第46話 信頼と嫉妬
アルたちは出発してから三日目の夕方、レダでの滞在を終えて、カペラへと戻ってきていた。
帰り道では多少モンスターとの交戦もあったが、アルが何事もなく撃退していた。
行きでキマイラを撃退した場所には、二日経っても新たなゴーレムが設置されているということはなかった。
アルはその事実と、件の鉱脈でゴーレムが発見出来なかったことから、謎のゴーレム使いからすれば、すでにそこまで重要な物ではないのだろうという結論を得ていた。
「いやぁアルさん、有り難うございます。うちのお抱え冒険者たちも、かなりの腕だとは思っていたんですがね。さすがはギルド一押しの冒険者ですね!それではこれが依頼達成報告書になりますので、お納めください。また依頼を出させていただいてもいいですか?」
三人を出迎えたオールディスがアルに感謝を伝えると同時に、次回以降の確約も取ろうとする。これだけ大きな商会ともなれば、優秀な冒険者は囲っておきたいのは自明の理。
アルは言質を取られないように、言葉を選びながら回答する。
「ええ、御用達になることは出来ませんが、また手に負えないモンスターが出ましたら、依頼を出していただければ請けます。それでは家族が待っておりますので、これで」
とりあえず今日はまだゴーレムがいなかったとは言え、今後より強力なゴーレムが設置される可能性は十分ある。もし今度交戦することがあれば、何らかの手がかりは手にいれたいところだった。
「アルさん、じゃあ明日のお昼過ぎにいらしてくださいね」
「私も同席させてもらいますからね!」
「ああ、よろしくな」
トムが明日の予定を確認し、レイチェルが鼻息荒くアルに詰め寄る。最初は戸惑っていたレイチェルの扱いも、さすがに三日目ともなれば慣れたもので、軽くあしらう。
そして三人に別れを告げたアルは、依頼達成の報告のため、まずはギルドに顔を出す。
「アルさん!お帰りなさい!」「パパ!お帰り!」
アルはレダからギルドに通信魔道具で、今日戻る予定だと伝えていた。そのため一刻も早くアルに会いたいセアラとシルは、仕事を終えると今か今かとギルド内で待っていた。
嬉しそうな二人の表情を見ると、ついついアルの表情も緩んでしまう。
「ただいま、二人とも。変わりはなかったか?」
「はい!大丈夫でした!」「うん!」
アルは人目も憚らず抱きつく二人に少し困惑するが、もちろん嬉しい事には間違いないので、そのまま二人の頭を撫でる。
周りの冒険者たちの中には羨ましそうにしている者や、敵意を向けてくる者もいるが気にしない。
「アルさん、お帰りなさ〜い。依頼はどうでしたか〜?」
「ああ、これが報告書だ。問題なく達成できたよ」
相変わらずのマイペースでナディアが話しかけると、アルは依頼達成報告書を渡す。
「ふむふむ、さすがですね〜。あ、そう言えば〜、今回の依頼でアルさんは晴れてAランクに昇格で〜す。パチパチパチ〜」
気の抜けた拍手をするナディアと、それにつられて、『お〜』と言いながら嬉しそうに拍手するセアラとシル。
「そうか、Aランクになると何か変わったり、手続きでもあるのか?」
「手続きは何もないですよ〜?次来たときに新しいギルドカードを渡しますからね〜。待遇ですけど〜Aランクともなれば〜、アルさんを指名して依頼を出す場合の依頼料が〜、ガツンと跳ね上がりますよ〜」
「そうか、分かった。じゃあ帰ろう、セアラ、シル」
アルはあまりランクに拘りがあるわけではないし、とりあえず家族水入らずの時間を過ごしたいので、さっさと二人を連れてギルドを出る。
そして三人はシルを真ん中に、手を繋いで日が暮れたカペラの町を歩く。一日を通して会っていないのは昨日だけなのだが、随分と久しぶりな気持ちになっていた。
「セアラ、仕事の方はどうだ?」
「順調ですよ。小さなモンスターであれば、解体も徐々に任せてもらえるようになってきたんですよ!それにシルも魔法でお手伝いしてくれますからね」
セアラの言葉にシルは嬉しそうな顔を見せる。
「そうか、もうそんなことまで出来るんだな。シルは楽しいか?」
「うん、ママの他にも色んな人の役に立てるから楽しいよ!あ、そうだ!ねえパパ、ママってすごくモテるんだよ!解体場でも、よく声をかけられてるんだよ?」
「……そうなのか?」
無邪気なシルから発せられた事実にアルは困惑する。そして横を歩くセアラを見ると、恥ずかしそうに首肯する。
「……はい。特に初対面の場合に食事などに誘われるんですが……でもちゃんと断ってますからね!それにモーガンさんたちや、カペラの冒険者の方も守ってくれていますし。危ない目には遭ってないですよ?」
絶対に誤解は与えたくないという、強い意思のこもった目でセアラはアルを見つめる。アルもそれを疑うことはしないが、未だにセアラに手を出そうというやつがいるということを再認識する。
一般的に言って、冒険者はあまり素行が良くない者が多い。それに加えて一ヶ所に留まらない者も珍しくはないので、アルは外から来た冒険者が、セアラと自分のことを知らないことも承知の上。
そのためセアラほど目を引く女性であれば、この先も全く声をかけられないということは有り得ないのも理解している。
「ああ、分かってる。セアラを信じているし、モーガンたちも信じているよ」
期待した反応とは違ったようで、セアラが不満げな顔をする。
「……それはそれでちょっと寂しいです……」
自分でもわがままを言っている自覚はあるようで、かなり小声のセアラ。少しだけ頬を膨らませる仕草は可愛らしく、アルは頬を緩めると、シルを抱き上げセアラと手を繋ぐ。
「全く心配していないって言ったら嘘になるけれど、俺にとってセアラが特別であるように、セアラにとって俺は特別だっていう自覚はあるよ」
「……はい、そうですね……アルさんの代わりなんてどこにもいないです。だから昨日のように、一日会えないのは寂しいです」
「ああ、俺も寂しかったよ」
セアラは頬を紅潮させると、アルに少しだけ体重を預けて歩く。
そして火付け役のシルは、いいことをしたと言わんばかりに尻尾を振って喜んでおり、アルとセアラは思わず苦笑する。
三人が家の前に着いて時刻を確認すると、十九時を回っていた。
今から夕食の準備となると、少々遅くなる微妙な時間。アルも長い道程を歩いてきたこともあり、少し辛いものがあった。
「少し遅くなってしまったな。たまには外で食事をして帰るか」
「うん、私もそれがいいな!」
アルの腕の中で、シルが嬉しそうに両手を突き上げて体を揺らす。
「ええ、たまにはいいですね」
そして三人は再び夜のカペラを歩き出した。
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