第48話 圧倒するアル

 翌朝、アルたちが九時頃にギルドに到着すると、たくさんの冒険者でギルド内はごった返していた。

 特別な依頼がない限り、冒険者たちの朝は遅い。理由は至って単純で、前日に飲みすぎるから。その為、九時の時点でここまで人がいることは珍しい。当然その目的はアルの模擬戦だった。


 アルの模擬戦は強すぎて参考にならないとも言われるが、絶対的な力に憧れるのもまた冒険者。もはや勉強のためというよりも娯楽扱いだった。そんなアルだが、教えるときには無茶なことはしない。相手が出来ることを見極めて、最適な方法を教える。だからこそアルは、寡黙にも関わらず多くの冒険者たちから慕われていた。


「おう、アル。なんかおもしれえことになってるみたいだな?」


「ああ、ギデオンか。すまん、迷惑をかける」


 アルを見つけた熊獣人、カペラのギルドマスターであるギデオンが声をかけてくる。

 ギデオンはアルの謝罪を笑い飛ばして頭を振る。


「いいってことよ。あの五人組、まあ正確に言えばその中の男連中は問題児でな、討伐依頼では必要以上にモンスターを狩ったり、素材の採取依頼ではボロボロの素材を納品したりな。とにかく荒っぽいんだよ。そのくせ報酬を減額されると一丁前に文句を言いやがる。ガツンとやってくれや」


「……それはギルマスの仕事じゃないのか?」


 どう考えても面倒事を押し付けようとしているようにしか見えないギデオンに、アルは胡乱な目を向ける。


「まあな。俺もそろそろやろうとしてたとこだったんだよ。そこをお前が模擬戦をやるってんだから、丁度いいやってな」


 調子のいいギデオンにアルは嘆息する。


「まあいい、やつらはもう来ているのか?」


「ああ、来てるぜ。お前らが来てから冒険者どもが続々と鍛練場に向かってるだろ?やつら楽しみでしかたねえのさ」


 ギデオンの指差す方に視線を移すと、冒険者たちが続々と鍛練場へと続く通路に吸い込まれていく。


「……暇なやつらだな」


「まあそう言うな、それだけお前が慕われていることだと思っておけ」


 ギデオンの言葉に、アルは少し気恥ずかしそうに頭を掻きながら鍛練場へと進む。


「アルさん、頑張ってくださいね!信じてますから!」


「パパ、頑張ってね!」


 アルは二人に力強く頷く。万が一にも負けることはないと思うが、セアラの身が賭かっているのだからと気合いを入れ直す。


「おし、じゃあ審判は俺だからな」


 ギデオンに連れられてアルが鍛練場へと姿を表すと。待ちわびていた観客から歓声が上がる。

 小さな観客席は、すし詰め状態になっており、そこかしこで怒号が聞こえる。


「はっ、逃げずに来やがったか」


 眼前の三人の装備を確認するアル。剣士らしき長剣使いが一人、大きな盾を持ったタンクが一人。もう一人は変わり種で、弓を持って両手に手甲をはめている。接近戦も出来るアーチャーというところだろうと当たりをつける。

 編成的に言って、恐らくは後ろで静観している女性二人が魔法使いと、治癒士だと考えられた。

 アルはそれを前提として、頭の中で三人を相手に戦術を組み立てる。


「アル、一対一でいいか?」


 アルは手を上げてギデオンの提案を制する。もう勝てる算段は整ったので、わざわざ一対一を三回するのも面倒だ。


「いや、三人同時で構わない」


 その言葉に『さすがアルだ』とばかりに観客は沸き立ち、冒険者たちは怒りで顔面を紅潮させる。


「クソがっ!ぶっ殺してやる」


「おら!審判っ!早くしろや!」


 剣士とタンクの二人が今にも飛びかかりそうに、前傾姿勢を取る。

 アルは収納空間からいつものメイスを取り出すと、無造作に肩にかける。


「始めっっ!」


 まずはタンクがアルの前に突進してくるので、アルはそれを迎え撃とうとメイスを構える。

 その瞬間、アーチャーから矢がアルの頭を目掛けて飛んでくる。


「『物理障壁フィジカルバリア』」


 一瞬だけ展開した物理障壁で矢を落とすと、タンクへと一気に駆け出す。タンクの男はアルの狙いを察すると、大盾を地面に突き刺し防御体勢を取る。


「その意気やよし、か」


 アルはメイスをフルスイングして、大盾に叩きつける。


 ガゴォン!!


