第42話 レダの村
アルは検分を終えると、キマイラの死骸を魔法で焼却処分し、山越えを再開する。すでに難所はすべて越えているので、行程にも比較的余裕が出ていた。
山の反対側に出ると、眼下には広大な草原と目的地の村が見え、さらにその向こうには陽の光によってキラキラと輝く海が見える。村は山と海に囲まれているため、陸の孤島のようだった。
周囲の警戒をしつつも、アルは少しだけ思索に耽る。
「アルさん、難しい顔をされてどうしたんですか?」
顎に手を当てて神妙な面持ちのアルを心配して、トムが声をかけてくる。
「ああ、あのキマイラがゴーレムだったということは人為的に配置したと言うことだ。その意味は何かと思ってな」
「う〜ん、この辺りも鉱山だから、それが目当てかも」
考え込むトムとは対照的に、レイチェルが思い付いたことを即座に口にする。
「鉱山か……この辺りでは何が取れるんだ?」
「取れるというより取れたと言ったほうが正しいですね。昔はアダマンタイトとかミスリルみたいな希少金属が出たらしいんですよ」
「アダマンタイト、ミスリルか……」
アダマンタイトはアルのメイスにも使われており、伝説の金属オリハルコンに次ぐ強度を誇ると言われている。
ミスリルは魔法銀と呼ばれ、武器に使えば属性付与が容易に、防具に使えば魔法耐性の向上が見込める希少金属。ティルヴィングやレーヴァテインのような魔剣は、漏れなくミスリルが使われている。
「いずれにせよ、今は取れませんよ?」
「……そうか。参考になったよ、取りあえず先を急ごう」
今回の依頼はあくまでも二人の護衛とキマイラの討伐。
個人的な興味、関心に二人を巻き込んだり、時間を割くわけにもいかない。
「それにしてもさすがアルさんですね。キマイラを討伐した上、他のモンスターも出てこないなんて快適すぎて驚きですよ。これなら毎回お願いしたいくらいですよ。この際、商会お抱えになってしまってはどうですか?」
すでに最難関のキマイラの討伐が終わっていることもあり、トムが軽口を叩く。
「うんうん、そうすればセアラさんがうちで働くこともありよね!」
「……まあ考えておくよ」
アルはどう考えてもレイチェルはセアラ目的だなと思っても口には出さない。
そもそもアルにはケット・シーを探すと言う目的があるので、お抱えになるつもりはさらさら無い。もしもこれが商会トップからの本気の勧誘であれば、明確な断りを入れるが、世間話の一環として処理する。
山を降りると平坦な草原が広がっており、三十分ほど歩くと村が見えてくる。
村と言っても、さすがに天然石で潤っているだけあって、貧しい感じは全くない。単純に交通の便の悪さから、人口が少ないだけだと分かる。
「私たちもそうですけど、やっぱり若い人は外に行きたがりますね」
トムの話も頷けるものだった。ここまで外界と隔離されていると娯楽などの刺激が全くない。なまじ外の世界と繋がりがある分、若者が憧れを抱くのも無理からぬ事だった。
「だから私たちみたいに、若者は外の商会に雇ってもらって、こうやって行き来しているんですよ。まあレイチェルのように収納魔法が使えるのは流石にレアですけどね。なので村には私たちの家もちゃんとありますよ」
「アルさん、ここでの滞在中はうちに泊まって下さいね」
「いいのか?」
村で宿を取るつもりだったアルは二人に聞き返す。
「ええ、良いも悪いも宿屋なんてないですから」
「……そうなのか。すまんが世話になる」
村に到着すると、立派な口ひげを蓄えた村長らしき人が出迎えてくれる。年齢はかなりいってそうに見えるが、ガタイも良く健康そのものといった様子だ。
「おお、久しぶりじゃのう。一ヶ月ほど見なかったが、どうしておったんじゃ?」
「お久しぶりです村長、実はいつものルートにモンスターが棲みついてしまって、今回こちらのアルさんが討伐してくださったんですよ」
アルは紹介を受けて会釈をする。
「そうじゃったか、儂は村長のルークですじゃ。天然石が取れるくらいしかない村ですが、ゆっくりして行ってくだされ。ああ、それから買付は誰でも出来ますので、気に入ったものがあれば買っていってくだされ」
「ええ、ありがとうございます。それでは短い間ですが、厄介になります」
アルは二人にキマイラのことは言わないようにと言っておいた。
現状では分からないことが多すぎるので、はぐれの強いモンスターがいたということにしておく。
村長への挨拶を終えた三人は、トムとレイチェルの仕事のために、採掘された天然石が集めれている場所へと向かう。
トムの目利きによって、目当ての宝石の含有量が多い原石を買い付け、レイチェルがそれを収納していく。
手持ち無沙汰になったアルは、二人から少し離れて様々な原石を物色する。
「……これは」
アルの目に留まったのはラピスラズリの原石。
その原石の色は瑠璃色、つまりセアラの瞳と同じ色をしていた。
「あ!アルさん、ラピスラズリですね!さすがですねぇ、瑠璃色はセアラさんの瞳と同じ色ですよね!」
満足げに頷くレイチェルに若干引き気味のアル。
