第41話 キマイラの正体
アルはトムとレイチェルに道を教わりながら、『
二人の話では森を突っ切った後、山越えをするとのこと。
今のところ小粒なモンスターの反応はあるものの、目的のキマイラは感知できていない。
「キマイラはどこで出るんだ?」
「決まって山越えの時ですね。私たちもそこで何度か襲われました。なのでこの辺りはまだ大丈夫かと」
トムの話に違和感を感じるアル。キマイラといえば伝説上のモンスター、遭遇すれば命はないはず。
「しかし襲われたのに、よく逃げることが出来たな?」
「それが、縄張りでもあるのか、こちらが引くと追ってこないんですよ……」
「……そうか」
モンスターが一度敵と認識したものをあえて見逃す。今まで聞いたことがない話だとアルは怪訝に思う。いずれにせよ遭遇してみなければ分からないので、そのまま先へ進む。
「それにしてもアルさんがいると、モンスターと遭いませんね。商会御用達の冒険者に護衛をしてもらうと、この辺りでも結構襲われるんですが……」
レイチェルが不思議そうに周りをキョロキョロしている。
通常、大きな商会は大体お抱えの冒険者を雇っている。目的はもちろん情報漏洩のリスクを低減するためだ。
つまり今回の依頼は、その冒険者たちでは手に負えないということだった。
「『
「はぁ、そうなんですか……やっぱりアルさんは普通の冒険者とは一味違いますねぇ」
「一味どころじゃないでしょ?なんせセアラさんが選んだ方、二味も三味も……」
アルはどうでもいいやり取りをする夫婦に嘆息し、先を急ぐ。だらだらして家に帰る日が遅れるのは御免だった。
森を抜けた頃には正午に差し掛かろうとしていたので、山越えの前に昼食を取る。
今日はセアラが早起きして、簡単に食べられるようにとホットドッグを五個作ってくれていた。もちろん収納空間に入れており、腐る心配はないので二日に分けて大事に食べるつもりだ。
アルが収納空間からホットドッグを二つ取り出して、かぶりつこうとしたその瞬間、横からものすごい圧を感じて思わず背を向ける。
「アルさん……もしかして、もしかしてなんですが」
「嫌だ、やらんからな」
レイチェルの言動を先回りして、拒否の意を示すアル。
「やっぱりそうなんですね!下さい!金貨一枚でどうですか!」
「レイチェル、金貨一枚はさすがに多いだろ!」
「うるさい!」
このままでは夫婦喧嘩が勃発して、食事どころではなさそうなので、深いため息をついて渋々一つ渡すアル。
「金ならいらん、セアラに悪いからな。その代わり依頼が終わったらセアラと商会に行くから、結婚指輪を選ぶのを手伝ってくれないか?」
「え!?むしろそれ私にとってご褒美じゃないですか!」
ホットドッグをまるで神から下賜されたかのように、天に向かって掲げるレイチェルが、顔だけ向けて感激の声をあげる。
「いや、俺が頼みたいのはレイチェルじゃなくて、目利きの出来るトムなんだが」
「いやいやいやいや、私も行きますからね!絶対!あ、あとお返しにサンドイッチどうぞ」
「アルさん、すみません。私に出来ることでしたら、喜んでお手伝いいたします」
アルはとんでもない約束をしてしまった気がするが、今さら撤回というわけにはいかず、またしても嘆息する。
涙を流しながらホットドッグを食べるレイチェルに呆れながら、アルもセアラに作ってもらったそれを食べる。
「はわぁぁ……幸せです……」
恍惚の表情を浮かべているレイチェル。アルが冷めた目でそれを見ていると、トムが申し訳なさそうに頭を下げる。
しっかりと休憩も取り、いよいよ三人は問題の山越えへと挑む。
山は岩肌が剥き出しになっており、緑豊かとは到底言えない。所々では、ロッククライミングのように岩をよじ登る必要もあった。
標高はそれほどでもないが、きちんとした道があるわけではなく、普通の人が越えるのはなかなか苦労する道のりだった。商会はルートを秘密にしているとのことではあったが、公にしたところで日常的にこのルートを通るのは、よほど慣れていなければ現実的でない。
「よくこんなルートで仕入れが出来るな?」
「ええ、実は仕入れ先の村は私たちの出身地でして、もう慣れたものですよ」
話によると二人の出身の村は、付近の鉱山でとれる様々な天然石を特産物としているとのことだった。
そしてカペラではオールディス商会が独占しているが、他の町の商会も普通に出入りしているらしい。