 身体強化魔法は掛けていなかったため、盾が砕けることはなかったが、大きく変形し、支えていた腕はあらぬ方向へと曲がっていた。


「うがぁああ!う、腕が!俺の腕が……!」


 その悲惨な有様に、残る二人の動きが止まり、攻撃を躊躇する。

 アルは一撃で戦闘不能に陥ったタンクを一瞥すると、面倒なアーチャーを潰しにかかる。


「ちぃっ!!」


 アルのあまりの接近速度に矢をつがえる暇もなく、アーチャーは弓を放り投げると、左足を前にしたアップライトスタイルで構える。

 思わずこちらにもキックボクシングがあるのかとアルは一瞬思い、面白そうなのでメイスを収納する。


「……なめやがってえぇぇ!」


 自分の土俵で戦いを挑まれたことが気に触ったのか、激情を剥き出しにするが、攻撃自体は洗練されていた。

 セオリー通り、無駄な力の入っていないシャープな左ジャブが何発も繰り出されるが、アルを捉えることはない。

 代わりにアルは相手のパンチに合わせて的確なカウンターを合わせて、相手の顔面を腫らしていく。


「どうした?ジャブでその程度か?その構えなら蹴りもあるんだろう?」


「く……そ……」


「アルさん!後ろです!」


 セアラのよく響く声がアルの耳に届くと、ふらふらになった格闘家の襟首を掴み、巴投げの要領で後ろに投げ捨てる。

 突然眼前に味方が現れた剣士は止まることが出来ず、突進の勢いのまま格闘家に衝突し、完全に出足を止められる。


「残り一人だな」


 涼しい顔をしているアルに、剣士は顔を青ざめさせて思わず呟く。


「……てめぇ、化け物かよ」


「……降参するなら見逃してやる」


 アルに怯えた相手をなぶるような趣味は無い。心からの言葉ではあったが、初めて明確な格上に出会った剣士にとって、それは受け入れがたい屈辱だった。


「降参なんてしてたまるか!奥の手を見せてやるよ、ミラ!打て!」


「はぁ!?私らは手を出さないって言ったでしょ?」


「うるせぇ!とっととやりやがれ!」


「ダッサ……『火球ファイアボール』」


 ミラと呼ばれた魔法使いらしき女性が、火球を放つ。

 しかしそれはアルを狙ったものではなく、剣士を狙ったもの。

 剣士はその火球に向かって剣を突き立てると、火球が持つ火の魔力を剣が吸収していく。


「どうだっ!これが魔法剣だ!俺は魔法剣士なんだよ!」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる剣士にアルは嘆息する。

 剣士の持っている剣は極めて純度の高いミスリルソードらしく、魔法を吸収できるようだった。つまりはあの剣士の技というわけではなく、剣の力でしかない。

 おまけに仲間に魔法を使ってもらうのでは、到底魔法剣士とは言えず、まだまだAランクに相応しい実力とは言い難い。

 アルは面倒くさそうに頭を振ると、ギデオンに尋ねる。


「ギルマス、一体三で戦うっていう約束は破られたが、まだやるのか?」


「俺はアルがあれをどうするか見てみたい。続けろ」


 職権濫用じゃねえかと呟いて渋々アルが、漆黒の魔剣ティルヴィングを取り出す。


「あまり模擬戦でこれを使うのは気が引けるんだがな。まあそっちが武器の力に頼るなら、俺も武器の力に頼るとするか」


「なにをゴチャゴチャ言ってやがる!そんなナマクラでどうこうなるかよっ!!」


 ガギィンッ!!


 剣士が飛びかかって、渾身の力を込めて逆袈裟で斬りつけようとするが、アルは無造作にティルヴィングでそれを受け止める。


「武器の良し悪しも分からんくせに、Aランクとはな」


 剣士の魔法剣が帯びている火の魔力が、ティルヴィングに吸い込まれていく。

 ティルヴィングの属性は闇。光を除くすべての属性攻撃を切り裂き、その魔力を吸収することが出来る。


「な、何だそりゃぁ……」


 奥の手すらもまるで通じず、剣士の顔に絶望の色が広がる。

 アルは弱いものいじめをしている気分になるが、ガツンとやってほしいと言われているので、その頬を死なない程度に殴り付ける。


「あぐっ……」


 剣士はその一撃で失神し、うつ伏せに倒れ込む。もはや戦えるものはおらずアルの勝利が確定だ。


 ギデオンの勝ち名乗りを確認すると、アルはタンクのもとに行き、骨折した骨の位置を正しい位置に戻してから回復魔法をかける。


「痛えっ!!……な、なんで……?」


「……これは模擬戦だぞ?当たり前のことだろう」


 タンクの治療が終わると、残る二人にも回復魔法を施すアル。

 セアラとシルはそんなアルの姿を見て、思わず笑みがこぼれるのだった。

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