二人が貫く意志編
第69話 二人で過ごす時間が幸せなものであるように
長老たちの説得から二日後、アルたちはエルフの里を旅立とうとしていた。
既に長老たちには挨拶は済ませており、見送りにはエルヴィンたち兵士とリタの友人たちが来ている。
「じゃあアル君、よろしくね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
アルはリタに自分に対して他人行儀な態度は辞めて欲しいとお願いして、それを了承してもらっていた。
「アル、頼んだぞ。セアラ、急がせるつもりはないが、転移魔法は早めに習得してくれよ」
「はい、エルヴィン叔父さん。長老様を説得していただいてありがとうございます」
セアラにリタが同行しカペラで魔法を教えるという話を出したとき、当然のことながら長老たちからは難色を示された。
それでもエルヴィンは粘り強く交渉し、なんとか許可を得ることが出来ていた。
アルはどうやったのか聞いたのだが、あまり知らない方がいいと、乾いた笑いを返されたので深くは聞かなかった。
「エルヴィン、もしセアラの転移魔法習得前に奴が来ても、必ず連絡をくれ。俺一人ならここまで来るのに、そこまで時間はかからないからな」
「ああ、頼りにさせてもらうよ。だが俺たちも今回のことで力不足を痛感したからな。また一から訓練をやり直して、アルの手を煩わせないようにしてみせるさ」
エルヴィンの言葉に周りの兵士たちが同意し、アルに向かって頷く。
「じゃあ名残惜しいけど行きましょうか?」
「ええ、そうですね。シル、森の中は歩けるか?」
「うん、大丈夫だよ」
「シル、手を繋ぎましょう」
セアラから差し出された手を握ったシルが、アルの方を見て耳と尻尾を嬉しそうに動かす。
そんなシルにアルは軽く微笑み返すと、その頭を撫でて反対の手を繋ぐ。
「ふふ、三人は仲良しね」
「うん!」
リタの言葉に満面の笑みを浮かべて答えるシル。そんな様子を見ればアルとセアラも思わず頬が緩んでしまう。
見送りに手を振って、エルフの里を出ると、アリマの町へと向かう四人。
行きではワイバーンとの戦闘があったが、帰り道は何事もなく町が見えるところまでたどり着く。
徐々に町が近づいていくると、セアラがはっと思い付く。
「あ!お母さん、耳を隠せるの?」
「ええ、もちろんよ。アルクス王国にいたときもそうしていたでしょ?」
造作もないと言いたげに耳に手をかざすと、リタの耳の形があっという間に人間のそれに変化する。
「……そうだったっけ?」
「まあ家の中ではそのままだったから、覚えていないのも仕方ないわね……ところで、その気になればシルちゃんの耳や尻尾だって魔法で消すことは出来るわよ。この先、獣人差別があるところに行くかもしれないから、覚えておいて損はないと思うけど?」
今までの国では獣人差別は無かったが、過去に魔法が苦手な獣人は劣等種と見なされていたこともあり、未だ根強く差別意識が残っている国もある。
リタの言う通り、そういう手段を持っているに越したことはない。
「私覚えたいな。パパとママといろんな所に行きたいもん」
アルとセアラが促すまでもなく、シルが返事をする。
「シル、頑張れよ」
「頑張ってね、シル」
溢れるやる気を示すためか、二人の手を握ったまま飛び上がるシル。そのあまりのジャンプ力に、アルよりも背が低いセアラの腕が思いっきり引き伸ばされる。
「わわっ!シル、前より高く飛べるようになったんじゃない?」
「うーん、そうかな?」
その言葉を確かめるように、シルは二人の手を離して身を屈めると、思いっきりジャンプする。
するとシルの体は五メートルほど飛び上がり、アルたちを唖然とさせる。
「ケット・シーってこんなに身軽なのね!新たな発見だわ!」
里を飛び出すだけあって、好奇心旺盛なリタが目を輝かせる。
「えへへ、大きくなったらパパみたいにもっと高く跳べるかな?」
「ん?……ああ、ゴーレムを倒したときの話か。あれは身体強化魔法を使ってるからな、そうじゃなかったらシルほど跳べないぞ?」
一瞬何の話か分からなかったアルだが、そういえばと思い出す。