「ちょっと待て……」
『
「ア、アルさん?どうされたんですか」
「……それらしいやつはいるんだが、妙な魔力だ。生き物のそれではないな」
アルの『索敵』は魔力量でモンスターを感知している。
基本的に強いモンスターは魔力が多いので、今感知したモンスターがキマイラであろうと予測はつく。
そして生物には必ず纏っている魔力の揺らぎを感じるが、キマイラにはそれがなかった。
「……?つまりどういうことでしょうか?」
要領を得ないアルの様子に、トムが直球で尋ねる。
「今までの経験からすれば、恐らくゴーレムだろうな」
ゴーレムであれば、魔力の揺らぎは存在せず、指定された縄張りから出ないということも納得できる。
ただ、ここにゴーレムを置く目的が分からないアルは首を傾げる。
「まあいい、邪魔するなら破壊するだけだ。すぐに戻るから待っていろ」
収納空間からメイスを取り出したアルは、一気にキマイラ型のゴーレムがいる方向に向かって駆け出す。
五分とかからずキマイラの元に到着したアルは、その姿に違和感を覚える。聞いていた通りの風貌であり、その質感からして、確かに目視では生物だと思える。
しかし、どうも動きがぎこちなかった。
「グァァァ!」
キマイラもアルの存在に気付くと、うなり声と共に獅子の口から火炎を吐き出す。
アルは跳躍してそれをかわすと、メイスを叩きつけようとするが、火炎を吐き終えたキマイラは、すんでのところでそれをかわす。
「……どういうことだ?自律思考が出来るのか?」
通常のゴーレムであれば、単純な命令しか受け付けない。この場合であれば、縄張りに入ってきた者に火炎を吐くという命令を与えているはずで、それしかできないはず。
しかし、先程、キマイラは確かにアルの攻撃を見切ってかわしていた。
ただし今が焦る状況かというと、そうではなかった。アルはキマイラはゴーレムであり、かわすということが出来ないという前提でメイスを叩きけようとした。それ故、攻撃は単調なもので、威力も速度も抑えている。
相手が攻撃をかわすという前提の下であれば、やりようはいくらでもあった。
再びキマイラが火炎を吐こうとした瞬間、アルが一気に駆け出す。
火炎を吐くときには、必ず溜めが必要になる、そして吐いているときには身動きがとれないことは、先程の攻防で理解できていた。
「『氷盾(アイスシールド)』」
アルの左手に分厚い氷で出来た、巨大な盾が出現する。それは先程確認した炎では、溶かすのにかなりの時間が必要になる代物。
火炎を盾で凌ぎながらキマイラの足元に辿り着いたアルは、メイスを思いきり振り上げる。
グチャッッ
その手応えは確かに生物のそれであり、周囲にはキマイラの肉片と血が飛び散る。
アルは残骸を検分していくと、確かに生き物だと分かる。正確には、それは生き物であったモノだった。眼下に横たわるキマイラは、すでに死んでいる三種のモンスターを無理矢理繋ぎ合わせていた。
それは繋ぎ目を切り離すと一目瞭然、別々の生き物だったとはっきり分かる。無理矢理繋ぎ合わせた体が連動して動くことなどない。それゆえのぎこちなさだった。
そして形だけ整えると、腐らないように魔法で処理し、ゴーレムの要領で動かしていたというのが真相だった。
残念なことにキマイラを動かしていた魔石は、アルの一撃によって粉微塵になってしまったようで回収はできなかった。
「アルさん!大丈夫ですか!?モンスターのすごい叫び声が聞こえて……」
トムとレイチェルが心配になってアルのもとに走ってくると、アルの足元にあるキマイラの残骸を確認する。
「良かった、倒されたんですね!」
「……アルさん、私にはゴーレムには見えませんが」
生物の死骸にしか見えないそれを見たトムが、首をかしげながらアルを見る。
「ああ、恐らく生物を使ってゴーレムを作ったようだ」
「っ!?そんなことが出来るんですか?」
二人の顔が驚愕の色に染まる。
「俺も初めて見た。だがこうして現物があるのだから、信じるしかない」
「ええ、そう、ですね……」
依頼の大きな障害を排除したにも関わらず、アルの表情は冴えない。
キマイラ型のゴーレムであったというのならば、作った者『ゴーレムマスター』が必ずいる。
その目的は定かではないものの、アルは嫌な予感を拭い去ることは出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます