第71話 それは必然の約束
アルとセアラはリビングに置かれたソファに腰掛け、久しぶりの二人だけの時間を過ごす。
睦言を交わすわけでもなく、ただ二人で手を繋いで寄り添って過ごすだけ。時折甘えるようにセアラがキスをせがみ、アルがそれに応える。
まるで世界に二人だけしかいないような幸せで甘い一時。
「家でこうしているのは久しぶりな気がしますね」
セアラの言葉を受けてアルがここに来てからのことを思い返す。
「……こんなに二人でゆっくりするのは初めてじゃないか?」
強いて言えば王都でセアラを取り戻し、カペラに戻ってきた二日間くらい。翌々日の夜にはもうシルがいた。
「確かにそうかもしれませんね。それじゃあ、お母さんに感謝しないといけませんね?」
アルの頬に軽く唇を寄せてから、可愛らしくおどけるような仕草を見せるセアラ。アルは思わず見惚れると、エルフの里でリタに言われたことを思い出す。
「リタさんが……その……」
歯切れの悪いアルの顔をセアラが覗き込む。
「お母さんがどうしたんですか?」
「その……二人で寝たいときは言ってくれと……」
一瞬呆けるような表情を見せた後、セアラの顔が耳まで真っ赤になる。母親にそのようなことを言われて、羞恥心を感じないわけがない。
「もう……お母さんたら…………それで……その、アルさんは……嬉しいですか?」
「そう、だな……今までもセアラと二人だったらと思うこともあったから……ん」
セアラがアルの言葉が言い終わるのを待つ前に、その唇をキスで塞ぐ。
室内に二人が舌を絡める音が響き渡る。その淫靡な音と、互いの体温、息づかいが気分を昂らせる。
「……夜まで待たなくても……二人が帰ってくるまで、もう少し時間はあると思いますよ」
瑠璃色の瞳を潤ませ、目尻を下げたセアラ。
誰もが羨むほど美しい妻が自分だけに見せてくれるその表情が、アルの鼓動を早める。
「……ああ、そうだな」
二人は寝室へと移動し、念のため鍵をかけてから愛し合う。
「ただいま!って、あれ?パパとママがいない……ただいまー!!」
リビングにいると思っていた二人の姿が見えず、シルが家中に響くような大きな声を発する。
すると家の奥でバタバタと音がするのが聞こえ、シルは何事かと首を傾げ様子を見に行こうとするが、全てを察して笑みを携えたリタに止められる。
「シルちゃん、私の部屋に買ってきた家具を置くのを手伝ってもらっていい?」
「?うん、いいよ!」
キョトンとした表情を見せた後、その申し出を了承するシル。
二人がいるであろう部屋を素通りし、一部屋挟んで一番奥の部屋へと二人は入る。
中の作りは今までアルたちが使っていた寝室と全く同じ。一つの窓がある六畳ほどの殺風景な部屋。
「じゃあまずはベッドの場所だけど……やっぱりあそこかしらね」
リタは収納空間からベッドを取り出して、シルと共に部屋の左奥の壁際に設置する。そしてその隣に小物用の収納を置き、天板に照明魔道具を乗せる。さらにその横にはセアラの物とあまり変わらない、飾り気のない鏡台と椅子を設置して全ての配置を終える。
本来であればタンスがいるはずなのだが、収納魔法を操るリタには必要ない。
「シルちゃん、私とも一緒に寝てくれる?」
「うん、いいよ!じゃあ……一日交代にしようかな?」
「そうね!それがいいわ」
シルの返答を聞いたリタが、これは孫の顔を見るのも近そうだと破顔して、よしよしと満足げに頷く。すると部屋のドアがギィと静かに開きセアラが顔を出す。
「お、おかえり、二人とも」
「ただいま!ママ寝てたの?」
頬を上気させ、髪が少し乱れたセアラの様子を見てシルが首を傾げる。その後ろではリタが何も言わずに、ニヤニヤしながら全て分かっているわよと言いたげな視線をセアラに送る。
