第47話 シルは二人の愛娘
アルたちは町の中央で一番と言われている食堂に入る。そこはギルドが近いこともあり、冒険者御用達でもある食堂だった。
そのため一般住民の中には敬遠する者もいるが、ギルド関連の仕事をしている三人にはうってつけとも言える。
中に入ると、やはり見慣れた冒険者たちの顔が見え、三人に声をかけてくる。
「お、アルじゃねえか。もう帰ってきたんだな?」
「アルさんお帰りなさい」
「おぉい、こっち空いてるぜ」
アルは声をかけてくる冒険者に軽く手を上げて応える。そんな様子を見ながら、セアラはモーガンの言っていたことは事実だったのだと再認識していた。
以前から一目置かれる存在であったアルだが、こんな風に気さくに声をかけてくるような人はほとんどいなかった。それが今や店に入ってから、男女、ベテラン、若手問わず、様々な人たちから声をかけられている。
「うわぁ〜、すごい!!パパ、大人気だね!」
シルはアルが他の冒険者から慕われているのが嬉しいようで、尻尾を振ってニコニコしている。そしてそれはセアラにとっても同じことで、自分以外にもアルの良さを知っている人が大勢いる嬉しさと同時に、アルの妻であることを誇らしく思っていた。
しかしそんな浮かれた気分も束の間、会いたくない冒険者たちもそこにいた。
「お、昨日の解体場の姉ちゃんじゃねえか。てことはそっちが話にあった旦那かい?」
「……ええ、そうですよ」
セアラの顔があからさまに曇ったのを見て、アルが怪訝な目を冒険者たちに向ける。
「へ〜、ずいぶんと人気があるみたいだけど、Bランクなんだろ。この町の冒険者ってのは随分とレベルが低いんだな」
このような冒険者が集まる場所で言うべき台詞でないのは明らかだが、男たちは酒が入っていることもあり、上機嫌で宣う。
当然ながら周囲から白い目が向けられるが、アルに任せておけばいいかと、わざわざ目くじらを立てずに静観する。
「見ない顔だな。セアラ、知り合いなのか?」
アルは冒険者たちの問いかけを無視して、セアラに尋ねる。
当然冒険者たちは面白くなく、不穏なムードが漂うがアルは全く意に介さない。
「はい、先程シルも少し話していましたが……」
そこまでセアラが言うとアルは察して、冒険者たちに向き直る。
「すまんがセアラは俺の妻だ。この町に来たばかりでは知らなかっただろうが、以後は無用な手出しはしないでくれ」
アルは言うことだけ言って二人を連れて空いている席へと向かおうとする。
「待てよ、腰抜け。女、子供の前だからっていきがってんじゃねえ」
「ああ、どうしてもって言うんなら、その姉ちゃん一晩貸してくれたら許してやってもいいぜ?セアラちゃんだっけ?そんなやつじゃ満足出来ねえだろ?俺らが楽しませてやっから、こっち来いって」
「なあ一晩くらい付き合ってくれてもいいだろ?まあ三人がかりだから、一晩じゃ足りねえかもしれねえけど、大目に見てくれよ?」
下卑た言葉を投げ掛けてくる男たちだが、アルは心底面倒くさそうな表情を浮かべる。
「セアラは俺の妻だと言っているだろう?店も周りも迷惑しているんだが?」
冒険者たちの人気者であるセアラに対しての、聞くに絶えない暴言に、静観していた冒険者たちも痺れを切らす。いつの間にかアルたちを中心にして、カペラの冒険者たちが円をつくって取り囲む。
「なんだてめえら、ケンカも出来ねえ腰抜けの集まりかよ」
「……なら明日の朝ギルドに来い。模擬戦なら相手をしてやる」
アルの提案に男たちはニヤリと笑って同意する。強がってはいたものの、この数の冒険者を相手にして勝てる見込みなど無い。彼らからすれば、アルの提案は渡りに船。
「その言葉忘れるんじゃねえぞ!俺らが勝ったらその姉ちゃんには相手してもらうからな!」
「それは別……」
「ええ、構いませんよ。あなたたちではアルさんには勝てませんから」
さすがにセアラを賭けるのは気が引けたアルだが、代わりにセアラが啖呵を切る。言質を取った男たちはねぶるような視線をセアラに向けると、高らかに笑う。
「ははっ!いいじゃねえか。そいつのことを忘れられるように、たっぷり相手してもらうから覚悟しとけよ!行こうぜ!」
男三人が笑いを浮かべて嬉しそうに出ていくと、女性二人が呆れ顔で席を立ち、アルに話しかける。
「ねぇ、あなた大丈夫なの?あいつら性格は最悪だけど、強いわよ?」
「模擬戦、私たちはやらないけど、奥さんのために頑張って」
「……なんであんなやつらと一緒にいるんだ?」
まさか心配されると思っていなかったアルが、思わず尋ねる。
「あなたも冒険者なら分かるでしょ。生き残ることが第一ってことよ。どんなにクズだろうが関係ない。強いやつとパーティを組む方が、金を稼げて生き残る確率が上がるんなら、私たちはそれを厭わないわ」
