第59話 決裂
アルたちはリーダーの男に連れられて長老が待つという建物に入る。セアラとシルは未だ目を覚ましておらず、別室で寝かされることになった。
今までの扱いを見る限り、二人に危害が加えられることはなさそうだと判断したアルは、その提案を受け入れる。
会議室のような一室に通されると、そこには五人の男女のエルフが座っている。アルの真正面に男が一人、アルから見て左側に女性が二人、右側に男性が二人だった。
恐らく真正面の一人が一番偉いのだろうとは思われたが、揃いも揃って年齢不詳なので見た目ではよく分からない。
とりあえず歓迎されていないということは、その苦々しい表情から十分アルに伝わっていた。
「さて、人間よ。儂はこの里の長老をしておるバルドゥルだ。お主の名は?」
「アルです」
アルは真正面に座る男性から自己紹介を求められ、素直に応じる。危害を加えないとはいえ、状況的にはセアラとシルを人質に取られているのと大差ない。敵対する意思がないことを示すように、基本的には従順な姿勢を崩さないようにしていた。
「ではアルよ。ここへは何用で立ち入った?」
「妻のセアラはハーフエルフです。彼女の母親がここにいるのではないかと思い、会いに来ました」
アルの言葉に五人の顔がより一層険しくなる。それは不快感と言うよりも、敵意に近いもの。そして長老が、表面上は冷静さを装い話を続ける。
「ふむ、お主の妻と申すか。しかしあの娘がこの里で産まれた者では無いと言えど、エルフの血を引く者が、人の
「そうね、大方その娘は騙されているんじゃないかしら?汚らわしい人間の言うことなど信頼できないわ。そのうちどこかに売り飛ばすつもりではなくって?」
バルドゥルに続いて、女性の一人が嫌悪感たっぷりに声をあげると、他の者も同意を示す。
「私はセアラを騙しておりませんし、彼女とは心から愛し合っております。本人に聞いていただければ分かることです」
こうなることは想定の範囲内だったので、アルは淡々と事実を述べる。
「まあお主はそう言うだろうな。しかしあの二人が気絶しておる今、お主が二人を利用してこの里に入ってきたと言われても仕方あるまい?」
「ええ、確かにそう考えられるかもしれませんね。ですが違います。先程申しましたように、私はセアラと共に彼女の母親に結婚の挨拶に来ただけです」
「だからそれは認められんと言っておるだろうが!」
一人の男のエルフが、威圧のために魔力を放出しながら声を荒げるが、アルは全く顔色を変えることなくそれに返答する。
「私はあなた方に許可を頂きたくて、ここに来たわけではありません。ただセアラの母親には、挨拶をしておきたかっただけですので。そしてたとえ誰に反対されようとも、私たちは夫婦であることを辞めるつもりはありません」
打てど響かずといった様子のアルに長老たちは痺れを切らす。
「もう良い、お主が諦めんことはよく分かった。しかし、儂らも認められん。ハーフエルフの娘は当然として、ケット・シーの娘も儂らが保護をする。本来ここに入ってきた人間は、無条件で殺すところだが、同胞を連れて来たことへのせめてもの慈悲だ。二人を残して即刻立ち去ってもらおう」
「それは困ります。二人を残してここを去るくらいでしたら、牢に入れてもらってもいいのでここに置いてください」
アルの突拍子もない提案に一同がざわめく。
今回の目的はまず第一に、セアラと母親の再会。可能であれば自分も挨拶しておきたかったが、それが叶わないのならば、セアラと母親を会わせてから逃げればいいだけ。
それ故に、この申し出は、二人が会ってきちんと話をするまで、アルがこの里に居座るための時間稼ぎ。そんなアルの思惑など理解できるはずもなく、一同は対応について協議を始める。
「お前、どういうつもりだ?」
小声でアルの後ろにいたリーダーの男が声をかけてくるが、アルは一瞥すらしない。
「どうもこうもない。俺はセアラの夫でシルの父親だ。二人を守ると約束しているのだから、何があっても離れることはしない」
男は少し考え込むと、アルの右斜め前にずいと進み出る。
「……長老様、勝手な発言をお許しください。私が責任を持って見張りますので、この男を牢まで連れていってもよろしいでしょうか?」