アルは基本的に戦闘時には身体強化魔法を使っている。理由は簡単で、早く戦闘が終わるから。
一般的に身体強化魔法は身体能力を二、三割アップさせるというものだが、魔力量が極端に多いアルの場合は、多くの魔力を消費する代わりに、通常時の倍の身体能力を得ることが出来る。
そもそも高い身体能力を持つアルの能力が倍になれば、その効果は推して知るべし。多くの魔力を使う代わりに時短をしているということだった。
「じゃ、じゃあ私ってジャンプ力ならパパに勝ってるってこと?」
「ああ、そうだな。シルはすごいよ」
「やったー!!」
アルの素直な称賛を得たシルが、飛び上がって宙返りをするとスカートの中が見えそうになり、アルが思わず顔を逸らす。
一緒に風呂に入っているのだからどうということはないはずなのだが、何故か反射的にそうしてしまう。
「ちょっ、シル!スカートでそんなことしちゃダメでしょ!」
「あっ!はーい……」
セアラに叱られて、思わずスカートを押さえて顔を赤らめるシル。
それだけシルにとって、アルに勝る部分が自分にあるということは嬉しいことだった。
セアラと同じように、いつもアルに守られてばかりでは嫌だという気持ちが、シルの中にも確かに芽生えていた。
「あー、シル、身体強化魔法も覚えてみるか?」
「え?アルさん、いいんですか?」
「パパ、いいの?」
「ああ、身体強化魔法は必ずしも戦うためだけのものじゃない。シルの身軽さに加えて逃げることだけを考えれば、そうそう捕まることはないはずだ。だから戦うことに使わないと約束するのなら教える」
「うん、教えて!絶対戦ったりしないから!」
シルも敵に捕らえられることの危険性を十分に承知している。しかしセアラと同じように、シルが恐れていたのは自身に降りかかる危険ではない。自分が捕らえられることで、アルの足枷になってしまうことが怖かった。
「分かった、家に帰ったら練習しような」
「うん、ありがとう!パパ大好き!」
シルは軽くジャンプすると、アルの首に腕を回して抱き付き、嬉しそうにアルに頬擦りをする。
アルからすればシルのために言ったことであって、そこまで感謝されることでもないと思うが、その気持ちを素直に受け取る。
そして二人を羨ましそうな顔で見ているセアラに、呆れた口調でリタが釘を刺す。
「セアラ……何で娘に嫉妬してるのよ……?あなたは基礎からみっちりやっていくからね!」
「え!?私そんな顔してたかな?」
自分では全く気付いていない様子で頬を紅潮させるセアラに、リタは再び呆れて嘆息する。
「そりゃあもう分かりやすかったわ。『シルだけいいなぁ』って顔に書いてあったわよ。あなたもアル君の役に立ちたいって言うんなら、必死で頑張らないとダメよ!」
「……うん、私も頑張る!アルさんに頼りにしてもらえるようになるからね」
自分に向けて笑顔を見せるセアラにリタは笑みを返すが、同時に一抹の不安が胸をよぎる。
エルフが人間を愛して添い遂げる。人間の中で暮らしていたリタには、それがどういうことか十分に理解していた。それはリタが一つのところにずっと住み続けることを嫌った理由でもあった。
エルフの寿命は長く、ハーフエルフもその例外ではない。それはつまり、いつかセアラはアルを失うことを経験するということ。例えそれが避けられないことであっても、アルを想うセアラを見ていると胸が痛む。
「お母さん?急に黙り込んだと思ったら難しい顔して……どうしちゃったの?」
「ああ、ごめんごめん。どうやって教えていこうかなって考えてたらつい……さ、行きましょう」
リタは頭を振って、湧き上がってきた思いを振り払う。そして自分に出来る限りのことをしようと心に決める。せめて二人が過ごす時間が幸せなものであるように。
※あとがき
というわけで新章の始まりでございます
展開的には本編完結に向けての流れに入りつつあります
多分あと50話くらいになる……のかな?
延びる可能性は十分にありますけど
実はタイトルを変えた続編の構想もあって、
そちらも少し書いたりしています
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