「そうそう、楽しいパーティもいいけど死んじゃったらダメでしょ?」
「確かにな」
アルの眼前の二人は、三人を単なる仕事上の付き合いとしか思っていない。
反吐が出るような奴等であっても、三人が他人にどれだけ迷惑をかけようが、自分達が生き残ることが出来ればそれでいい。現代日本では忌避されそうな倫理観ではあるが、死が身近なこの世界では歓迎こそされないものの、間違っているとまでは言えない。
「じゃ、そういうことで明日は頑張ってね」
アルたちが手をヒラヒラさせて去っていく二人を見送ると、周りの冒険者たちから声が上がる。
「明日はアルの模擬戦か!こりゃあ早起きして行かねえとな!」
「アルさん全力でやるんですか?あいつら女性の敵ですよ!やっちゃってもいいんじゃないですかね?」
「アル、あいつらギルドでも調子に乗っててうぜえんだよ。鼻っ柱を折ってやってくれや」
「ああ、分かったよ」
口々にアルへの期待を寄せるカペラの冒険者たち。
アルは騒がしくなってしまったことの謝罪を店と周囲にしてから席につく。
先程の嫌な気分は忘れて、その日の夕食は楽しく過ごすことが出来た。
シルも久しぶりの外食が嬉しかったようで、ハンバーグやオムライスなどがワンプレートになった子供用のメニューを美味しそうに食べている。
アルとセアラもせっかくの外食ということで、一杯だけ麦酒(エール)を飲んで夕食を楽しんだ。
「セアラ、シル、これは土産だ。似合うといいんだが」
家に戻ったアルは、二人にレダで購入したペンダントとリボンを、それぞれに手渡す。
「ありがとうございます、アルさん……とってもきれいです!」
ペンダントトップのラピスラズリと、それを見つめるセアラの瞳は、やはりほとんど同じ瑠璃色だ。
「パパ、ありがとう!どうかな?」
シルが右の側頭部辺りにちょこんとリボンをつけて、アルを見る。煌めく銀髪に真っ赤なリボンが良く似合い、小さなルビーの輝きもいいアクセントになっている。
「ああ、二人とも良く似合ってるよ。気に入ってもらえて良かった」
喜んでくれている様子の二人を見てホッとするアル。
二人なら例え似合わなくても文句を言わないだろうが、自分で似合うと思って喜んでつけてくれるなら、それに越したことはない。
「セアラ、明日は休みだろう?昼からオールディス照会に指輪を見に行こうと思うんだが」
「はい、でもいいんですか?午前中は模擬戦ですし、それにペンダントまで頂いてしまったのに」
少し申し訳なさそうな表情を見せるセアラに、アルは頭を振って諭すように言う。
「あの程度の相手なら何の問題もない。それにペンダントはあくまでも今回の依頼の土産で、結婚指輪は結婚したから必要なものだ。たまたま時期が重なっただけのこと、気にする必要はないよ。それに……俺もセアラと同じものを身に付けておきたいから」
長々ともっともらしい理由を話して、頬を赤らめながら最後にアルが本音を言うと、セアラの頬にも朱が差す。
「アルさん……はい、私もお揃いの物が欲しいです……」
「むぅ……パパとママだけいいなぁ、私も欲しいのに」
仲睦まじい二人が羨ましいシルは、口を尖らせて不満を見せる。
「シルにもいつか素敵な人が現れて、結婚する日が来るわよ。そうしたらその人に貰ったらいいわ」
「う〜ん……そっかぁ……じゃあそれまで我慢する」
アルはさすがにまだまだ先の話だと思っていたが、よくよく考えれば十年も経たない内にそうなってもおかしくない。
シルがそういう人を見つけるのは嬉しいことではあるが、複雑な気分になってしまう。
「アルさん、どうしました?」
難しいというよりも、困惑したような顔をしているアルを心配して、セアラが声をかけてくる。
「……いや、シルもいつかは結婚するのかと思ってな」
よほどの心配事でもあるのかと思っていたセアラが、思わず声をあげて笑う。
「ぷっ、ふふふっ、アルさんもすっかりシルのパパですね」
「……ああ、どうやらそうらしいな」
思わず苦笑するアル。
アルはいつも意識してシルの父親でいようと努めてきたが、今湧き上がってきた感情は、間違いなく自然なもの。
いつの間にかシルのために父親であろうとすることが、アルにとってシルを愛娘だと思う気持ちを強くしていたことに気付く。
「パパはシルのパパでしょ?」
不思議そうな顔で首をかしげるシルに、アルとセアラは顔を綻ばせ、二人でシルの頭を撫でる。
「ああそうだ、シルは俺とセアラの娘だ」
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