長老は眉間にシワを寄せ、顎に手を当てて悩むが渋々それを受け入れる。
「エルヴィン……分かった、いいだろう。そこまで言うのであれば、この男を牢に入れておけ。おかしなことをせぬよう、しっかりと見張るのだぞ」
「はい、承知致しました」
アルはエルヴィンと呼ばれた男に連れられて、建物を出ると地下牢へと向かう。
「どういう風の吹きまわしだ?」
自らに味方するようなエルヴィンの行動。その意図が掴めずにアルは怪訝な目を向ける。
「……お前、俺たちよりも強いのだろう?それくらいは見れば分かる。ならば下手に暴れられるよりも、聞ける範囲の要求は聞いて、大人しくしてもらえばいいと思っただけだ」
「……そうか」
言葉の端々に本音を隠しているような雰囲気を感じるが、それ以上は追求しない。要求が通った今、それをする意味もなかった。
やがて地下牢に着くと、アルはベッドも何もない牢屋の中に入れられる。後ろ手の拘束は解かれ、代わりに壁から伸びる鎖に両手首を繋がれ、足には枷をはめられる。
エルヴィンは牢に鍵をかけると、見張り用の椅子に腰かける。
「……あの二人を無理矢理にでも連れて帰るつもりなのか」
「当然だろう?」
アルが悪びれることも無く答えると、エルヴィンは肩を竦める。
「で?これからどうするつもりなんだ?」
「とりあえずセアラが説得してくれるのを期待するだけだ。それまではここでのんびり待つ」
アルはそう言いつつも、セアラとシルの魔力はきちんと捉えており、何かあればすぐに飛び出すつもりでいる。
「もし出来なかったら?」
「……さあな。本音を隠している癖に、一方的に話を聞くのはフェアじゃないだろう?」
「牢に入れられているのに対等なつもりか?」
睨みをきかせてくるエルヴィンにアルが嘆息する。
「お前たちに入れられているんじゃなくて、俺が入っているんだよ」
不遜なアルの態度に思わずエルヴィンが吹き出す。
「成程な、つまりはいつでも出られると言うことか」
「それで?お前はなぜ俺に味方するようなことをするんだ?」
エルヴィンは逡巡するが、やがて観念したようにポツポツとその理由を語り出す。
「……あの娘、セアラは俺の姪に当たる」
興味なさげに会話をしていたアルも、流石に驚いて目を見開く。つまるところ、エルヴィンはアルに味方をしたと言うよりも、セアラに味方したと言うことだった。
「それで?今セアラの母親はここにいるのか?」
「ああ。あの日……ここに帰ってきたとき、俺の妹、リタは娘を、セアラを人間に取られたと言って塞ぎ込んでいた」
エルヴィンの話を聞く限りでは、セアラの母親、リタはセアラをアルクス王国に略取された後、すぐにここに戻ってきていた。
当初はセアラを失った悲しみから、抜け殻のような日々を過ごしていたが、最近は少しづつ元気も出てきたとのこと。しかし、リタの感情を考えるとアルとの結婚を認めてくれるとは思えなかった。
「しかし、それなら真っ先に俺を里から追い出しそうなものだと思うが?」
「まあな、リタだけのことを考えれば確かにそれでいいかもしれない。だがセアラも初めて会うとは言え、俺にとってはかわいい姪であることに違いない。ならば、それをするのは彼女の話を聞いてから、というのが筋と言うものだろう。もし本当にお前を夫として認めているのであれば、セアラが悲しむことになるのは明白だからな。それならば一先ずはお前をここに留めておこうとするのも、おかしな話ではあるまい?」
「……もしセアラが母親を説得できなかったらどうするんだ?」
エルヴィンはその問いに迷うことなく答える。
「もちろんリタにつく。お前と事を構えるのは得策ではないのは分かっているがな」
「そうか……」
アルはエルヴィンのその回答を、特に落胆することも無く受け入れる。
もしもエルヴィンがリタとセアラを同じように大切に考えていたとしても、エルフと言う種族が人を嫌い、かつ外の世界では生きづらいことに鑑みれば、その答えに行き着くのは至極当然。
自分と同じように家族を大切に思うエルヴィンを見て、アルは出来ることなら丸く収まってほしいと、セアラに望みを託すのだった。
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