第43話 再調査とお土産

 アルは気乗りはしないものの、他に選択肢も無いので、レイチェルの実家に夕食を御馳走になりに行く。もっとも、そこはトムにとっても実家と言って差し支えない。

 レイチェルの両親はトムを息子として育てたことからも分かるように、優しそうな人たちだった。

 二人とも少し恰幅がいい感じの中年夫婦で、体型こそ違うもののレイチェルは母親似だとすぐに分かるほど似ていた。


「ただいま、義父さん、義母さん。こちらはアルさん、今回の護衛の方だよ」


 トムに紹介され、二人に対して会釈するアル。


「ただいま、パパ、ママ」


「お帰り、レイチェル、トム。そしていらっしゃい、アルさん。私はカーティス、こっちが妻のエスターだ。宜しく」


 アルはカーティスから差し出された手を握りながら自己紹介をする。


「アルです、突然お邪魔してしまいすみません」


「大丈夫よ、通信魔道具で連絡は受けていたから」


 この村、レダにも通信魔道具はある。高価とはいえ鉱山を持つ村からすれば持てないものではないし、こういった都会から離れた村からすれば利便性は非常に高い。費用対効果は十分だった。


 夕食は終始和やかに進む。レイチェルとトムの子供時代の話から、結婚するまでの話。アルからはセアラとシルの話。そしてレイチェルがセアラの大ファンだという話。

 いきなりの会食となり、どうなることかと思ったが、アルも居心地の悪さを感じることはなかった。

 考えてみれば、初対面のアルにあれだけグイグイ来るレイチェルの両親なのだから、コミュニケーション能力が高いのも頷ける。

 話題の中心は家族のことだったので、自然な流れでアルの両親の話になる。


「そう言えばアルさんのご両親は?」


「私は孤児でしたので。記憶にないんです」


 アルの返答にエスターが申し訳なさそうな表情を見せ、カーティスが代わりに話を続ける。


「そうだったのか……しかし君の容姿はもちろんだが、その気質もご両親の影響が無いわけではないと思うよ」


「そう、でしょうか」


 アルが生返事を返す。いきなり自分の気質は両親譲りだと言われてもピンと来ない。


「ああ、トムも小さいときに両親を失くしたんだが、すっかり亡くなった両親の気質を受け継いでいる。きっとアル君のご両親にも、何かやむを得ない理由があったのだと思う」


「……はい、ありがとうございます」


 優しく諭すような口調に、少し曇っていたアルの表情も柔らかくなる。


 食事が終わってトムとレイチェルの家に戻ると、アルは早々に客間のベッドに入り、少し両親のことを考える。


 アルも昔は両親に対する反抗心や怒りのようなものを持っていた。だが、今のアルにそれはほとんど無い。

 両親から与えられた強い体と強大な魔力を持っていることで、セアラを助けることが出来た。今の幸せを掴むことが出来た。そう思うと両親を不思議と憎めない。

 そして名前が分かるものを残してくれたということの意味。アル自身もシルを愛娘として可愛がって分かったことだが、子に対する愛情がなければそのようなことはしない。

 訳あって自分達の手で育てられないのであれば、せめて名前だけでも自分達が考えたものを、そう思うのは自然なことだと思えた。


 そこまで考えると、アルはもはや会うことなどないであろう両親のことを頭から振り払う。そして、代わりに自分の帰りを待つセアラとシルを思い浮かべ、口元を緩めると、疲労も手伝って、すぐに眠りへと落ちていった。


 翌日は里帰りを兼ねているトムとレイチェルの休暇日だったので、アルは一日手持ち無沙汰になる。

 セアラとシルに土産でもと思い、村の中を歩いてみるが、見る限りでは土産店のようなものは皆無。ひたすらに民家があるだけで村の外れまで出てしまった。

 仕方がないので土産は諦め、もう一つの懸案事項であるキマイラ型のゴーレムが居た場所へと戻る。

 どうしても嫌な予感が抜けなかったアルは、今日で何か少しでも情報を掴んでおきたいと意気込んでいた。


 アルは再び『索敵サーチ』をかける。ただし、これで分かるのはあくまで魔力を持つものの存在だけ。

 もしこの近くに隠し鉱山があったとしても、たまたまそこに誰もいなかったということもあり得る。


 だが今日もやはり『索敵』には引っ掛からなかった。それでも時間はあるので、しらみ潰しに坑道がありそうな場所を調査する。


「……ここは?」


 十分横穴を掘れそうな場所で認識阻害魔法がかけられている一画を発見し、それを解除すると坑道が現れる。

 しっかりと周りを固められた坑道で、恐らく昔使われていたものだろうと推測できた。


(どうやらレイチェルの推測が当たりのようだな……)


