第70話 生きる理由
四人はアリマの町から転移魔法陣を使用してカペラの町へと戻ると、アパートに向かって歩いていく。
それなりの出費ではあるが、出発してから既にかなりの日数が経っているのでやむを得ない。
ちなみにアルたちがエルフの里からカペラのギルドに連絡したときには、解体場の方ではモーガンがゆっくり帰ってこればいいと言ってくれたが、ギルドの方はアルにお願いしたい依頼があるので早く帰ってこいということだった。
「ねえお母さん、私が覚える転移魔法って、転移魔法陣のものと同じものなの?」
「基本的には同じものだけど、あなたの覚えるものの方が高度になるわ。町に設置されている転移魔法陣は送り出す側、受け入れる側それぞれに魔法陣が必要なのは分かるわよね?」
「うん」
「エルフの里に伝わる転移魔法は、一度行ったことのある場所であれば行くことが出来るの」
「ええ!?そんなに便利なの?」
セアラだけでなく、アルもその言葉に驚く。確かに行ったことのある場所に行けるのであれば、高い金を払って転移魔法陣を利用する必要はない。
その上、転移魔法陣が設置されていない町にも自由に行けるのだから、完全に上位互換と言える。
「そうね、だからみんなこぞって覚えようとしたわ。だけどやっぱり誰も使うことが出来なかったの……つまり……あのダークエルフはかつてのハイエルフ本人か、少なくとも関係がある奴だと思うの」
「そう言うことですか……転移魔法を使って里に侵入したから、急に現れたように思えたというわけですね」
アルは未だあの時どうやって侵入してきたのか見当がついていなかったので、ようやく得心が行ったというように頷いて続ける。
「しかしあのダークエルフは男だったので、本人ではないのでは?」
「本人が魔法で姿を変えていたのかもしれないし、本人ではないのかもしれない。どちらにしても今は分からないわ」
「……厄介ですね」
アルが渋面をつくって唸る。
そうこうしている内にアパートに到着したので、三人が先に入ってリタを出迎える。
「いらっしゃい、お母さん。これからよろしくね」
「よろしくお願いします、リタさん」
「おばあちゃん、いらっしゃい!」
「ありがとう、三人ともよろしくね」
リタが三人に笑顔を向けて、室内へと入る。
「へぇー、きれいにしてるのね?でも確かにちょっと狭いかもね」
そう言うとリタは寝室に入り、空間魔法を使用して部屋を広げると、土魔法で仕切りを作り三分割する。同じ作りの部屋が横に三つ並んで、あっという間に1LDKの間取りが3LDKに早変わりだ。
「お、お母さん、すごいよ!こんなこと出来るのアルさんくらいかと思ってた!」
「うん!おばあちゃんすごい!」
「ふふ、これでも空間魔法に関しては里一番の腕前なの。もちろん空間収納も出来るわよ?まあ攻撃魔法はそこまで得意じゃないけどね」
セアラとシルに褒められてまんざらでもないという表情を浮かべるリタ。
事実、リタの手際にアルも心底感心していた。レイチェルのように空間収納魔法が使える者にはこれまでも会ったことがあるが、空間を自在に広げたりするのは難易度が二、三段階は違う。
「本当にすごいですね。ここまで出来る人は初めて見ました」
「あら、アル君に褒めてもらえるなんて光栄ね。正確に言うと、自分以外には初めて見たというところかしら?」
アルはリタに空間魔法を見せた覚えがなかったので、なぜ分かるのだろうかと疑問に思う。
「お母さん、アルさんが不思議がってるよ?」
セアラが小声でアルの表情から通訳をする。リタはまだアルの表情から考えていることを見抜くことは出来ない。
「ああ、ごめんなさいね。アル君は空間魔法が使えるの人が珍しいのって、何故だが知ってる?」
「いえ、そんなことは考えたこともなかったですね」
「空間魔法を属性に当てはめると闇属性になると言われているわ。でも闇の魔力を持っている人、適正がある人っていうのは滅多にいないの。持っていたとしてもアル君ほどのレベルの人なんて、他にはまずいないでしょうね」
リタはアルがティルヴィングを使用したときに見せた闇の魔力を見て、アルの空間魔法のレベルを見抜いていた。
アルが見せたそれは自分よりも遥かに純度が高い闇の魔力。そんなアルが空間魔法において自分よりも劣るなどあり得なかった。
「つまり、リタさんは闇魔法を扱うんですか?」
アルの言葉にリタは肯定とも否定ともとれない、微妙な表情を浮かべる。
「私が使えるのは闇魔法の中でも空間操作だけね……というよりも闇属性の魔法っていうのは、使い手が少なすぎてよく分かっていないのよね。アル君もそうなんじゃないの?」
「ええ……おかげで初めてティルヴィングを扱ったときには化け物扱いされましたがね……」
自嘲気味に語るアルにリタは苦笑しながら頷く。