「そ、そうなの、ちょっと二人で眠たくなっちゃってね。あはは……」
リタに向かって抗議の声を上げるわけにもいかず、セアラはシルの言葉を肯定して苦笑する。
「ふーん、そうなんだ、珍しいね?あのね、私、今日から夜はパパとママ、おばあちゃんと交代で一緒に寝るね!だから今日はおばあちゃんと寝て、明日はパパとママと寝る!」
セアラがバッっとリタの方を確認すると、サムズアップしてウインクしているリタが目に入る。
手のひらの上で転がされているようで、なんだか悔しい気持ちになるが、セアラとアルにとっては嬉しい話なので思わず複雑な表情を作る。
「……ママ、ダメなの?」
セアラの表情を否定ととったシルが、上目使いで母親を見上げる。
「ううん、もちろんダメじゃないわよ」
「良かった!そういえばパパはどうしたの?」
「えっと、どうしたのかな?もしかして二度寝でもしてるのかも?」
心のこもっていない台詞を言いながら、わざとらしく首を傾げるセアラ。アルはこの間に諸々の痕跡を消していた。
シルの後ろではリタがセアラのあまりにもひどい棒読みに、俯いて口元と腹に手を当てて声を出さずに笑っている。
「はぁ苦しい……さてと、食材も買ってきたことだし、ちゃちゃっと夕食でも作ろうかしら」
呼吸を落ち着かせたリタが台所へと向かうと、シルがその後ろを嬉しげにとことこついていき、セアラは頬を膨らませながら不満げについていく。
「あ、おかえりなさい」
ちょうど部屋の掃除を終えたアルが寝室から出てきて鉢合わせる。
「パパ、ただいま!起きてたんだね!」
「ただいま。うんうん、やっぱりセアラはアル君に任せて正解だったみたいだね」
ご満悦の表情を浮かべるリタに肩を叩かれ、アルは全てを理解して頬を紅潮させる。
「……はい、ご心配お掛けしました……」
「いいのいいの、今日は私とセアラで夕食作るから、アル君はゆっくりしていてよ」
「そうですか、ではお言葉に甘えて。私は風呂の用意をしておきますので」
「パパ!ご飯の前に一緒に入ろうよ!」
シルの一言にリタが反応し、セアラの様子を盗み見る。
しかし予想に反して、セアラはニコニコと二人を見守っている。
「ああ、そうだな。じゃあ先に入らせていただきます」
「ええ、どうぞごゆっくり」
アルとシルが浴室へと向かうと、リタがセアラに心境の変化を問いただす。
「それで?心境の変化があったのは理解できたけど、そこまで変わるもの?」
「え?だって親子でお風呂に入るくらい普通でしょ?」
「……誰かと入れ替わりでもしたのかしら?その台詞、今朝のあなたに聞かせてやりたいわ」
頭を振りながら大きなため息をつくリタ。その言葉の通り、目の前のセアラは朝の彼女とは別人のようだった。
リタは二人の問題として、敢えてアルとセアラの間で交わされた会話を聞かなかった。もちろん二人の間で交わされた『約束』も。
愛する人と生死を共にすると覚悟を決めることで精神の安定を図る。ひどく危うい状態だが、それが今のセアラの心の拠り所。
かつて生きることに絶望していた二人。セアラが見る世界はアルと出会ったことで、再び輝き出した。愛する人と共に在ることに生きる意味を見い出した。アルはそんなセアラから注がれた愛情に救われた。必ず守ると約束した。
互いが互いを生きる意味と、文字通り欠かすことの出来ない存在だと位置付ける二人。ならば二人が『約束』を交わすことは必然だったのかもしれない。
「大丈夫だよ、私はいつだってアルさんを信じてるから」
柔和な表情を浮かべているセアラに、リタはほっとする。
「そう、それならいいのよ」
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