なぜセアラの瞳の色が単なる青色ではなく瑠璃色だと知っているのか疑問に思うが、また妙な情報が出てくるのではないかと突っ込むのを躊躇する。
瞳の色など接近して、まじまじと見ない限りは分からないはずだ。
「ふふふ、なぜそんなことを知っているのかと、疑問に思っていらっしゃいますね?」
「……まあ、そうだな」
無駄に鋭い観察眼を持つレイチェルに、嘆息しながらアルは答える。
「それはですねぇ、メリッサさんからの情報です!」
「メリッサ?」
メリッサと言えばセアラのミスコン優勝の立役者だ。
そうは思えないが、彼女もセアラのファンクラブの会員なのかとアルは困惑する。
「メリッサさんのお店でお買い物すると、セアラさん情報を流してもらえますからね!」
「……そういうことか」
確かに彼女ならやりそうだと納得するアル。間違いなくセアラに内緒なのだろう。
「ところでそれを俺に言ってもいいものなのか?」
「……あ……ど、どうかセアラさんにはご内密に」
どうやら調子にのって喋ってしまったようで、レイチェルが懇願する。
「……なら俺からも頼みがある。俺がこうやって不在にするときには、セアラとシルを見守ってやってくれ。そうすればファンクラブの件と併せて黙っておく。その代わりあまり派手にやるなよ?セアラが知ったら困惑するし、下手したら町を出るというかもしれん」
本音を言えば、さすがに町を出るとはことはないだろうとアルは思っている。
ちょっとした脅しだったが、レイチェルには絶大な効果を発揮する。
「ま、町を……?ええ!それはもう!言われずとも、セアラさんに危害を加えるやつは私たちの敵ですから!もちろんシルちゃんも守りますよ!それにファンクラブと言うからには、本人に迷惑をかけては本末転倒ですからね」
アルは若干の不安を抱くが、ファンクラブの人間ならば相互に監視し合って安全だろうと思い直す。
「おぉい、レイチェル〜。収納してくれよぉ!」
「あ、ごめんごめん。じゃあアルさん、もうちょっと待っててくださいね」
「ああ、構わない。これも仕事だからな」
その後二人はしばらく買付を行い、アルを伴って自宅へと戻る。
二人の家は木造のこじんまりとした造り。それでもアルのように護衛が来ても止まれるように、客間が二部屋は用意されている。
「さあさあ、アルさんどうぞ!」
トムに促されてアルが家の中に入ると、きちんと整理されており、掃除も行き届いている様子だった。一ヶ月以上は放置してあったはずなのに、埃も一切積もっていない。
三人はリビングの椅子に腰かけると、一息つく。
「きれいで驚きました?私の親が掃除をしてくれてるんですよ。あ、アルさんはコーヒーと紅茶どっちがいいですか?」
台所に立つレイチェルがカチャカチャとカップとソーサーを準備し出す。
「ありがとう、コーヒーで頼む。近くに住んでいるのか?」
「ええ、隣ですよ。今日の夕食は私の実家で食べますので」
「……俺も行くのか?」
コーヒーの準備をしながら、さらっと言うレイチェル。アルとしては、流石に家族水入らずの場に放り込まれるのは気が重い。
「当たり前じゃないですか、ここ食料の備蓄ないですもん」
「アルさん、すみません。ろくに説明もせず」
二人の話を聞くと、この家はもともとトムが両親と住んでいた家だったらしい。
そしてトムの両親は彼が幼少の頃に亡くなっており、お隣さんのレイチェルの家が、半ば強引に引き取る形で一緒に育ったとのことだ。
レイチェルが三人分のコーヒーを持って席につく。
「ありがとう、それでそのうちに結婚したというわけか」
「ええ、いつの間にかそういうことになってました」
少し頬を赤らめ頭を掻きながら答えるトムに、隣に座るレイチェルが不満げな視線を送って腕をつねる。
「何よ!?その言い方だと私じゃ不満だったみたいじゃないの!」
「レイチェル、トムは照れているだけだ。許してやれ」
アルの冷静な指摘にトムは顔を赤くするが、同時にレイチェルと共に驚いたような表情でアルを見る。
その視線の意味が分からず、アルは二人に問いかける。
「……?どうしたんだ?」
「い、いえ、アルさんが庇ってくれるとは思っていなかったので」
「うん、私もビックリした。アルさんって、こう、あんまり他人の機微に興味がないのかと……」
アルは人をなんだと思っているのかと言いたくなったが、恐らく町の人間からはそう思われているのだろうと自覚する。そして、この変化はきっとセアラの影響だと思うと、自然に頬が緩む。
「あ、今もしかしてセアラさんのこと考えてます?」
「……考えていない」
レイチェルに心の内を言い当てられ、アルが思わず顔を逸らすが、頬には若干朱が差している。
「むふふふふふ、これは新たな発見だわ。セアラさんとアルさんが一緒にいるときは、二人をワンセットとして愛でるべきね……そうすることによってより尊さが……これは次回の会合で周知しないといけないわね……」
下衆な笑みを浮かべてぶつぶつ言っているレイチェルを見て、二人は大きなため息をつく。
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