」


「うん、左手の方は初めて見る……」


 右手の火球は通常通り赤い炎が揺らめき、左手の火球は青い炎が揺らめいていた。

 セアラとシルが二つの炎に見入っていると、ドロシーが精霊魔法の説明を始める。


「精霊魔法って言うから変に構えちゃうかもしれないけど、特別な魔法を使える訳じゃない。普通の魔法と同じだけど、自らの魔力に精霊の力を上乗せして使う魔法のことをそう呼んでいるだけよ。それで精霊の力を行使すると、魔法の威力を一段階引き上げることも可能なの。下級が中級、中級が上級って感じにね」


「もっと引き上げることも出来るんですか?」


「ええ、精霊はあらゆるところに存在しているの。相性が良ければ、多くの精霊から力を借りることが出来るわ。そうすれば理論上は下級の魔法でも上級の威力を出せるはず。だけど私でも精々下級を魔法を中級上位くらいが精一杯ってところね」


「でもセアラとシルちゃんなら、私たちよりも精霊の力を借りられるかもよ?周りの精霊たちも二人に興味があるみたいだし」


 手のひらから火球を消滅させてリタが微笑むと、ドロシーもそれに同意を示す。


「精霊さんって見えるの?」


 シルが目を輝かせながら二人に問いかける。


「はっきりとではないけどね。存在を感じたり、感情を感じたりすることは出来るわ」


「私も精霊の存在を感じてみたいです」


 セアラもシルと同様、精霊に興味津々といった様子でドロシーに詰め寄る。


「うーん、まあいいわ。じゃあ今日はとりあえず精霊を感じるところから始めてみることにしましょう」


 当初の予定では簡単な魔法から覚えていく予定だったが、二人の気持ちを尊重するドロシー。臨機応変に対応するその様は、さすが現役の教師といったところ。


 セアラとシルは精霊を関知する方法を教えてもらうと、早速使用する。

 方法は難しいものではなく、単に五感を魔力によって研ぎ澄ませ、精霊の存在だけに集中するのみ。一度感知できれば、あとは自然に出来るようになる。

 本来、妖精族であれば子供でも出来るようなことなので、セアラは少し苦労したものの、シルは容易にコツを掴む。


「ねえシル、私、精霊が見えるんだけど気のせいかな?」


「ママも?私も見えるよ!なんかフワフワ浮いてて、クニャクニャしてるよね」


「うん、決まった形はしてないね」


 あたかも実際に精霊を見ているかのように話す二人に、ドロシーとリタは驚愕する。


「ちょっと待って!本当に精霊の姿が見えるの!?」


「は、はい」


 ドロシーに激しく肩を揺さぶられて、困惑しながらも答えるセアラ。シルはささっとセアラの後ろに避難する。

 リタがそんなシルに優しく声をかける。


「シルちゃん、ちょっと精霊を行使して『風(ウインド)』の魔法を使ってみて。使うときに精霊にお願いすれば、シルちゃんを気に入った精霊が力を貸してくれるから」


「うん。精霊さん力を貸して!『風(ウインド)』」


「きゃあっっっ!」


 瞬間、部屋の中に暴風が吹き荒れる。本来であれば髪の毛を乾かしたり、洗濯物を乾かすために使う魔法。ドロシーやリタが精霊の力を使ったとて、扇風機の弱風が強風になるくらいのものだ。

 それが今、部屋の中の家具をそこらじゅうに吹き飛ばし、LDKはすっかり物が散乱してレイアウト変更がなされていた。


「どうした?ってこれは……」


 風呂の準備をしていたアルが飛び出してくると、その惨状を目の当たりにして絶句する。


「あ……パパ……ごめんなさい」


 シルがアルの姿を見ると、しょんぼりしてペコリと頭を下げる。


「シルの魔法なのか?すごいな」


 アルがシルを抱え上げて褒め称えると、シルが驚いてアルの顔を見る。


「パパ……怒ってないの?」


「ああ、片付けなんてすぐ出来る。やっぱりシルは才能があるんだな」


「ありがとう、パパ」


 アルがシルを左腕一本で抱えると、シルは気持ち良さそうにアルに頬擦りをする。


「驚いたわね……悔しいけど、才能だけなら私より断然上ね」


 ドロシーが少しだけ苦々しい表情を浮かべる。

 幼少の頃、ドロシーも神童と言われるほどの魔法の才能を持ち、今では魔法学園の学園長。間違いなく世界のなかでもトップクラスの魔法の使い手の一人。そのドロシーをして、才能だけなら自分より上と言わしめるシルに、アルとセアラは誇らしい気持ちになる。

 それでも才能だけならと態々言うところにドロシーの性格が垣間見える。事実、魔法での戦闘は相手との駆け引きの要素が大きいので、魔力量や才能だけで勝敗が決まるわけではない。ソルエールの魔法学園であっても、魔力量がトップのものが首席を取ることのほうが珍しいくらいだ。


「ねえアル君。シルちゃんにも戦える力があってもいいんじゃないかしら?もちろん力を持つことの危険性も分かるけど、ここまでの才能、早いうちから伸ばさないのは勿体無いと思うわ」


 リタの提案にアルは悩む。数多くの才能を見てきている二人のお墨付き、もはやシルの天賦の才は疑う余地がない。

 何よりも、その才能を伸ばすことでシルの将来が広がることを考えれば、その提案が歓迎すべきものだということは明白だった。


「……なあシル……シルはどうしたいんだ?」


「私……パパとママが私のことを心配してくれてるの分かってるよ。それに絶対に私を守ってくれるって信じてる。だから二人がダメっていうなら戦ったりしないよ?でもせっかくだから魔法の勉強はたくさんしたいな」


 自分の考えをしっかりと述べるシルに、アルとセアラは驚く。シルには確かに自分にも何か出来ればという気持ちが芽生えている。しかしそれは二人に逆らってまでするべきではないと理解していた。

 子供ゆえに危なっかしい面はまだまだあるが、それでも決定的な間違いを犯すようなことはなさそうだと二人は思う。


「シル、すまなかった。俺はちゃんとシルのことを見ていなかったみたいだ。セアラと一緒にたくさん勉強したらいい」


 アルはそばにいながらシルの変化に気付かなかった自分を恥じ入る。セアラもそれに同意すると、アルに抱かれたシルの頭を優しく撫でる。


「シル、頑張ろうね」


「うん!」



※ちょっと補足


魔力量で言えばアル>セアラ>シルですが、

魔法を扱うセンスでは圧倒的にシルがトップです

魔力量もアルとセアラと比較すると少ないというだけで、

シルも常人から見れば十分に異常な部類に入ります

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