「まあ仕方ないでしょうね。エルフの私ですらあれには驚いたもの、人間が見たら腰を抜かすわ」
「そういえばアルさん、呪いの魔剣と言われておりましたが、使っていても大丈夫なのですか?」
心配そうにセアラが声をかけてくる。自分の夫が呪いの魔剣を使っているなんて聞いてしまえば、それも無理からぬことだ。
「ああ、よく懐いてくれているよ」
「懐く……ですか?」
とても剣に対する物言いでないその言葉に、セアラは首を傾げる。
「魔剣には意思のようなものがあって、ティルヴィングは長らく宝物庫で放置されていたからな。久しぶりに力を振るえるのが嬉しいみたいで、俺の願いに答えてくれるよ。まあ使っていると魔力を吸われ続けるのが難点ではあるけどな」
「そうですか…………私も早く……」
少し頬を緩めて話すアルの様子を見て、セアラが思わず呟く。
後半の言葉は誰に対して言ったというわけでもないのだが、それが持つ切実な思いはアルとリタにも伝わる。
アルとリタは力を取り戻してからのセアラに、若干の危うさを感じていた。もちろんそれはあの日見た夢に起因するものではあったのだが、二人はそれを知らない。
「リタさん、必要なものもあるでしょうから、シルと買い物に行ってはどうですか?」
アルは二人きりでセアラの話を聞くために提案をすると、その意を汲んだリタが同意を示す。
「そうね、シルちゃん、お願いしてもいいかな?」
「うん、いいよ!じゃあパパ、ママ、行ってきます!」
リタとシルが買い物に出たあと、二人はリビングのソファに寄り添うように座って、互いの手を重ねる。
「セアラ。何を焦っているのかは分からないが、戦うために力を得るのは止めてほしい。セアラに身に付けてほしいのは、あくまでも守るための力だ」
セアラは頭を振ると、自身の感じている不安をぽつぽつと口にする。
「私……怖いんです」
アルは身じろぎすることなく、静かにセアラの言葉を待つ。
「……アルさん……私にだって分かります……ダークエルフと名乗った方が私を狙っているということも、アルさんにとって驚異となるであろうことも……今回アルさんの力を目の当たりにしたのなら、次はもっと強いゴーレムを作るかもしれません!そうしたらアルさんだって!アルさんだって……」
今まで見せたことの無い悲痛な表情で食い下がるセアラだが、アルはそれでも譲らない。
「頼む、これだけは絶対譲れないんだ。セアラが戦うことになって命を落とすようなことがあれば、俺は耐えられない」
「っ!……私もそうです……アルさんがいなくなるなんて耐えられないんです……あなたがいない世界なんて……生きていけません……そんなこと……考えただけでも辛くて……だから……だから少しでも力になりたくて……」
涙を頬に伝わせながら訴えるセアラを見て、アルは胸が締め付けられるような思いを抱きながらセアラの手を両手で包む。そしてそのまま諭すような口調で、セアラの不安を和らげるように語りかける。
「俺は必ずセアラのもとに戻る。どこにも行ったりしない。だからセアラにはいつも俺を笑顔で迎えてほしいんだ。これが俺のワガママだということも、セアラが待つのが辛いということも分かってる」
少しの沈黙が流れると、セアラが消え入るような声で返答する。
「……それなら一つだけ……一つだけ条件を出させてください……」
「なんだ?」
ひとつ深呼吸をしてセアラがアルの目を見据える。
「もしアルさんがいなくなったら私もあとを追います……それが条件です」
セアラの目は真剣そのもので、本気で言っているということは嫌でも理解できた。
「……シルはどうするんだ?一人にするわけには……」
「あの娘に悲しい思いをさせたくないのなら、必ず帰ってきてください」
セアラとてシルが辛い思いをすることになるのは痛いほど分かっている。分かっているからこそ、アルの言葉を遮り強い口調で釘を刺す。
「…………分かった、約束しよう」
返事を聞いたセアラがぽろぽろと涙を溢しながら、アルの首に両腕を回し、少しだけ乱暴に唇を重ねる。アルは驚きを表に出すことなく、ゆっくりと目を閉じて右手でセアラの頭を撫でながら、左手を腰に回す。
「……ごめんなさい……こんなワガママを言って……本当にごめんなさい……」
「……謝らなくていい……俺もセアラの気持ちは分かる……」
アルは両手でセアラの頬を優しく包み、滔々と流れ続ける涙を優しく親指で拭うと、もう一度キスをしてそのまま自身の胸に抱き寄せる。
セアラの少し荒い呼吸、鼻腔をくすぐる甘い匂い、伝わってくる体温、高鳴っている鼓動。それらは全て、今この瞬間にセアラが生きているという確かな証拠。
それを決して離さない、失わないと心に誓う。それがアルの生きる理由なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます