第22話 セアラの出生

 セアラはファーガソン家の三人に話をする。アルの身に起こったこと、自らの身に起こったこと、アルのもとで過ごした日々のこと、さらわれた自分をアルが助けてくれたこと。

 はっきりとした理由がある訳では無い。ただ一つ言えるとすれば、この三人が二人を見る目は慈愛に満ちていた。それだけでこの人たちは信頼できる、自分達の力になってくれると思えた。だからこそアルと出会ってからのことを全て話した。

 時折、当時の情景、感情を思い出して言葉に詰まるが、その度にアルが優しく背中をさすり、最後まで話し終えた。


「セアラさん、アルさん……本当に、本当に良かったですねぇ」


「ええ、お母様の言う通りです。まるで物語のようなお話ですね……そんな経験をした末に結ばれたのですから、お二人の仲の良さも納得です」


 レイラとヒルダは二人の苛烈な経験、そしてそれを経て幸せを掴んだ目の前にいる二人の姿に涙を流す。ブレットは涙こそ流していないが、黙って頷いている。


「……確かに辛い経験かもしれません。それでもこれまでのことがなければ、こうしてアルさんと一緒になることはできませんでした。今の幸せは過去のどんな辛い経験よりも、私にとっては大きなものです」


 セアラがアルの肩に身を預けて、アルはセアラの肩を抱く。


「アル君、セアラさん。私は君達の力になりたい、国からの指示を抜きにしてもね。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ」


「はい、ありがとうございます」


 ブレットの言葉からは二心は感じられず、紛れもない誠意が伝わってくる。だからこそアルとセアラは固辞するよりも、感謝を伝えたいと頭を下げる。


 その後、食事会はつつがなく終わり、二人は三人に礼を言って帰路につく。

 ブレットが送ってくれると言い出すが、二人はゆっくりと歩きたいのでそれを断る。行きと同じように手を繋ぎ、体を寄せ合い、歩幅を合わせて歩いていく。


「本当にお三方とも仲が良く、いい方ですね」


「ああ、そうだな」


 しばしの沈黙が流れる。アルはセアラが何か言いたげにしていることを察して、その言葉を待つ。


「……私の……私の母の話を、聞いていただいてもいいですか?」


「……ああ、帰ってからでなくていいのか?」


「はい、こうして歩きながらの方が話しやすいです」


「そうか、なら少し遠回りして帰ることにしよう」


 季節は盛夏に向かうとはいえ、まだ夜は少し肌寒く、アルは着ていたジャケットをセアラに羽織らせる。


「ありがとうございます」


 そしてセアラは一つ大きく深呼吸をすると、母のことについて語り出す。


「私の母は人間ではありません。エルフです、なので私はハーフエルフということになります」


「……そうだったのか」


 アルはセアラの話を遮らないために、自身の動揺を決して悟られぬよう、冷静を装って相槌を打つ。

 ただし、確かに驚きはしたものの、アルは既にセアラが普通の生い立ちではないことには薄々気づいており、それでもすべてを受け入れると決めていた。


「はい、今まで秘密にしていて申し訳ありません」


「気にするな。それでセアラが別の何かに変わるわけでもない」


「ふふ、アルさんはそう言われると思っておりました。ですが……どうか謝罪はさせてください」


「ああ、分かった」


 本来、自分のことを詳らかに明かすことなく、結婚することなどあり得ない。それでもセアラはアルが優しいから、全て受け入れてくれることも分かっている。

 分かっているからこそ、セアラはその優しさに甘えることを良しとしない。


「ありがとうございます……本来エルフは里から出ることはありません。ですが母は外の世界を見るために、家出同然で旅に出て各地を巡りました。そしてアルクス王国の王都にいるときに、エイブラハム王の妾となりました。母はあまり戦闘が得意ではなく、当時里に帰るための路銀にすら困っていた身としては、悪い話ではなかったようです」


「そうか」


 先程のファーガソン家の話でも、セアラは自身の生い立ちについては語っていない。つまりアルは今初めてセアラが妾腹であることを知ったのだが、微塵も動揺を見せることはなかった。


「やがて私が生まれ、五歳までは母と共に暮らしました。すると突然王国の兵士達が家にやって来て、私を王城で引き取ると言いだしました。母は抵抗しましたが、兵士を傷付けるわけにもいかず、成す術はありませんでした」


「やはり母親は魔法が堪能だったのか?」


「はい、私はまだ教えてもらっておりませんでしたが、色々な魔法を使っていた記憶がうっすらとあります」


 エルフはその種族特性として、持っている魔力量が人とは桁が違う。それ故に魔法に精通している者が多い。

 そしてセアラの魔力量は超一流とまでは言わないが、一流といっても差し支えない量を保有している。


「そうか、では母親はエルフの里に居るということか?」


「恐らく、ですが。他に手がかりもありませんので」


「成程な。再びどこかを放浪している可能性もあるというわけか」


「はい、そういうことになります。少なくとも王都は離れたと聞かされております」


 そこまで話をすると、アルはセアラの姿を改めて確認する。


「セアラ、ハーフエルフというのは、エルフの特徴である耳は遺伝しないのか?」


「いえ、私の場合は遺伝しなかったというのが正しいです。他の亜人もそうですが、人間と子を成した場合には、どちらかの形質が受け継がれるようです」


「つまりセアラはエルフの美しさを持ちながら、人と変わらない姿をしているということになるのか……幼少にも関わらず、政略結婚の駒にしようと略取するのも頷ける話だな」


「え?あ、そ、そうですね」


 さらっとアルから美しいと言われて顔を赤くするセアラ。そんなセアラの様子に気付かずに、アルは生まれたもう一つの疑問を問いかける。


「母親から魔法は教えてもらわなかったのか?」


「は、はい。私がもう少し大きくなったら色々魔法を教えて上げると、常々母に言われておりました」


「それなら俺が教えよう」


「いいんですか?」


 セアラが目を輝かせながら、アルの顔を覗き込んで問いかける。


「ああ、いつも俺が傍にいられるわけではないしな。自衛の手段にもなるし、色々と便利だろう」


「はい!宜しくお願いします!」


 口にこそ出していなかったが、セアラはアルの魔法は母と同等かそれ以上の腕前だと思っていた。

 母の攻撃魔法を見たことがないので単純に比較は出来ないが、母はアルほどは簡単そうに魔法を使っていなかったように思える。なので出来れば教えてもらいたいと思っていたが、遠慮してなかなかお願い出来ずにいた。


「しかしエルフの里か。どこにあるのか知っているのか?」


「詳しい場所までは分かりません。ただラズニエ王国の近くと母から聞いたことがあります」


「そうか、それなら一先ずラズニエ王国で情報収集をするのが良さそうだな」


「はい、そうですね。それでもう一つ心配なことがありまして」


 顔を曇らせるセアラにアルが怪訝な目を向けて、先を促す。


「その……エルフは基本的に人嫌いです。人との混血である私や、アルさんが受け入れられるかは分かりません」


「確かに聞いたことはあるな。だがそれはあまり心配しても仕方ないだろう?俺としては母君に、セアラと結婚したという報告が出来ればそれでいい。別にエルフの里でもてなしを受けたい訳じゃない」


「……確かにそうですね。私も母にさえ会えればそれで良いですしね」


「ああ、そういうことだ」


 話を全て終えたセアラは、微かな微笑みを携えてアルの胸に顔を埋めてくる。


「アルさん……ありがとうございます」


「ん?どうした?」


 セアラの礼の意図が分からず、アルが尋ねる。


「私を受け止めてくれて、ありがとうございます」


 そう言うと、セアラはアルの背中に手を回してギュッと抱き締め、セアラの意図を理解したアルがその華奢な体を抱き返す、


「言っただろう?セアラはセアラだ。ハーフエルフでも妾腹でもそれが変わるわけじゃない」


「はい、そうですね…………叶うのであればアルさんのご両親にもお会いしてみたいものですが……」


「……ああ、もし会えるようなことがあれば、セアラを紹介しなくてはな」


「はい、いつかそんな日が来ればいいですね」


 アルもセアラも本音では異世界にいるはずのアルの両親に会えるとは思っていない。

 それでもアルは例え自分を捨てた両親であっても、セアラを自分の妻だと紹介したい。

 そしてセアラは自分がアルの妻だと、彼を幸せにすると自信を持って言いたかった。

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