第58話 エルフの里

 朝食を終えた三人は、部屋に戻ると浴衣から普段着へと着替える。


「楽しかったですね、アルさん、シル」


「そうだな、これからは最低でも年に一度は、必ず旅行をするというのもいいかもしれんな」


「うん、私もいろんな所に行きたいなぁ」


「ええ、そうですね。まだまだ知らない世界が一杯ですから、楽しみですね」


 忘れ物がないかを確認すると、三人はチェックアウトに向かう。

 アルとセアラは宿泊券があったので、シルの分だけを支払う。ちなみにシルの分だけでも銀貨五枚。大人であれば一泊で金貨一枚という納得の料金だった。


「またお越しくださいね」


「はい、お世話になりました」


 セアラが代表してリコに礼を言うと、アルは軽く会釈をして、シルは元気よく手を振る。


「あ、アル様。この国には昨日お伝えしたとおり、様々な日本の文化がございます。この町だけでなく、色々と行かれてみるとよいかと思います。特に王都はそれが顕著ですので、機会があれば是非」


「ありがとうございます。時間があれば行ってみます」


 三人はリコに別れを告げて、アリマの町を出ると、ひたすら西へと進む。

 町の門番から詳しい話を聞くと、大森林の入り口までは二十キロほど離れているとのことだった。観光や交易目的の人が行くことは皆無なので、乗り合い馬車なども出ていない。ひたすら歩くしかなかった。


「シル、疲れたら抱っこでもおんぶでもしてやるからな」


「うん、まだ大丈夫だよ!」


 途中に休憩を挟んで行くとなると、日没までになんとかというところだった。ペースをあまり落とすわけにはいかないので、セアラとシルの様子を確認しながらアルは先を急ぐ。


「アルさん、モンスターは出てこないのでしょうか?」


「ああ、索敵しているからな。索敵は魔力を周囲に放つことになるから、雑魚は寄ってこないんだ」


「そ、それって、つまり襲われたときは、相手はとても強いということでしょうか?」


「ちょっと怖い……」


 脅える様子の二人を見て、言い方を間違えたとアルは反省する。


「ああ、すまない、心配する必要はないよ。この方法で寄ってこないのは、かなりの格下だけなんだ。俺が一撃で仕留められるようなモンスター、例えば一角ボアでも寄ってくるくらいの物だ」


 実際この方法でなんとかなるのはCランクの魔物まで。それ以上の魔物は、例えアルを目の前にしても怯んだりはしない。


「それに二人は必ず守るよ。約束だ」


「はい、ありがとうございます」


「うん!」


 現状では、アルの『索敵』には襲いかかってきそうな強者の反応はなく、そのまま順調に進んでいると、上空に急接近してくる存在があることに気付く。


「どうやらお出ましのようだ。二人とも、俺の後ろに隠れているんだ」


 アルたちが見上げる先には一匹のワイバーン。数少ないAクラスのモンスターの一種。つまりはAクラスのパーティであれば、普通に倒すことのできる程の強さ。かなりの強者と言える。


「ア、アルさん。ワイバーンはかなり強いとモーガンさんに聞きましたが、大丈夫でしょうか?」


「ああ、問題ない。ワイバーンはドラゴンの一種と言われているが、正確には亜種。魔界に生息する本物のドラゴンのように、ブレスを使うことはないんだ。攻撃の際には必ず接近するから、そこを狙って叩き潰せばいいだけだよ」


 そういうとアルは収納空間からメイスを取り出す。

 事も無げに言うアルだが、もちろんそれは簡単なことではない。正面からワイバーンを迎え撃っても、普通は吹き飛ばされるのがオチ。こんな芸当ができるのは、ひとえにアルの並外れた膂力のおかげだった。


「パパ、来るよ!」


「ギィヤアアアアアアアアア!!!!!」


 シルの一声の後、ワイバーンが咆哮と共に三人に向かって突進してくる。セアラとシルはその咆哮で恐慌状態に陥り、身動きがとれなくなる。

 ワイバーンの基本的な戦法は、咆哮によって動けなくした相手への鉤爪による一撃。まともに受ければ一気に致命傷、盾等でガードしても受け流せなければ衝撃で大ダメージを受ける。

 だがアルはワイバーンの咆哮など意に介さない。静かにタイミングを計って、間合いに入った瞬間、薙ぎ払うような軌道でメイスを振る。


 ボンッ!!!