 アルは『光球ライト』によって視界を確保して進んでいく。

 長い間放置されていたという感じではなく、やはり何者かが今も、あるいは最近までこの坑道を利用していたと思われた。

 やがて奥まで到達するが、一見して異常があるようには見えない。

 ここまで来て何もないということは考えられず、隈無く調べるとやはり認識阻害魔法がかけられている一画を発見する。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか)


 そこから先はある程度の広さはあるものの、きれいに整備された坑道ではなかった。無理矢理掘り進めたような形になっており、崩落の危険性もある。

 そのためアルはトンネル掘りの要領で周りの壁に『硬質化ハーデン』をかけつつ進む。

 二十分ほど進んだ先で大きな広場へと到達すると、そこはアダマンタイトとミスリルが混在する鉱脈だった。


「成程、これが目的というわけか……しかしここまで進むためにはリスクが大きすぎるが……」


 恐らく資源があったとしても、ここまで深く掘るのは現在の技術では難しく、それ故閉山したのだと思われた。しかしリスクを度外視する手段を持つのであれば、更に掘り進めてみようということは理解できる。

 つまりここを堀当てた者は、それを有しているということ。点と点が線で繋がる。


「まあ十中八九ゴーレム、だろうな」


 付近をキマイラ型のゴーレムに守らせていたことから、ほぼ間違いないとアルは推測する。そう思って先ほどから周りを見回しているのだが、肝心のゴーレムが発見できなかった。

 アルはゴーレムの発見を諦めると、アダマンタイトとミスリルをいくらか採掘して地上へ帰還を始める。


 坑道の外に出たアルは、今回の件で判明したことを、頭の中で整理する。


 まずキマイラ型のゴーレムを配置したものが、アダマンタイトとミスリルを採掘したということは間違いなさそうだということ。

 そして自律思考が出来るゴーレムを作ったとなれば、制作者はかなりの魔法の使い手であるということ。

 希少金属の扱いについては不明だが、武器防具を作る為か、資金稼ぎの為だと推測される。


 いずれにせよ今回の件は、個人が出来るレベルを遥かに越えていた。そしてこのように暗躍しているものがいる以上、この世界で何かが起ころうとしているのは間違いなく、アルは暗澹たる気分でレダへと戻る。


「あ、アルさん。お帰りなさい、どちらにいかれていたんですか?」


 リビングでお茶をしていたトムとレイチェルがアルを出迎える。


「ああ、また例の場所にゴーレムが出ていないか調べに行ってきた」


 アルは中に誰かが入って事故になっても困るので、坑道のことは伏せる。


「そうなんですか?今日はお休みなのに……そうだ!セアラさんとシルちゃんにお土産は買われましたか?」


「ああ、何か買いたいとは思っているんだが……何かあるのか?」


「この村では、少しですが宝石の加工もしているんですよ。見に行きましょうよ!」


 半ば強引に引き摺られて、アルは二人と共に宝飾店へと向かう。

 店構えはこじんまりしたただの民家にしか見えなかったが、入ってみると確かに様々なアクセサリーが陳列されており、値段も良心的だった。


「アルさん、何かお目当てとかあります?」


「ああ、セアラにはネックレスか、ペンダントでもあればいいんだが」


 セアラは解体場で働いているので、その間は指輪をネックレスなどに通せばいいという話を、以前にしていたことを思い出す。

 その話を聞いたトムが、真剣な様子で品定めをする。


「ねえねえ、トム。やっぱりラピスラズリがいいんじゃないかしら?」


「ああ、そっか。確かセアラさんの瞳の色だっけ?それならこれかな。アルさん、どうですか?」


 トムから手渡されたそれは、きれいに磨かれた楕円形のラピスラズリが銀の台座に嵌められたペンダント。


「きれいだな。セアラに良く似合いそうだ。シルにも何か買ってやりたいんだが……」


「それでしたら、これはどうですか?」


 レイチェルが見せてくれたのは、小さなルビーがあしらわれた赤いリボン。確かにシルの銀髪によく映えて可愛いだろうと思えるものだった。


「じゃあその二つを買うよ。ありがとう」


 土産のためにセアラとシルのことを考えていたことで、アルの先ほどまでの暗い気分は、すっかり晴れやかなものになっていた。

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