第68話 夢

 あれ?ここ、どこだろう?周りには見慣れない景色。大きな石造りの建物が見るも無惨に壊されている。


「あれ、シル?」


 見たことのある銀髪、そして可愛らしく動く耳と尻尾を見つけて私は思わず呟く。

 でもシルを抱き締めているあの二人は誰だろう?


「セアラ、大丈夫か?」


 少し離れたところにいたアルさんが声をかけてくるが、よくよく見たらそこら中に怪我を負っているのが分かる。

 致命傷というわけではなさそうだけど、アルさんがこんなに傷を負っているのは初めて見る。それに、かなり疲労しているようにも見える。


「アルさん、お怪我は大丈夫ですか?すぐに治療をしないと」


「ああ、問題ない。それよりシルの両親が無事で良かった」


「シルの……両親?」


 アルさんに言われ、私はもう一度娘の方に視線をやる。確かに彼女を抱き締めているの二人にも、耳と尻尾があるけど黒髪だ。毛の色は遺伝しないんだろうか。


「セアラ、本当に大丈夫か?セアラもかなり無茶をしたんだ。しっかり休まないと」


「あ……は、はい」


 無茶をした?私が?一体何をしたんだろう。状況的に言って何かと戦っていたのだろうか?でも敵らしき人やモンスターは見当たらないけど。


「魔力を使いすぎて記憶が混濁しているのかもしれん。すぐ休めるところに行こう」


 アルさんが私をお姫様抱っこする。周りにたくさんの人もいるのに……違う、人だけじゃない、色んな妖精族がいる。ケット・シーやエルフ、あれは犬っぽいからクー・シーだったかな。とにかく色んな種族の坩堝だ。


「アルさん、ちょっと恥ずかしいです……」


「気にするな」


「気にします……」


 私は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆うと、左の薬指にはめられた指輪の存在に気付く。

 そっか、これは夢なんだ。だってまだ指輪を受け取ってないんだし。

 でもなんだかすごくリアルだし、アルさんの体温も確かに感じるんだけど。


「きゃっ!!」


 え?アルさんが私を落とした?

 私がアルさんを見上げると、彼の胸を雷を帯びた剣のようなものが貫いている。夥しい量の出血は、まもなく彼の命が失われるであろうことを雄弁に物語る。


「……え?……アルさん?……そんな、どうして……?いや……いやぁぁぁーーーー!!」




「はぁっ、はぁっ……ゆ、夢?」


 夢の世界から一気に覚醒すると、身体中から汗が噴き出しており、ひどく気持ちが悪い。恐る恐る横を見ると、寝息をたてるアルさんとシルがいる。

 私は思わずアルさんの頬に触れて、その体温を確かめる。規則正しく上下する胸とその手に伝わる体温が、彼が生きていることを教えてくれる。


「ひどい夢……」


 完全に目が覚めてしまった私は、静かにベッドから降りて水を飲みにキッチンへと向かう。

 ダイニングの椅子に座って、コップに注いだ水を一気に飲み干すと、気持ちを落ち着かせようと努める。

 だけど不思議な夢が脳裏から離れることはない。全身が震える、怖くて怖くて堪らない。


「セアラ、どうしたんだ?」


「アルさん……すみません、起こしてしまいましたね。大丈夫ですよ、少し怖い夢を見ただけですから」


 私は精一杯の作り笑いで虚勢を張る。


「夢?どんな夢だったんだ?」


 心配そうな顔でアルさんが私の隣に座る。

 どうしよう、さすがにアルさんが死ぬ夢なんて言うのは気が引ける。


「ええっと、それが……詳しい内容は起きたら忘れてしまいまして……」


「そうか……眠れそうか?」


「……あまり眠りたい気分ではないですね」


 またあんな夢を見るのは嫌だ。例え夢であっても彼が死ぬ場面なんて二度と見たくない。


「ソファに行こうか」


「え?は、はい」


 私が立ち上がると、アルさんは夢の中と同じように私をお姫様抱っこする。


「ア、アルさん?」


「たまにはいいだろう?」


「……はい」


 私は恥ずかしさで頬が熱を持つのを感じながらも、アルさんから目を離すことはない。こんな家の中で危険がないと分かっていても、そうせずにはいられない。

 何事もなくソファに到着すると、アルさんは私を膝枕する。そして左手で私の頭を撫でながら、右手は私の左手に繋いでくれる。


「あの……普通こういうのは女性が男性にしてあげるものではないでしょうか?」


「気にするな」


「気にしますよ……」


 私は不満げに口を尖らせるが、アルさんはそれを見て笑みを湛える。アルさんはずるい、こんな風にされたらますます好きになってしまう。

 仕方がないので、私はされるがままにアルさんの優しさに身を任せる。


「アルさん」


「なんだ?」


「好きです、これからもずっとあなただけを見ていますから」


「ああ、俺もセアラが好きだ。セアラだけを見ている」


「はい……いなくなったりしないでくださいね」


「ああ、ずっとそばにいる」


 アルさんの優しい口調で告げられたその言葉に、私は安心しきっていつの間にか再び意識を手放した。



「おはよう、二人とも」


 お母さんの声で私とアルさんは目を覚ます。幸い同じ夢を見ることはなかった。


「おはよう、お母さん」


「おはようございます」


 目を擦りながら体を起こすと、シルがむくれながらこちらを見ていた。


「もう!パパとママだけなんでソファで寝てるの?」


「ごめんね、シル。ちょっと怖い夢を見ちゃってね。ソファにいたらいつの間にか寝ちゃってた」


「むぅー、パパはなんで!?」


 アルさんがしどろもどろにシルに説明している様子が面白かったが、私はお母さんと朝食作りに取りかかる。


「それにしても怖い夢なんてね、まだまだセアラも子供ということかしら?」


「うん、そうだね…………ねぇ、お母さん」


「ん?どうしたの?」


 私は一つ思い付いた可能性をお母さんに尋ねてみる。


「ハイエルフって……予知夢みたいなのがあったりするのかな?」


「予知夢?うーん……聞いたことないけど……何せ昔の話だからね、もしかしたらそういう能力があったかもしれないけど」


「そっか……」


 あの夢が現実に起こるとしたらどうしよう。その思いが頭から離れない。今日見たのは偶然?たまたまハイエルフの力を取り戻した日に見たのが偶然?そんなことがあるのだろうか。

 出るはずのない答えを考え続けずにはいられなかった。

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