 アルの渾身の一振りに、ワイバーンの突進の速度が合わさったことで威力が跳ね上がる。その一撃でワイバーンの体は粉微塵に弾け飛び、もはや原型すら残っていない。


「やり過ぎたか……」


 後ろに守るべき二人があるということは、アルの心から冷静さを奪っていた。

 アルが後ろを振り替えった先にいるのは、失神したセアラとシル。二人がこの凄惨な現場を見て失神したのか、ワイバーンの突進に怯えて失神したのかは定かではないが、アルは前者でないことを祈るばかりだった。

 とは言え、セアラとシルには気の毒だが、アルにとっては二人が気を失ったことは好都合だった。二人に軽量化魔法をかけて抱えると、あまり揺れない程度に全力疾走する。



 その甲斐あって、三人は昼頃には大森林の前まで到達することが出来た。未だセアラとシルは気絶したままなので、アルは二人を抱えたまま警戒しながら大森林を小走りで進む。

 大森林は確かに多くの木が生えているものの、そこには確かな秩序が感じられる。鬱蒼としているという表現は似合わず、緑に溢れているという表現が適していた。計算し尽くされた木々の配置は、見上げるアルに美しさすら感じさせる。


『森の管理者』


 アルはエルフに冠されたその異名を思い出す。確かに、ここにはそう呼ばれるものたちが、介在していてもおかしくないと思えた。


 三十分ほど進んだところで、索敵に反応が複数あり、アルが立ち止まって辺りを見上げる。その視線の先、樹上には、矢をつがえたエルフたちが姿を表していた。


「止まれ、人間。その二人を離してもらおうか」


 想定通りの言葉がかけられると、アルはセアラとシルをそっと下ろす。今回の目的からすると、抵抗する必要性を感じない。微塵も敵意を見せずに従う様子を見て、リーダーと思しき一人のエルフの男が話しかけてくる。姿は若そうに見えるが、実際の年齢はよく分からない。


「その娘はハーフエルフだな……そっちはケット・シーか」


 さすがに魔法に堪能なエルフともなれば、一目でとはいかずとも二人の正体は看破できる。


「ああ、俺の家族だ。丁重に扱ってくれ」


「言われるまでもない……だが、お前は拘束させてもらう」


 アルはされるがままに後ろ手に手首を固定される。アルからすればいつでも外せるものであったが、一先ずエルフの里に行くことが優先だったので、願ってもいない展開だった。


「お前の話は長老様に聞いてもらう。取りあえずついてくるがいい」


 セアラとシルはそれぞれ抱えられて運ばれる。二人が乱暴に扱われるようなことはなかったので、アルは何も言わずにエルフたちについていく。


「ここから里は近いのか?」


「……すぐに着く」


 そのにべもない態度に、アルはあまり会話を期待することは出来なさそうだと肩を竦める。

 十分ほど連れられて歩き続けると、光が潤沢に降り注ぐ開けた場所へと出る。そこには住居が多く見られ、ひと目でここが目的地のエルフの里だと分かった。住人たちは皆、アルの姿を見ると、怯えたような表情や敵意を向けてくる。

 アルは勝手にエルフの里なのだから、木で作られた住居ばかりなのかと想像していたが、石材で作られたものがほとんどだった。見える範囲の家の数から考えて、千人以上は住んでいそうな様子であった。

 そして里の中心には天まで届きそうなほど巨大な木が生えており、アルはその光景を見て不思議に思う。


「……あんなでかい木なら森の外からでも見えそうなもんだがな……」


「……結界により見えなくなっている。そうでないと危険だからな」


 答えを期待した呟きではなかったのだが、予想外に返答が帰ってきてアルは思わず目を白黒させる。


「あの世界樹の根本の集会所で、長老たちがお待ちだ」


「……俺たちが来たことを知っているのか?」


「大森林に入った時点で、すでに捕捉している。里に近づいてきた場合には我らが出向くことになっている」


「……ご丁寧にどうも」


 急に饒舌になったなと怪訝に思うが、今の話の真偽などどうでもいいことだった。とにかく長老とやらに会って、セアラの母親に会えればそれでいい。

 アルはさっさと済ませてしまおうと長老のもとへと、されるがままに連れていかれることにした。

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