第21話 過去を受け入れ前へ進む

「アルさん!早く、早く登録しましょう!」


「ちょっと待て、俺はこのあと用事があるんだ。祭りが終わってからにする」


 アンがアルを登録用の受付に引っ張ろうとするが、アルは頑なに抵抗する。今から登録となるとファーガソン家に行くのが遅くなりかねないし、そこまで急ぐ必要もない。


「いーえ、祭りが終わったら心変わりするかもしれません。逃がしませんよ」


 一進一退の攻防を繰り返す二人。そんな様子を見かねたセアラが助け船を出す。


「アンさん、すみません。私たち道中の護衛を請け負った貴族の方に、夕食に誘われているんです」


「貴族ですか?」


 アンがポカンと口を開けながら、セアラを見つめる。


「ええ、ディオネのファーガソン家の方だと言われておりました」


「ファ、ファーガソン家ですって?アルクス王国の辺境伯じゃないですか!」


「へぇ、そうだったのか」


「確かに……そういえば爵位を聞いておりませんでしたね」


 呑気な返事をするアルとセアラにアンは呆れ返る。辺境伯と言えば侯爵クラスの爵位で上級貴族。例えお近付きになりたいと思っても、約束を取り付けることすら難しい。


「仕方ありません……セアラさん!必ず、必ずアルさんを登録させてくださいね!!」


 耳をピンと立て、目を鋭く光らせたアンに、肩を思いっきり揺すられて、セアラの頭が前後に大きく揺れる。


「は、はい。分かりました」


 肉食である猫の獣人だからなのか、アンは獲物と見なしたものに対しては執着が凄まじい。何とか解放された二人は一度セアラの部屋に戻る。


「アルさん、やっと帰って来ることが出来ましたね」


「ああ、これからはここで一緒に暮らそう」


 アルはセアラをそっと抱き寄せるとキスをする。

 

「はい……まるで夢を見ているようです。でも、あの森の家はどうされるんですか?」


「ああ、あそこは狩りの拠点として残そうと思ってる。その方が何かと便利だからな」


「そうですか!それは良かったです!私もたまにはあちらに泊まりたいです」


 アルの言葉を聞いてホッとするセアラ。彼女としてもアルとの思い出がある大切な家なので、そのままにしておきたいと思っていた。


「ああ、そうだな。っと、そろそろ出ないといけないな。セアラも着替えるだろ?」


「はい、少しお待ちください」


 セアラはそう言うとイブニングドレスに、アルはジャケットスタイルに着替える。さすが元王女だけあってドレス姿が板についており、思わずその美しさにアルは見とれてしまう。


「アルさん?どうされましたか?」


「……きれいだ。良く似合っている」


「え?あ、ありがとうございます……」


 今までのアルからは想像できないほどの、あまりにもストレートな褒め言葉にセアラは顔を真っ赤にして俯いてしまう。そして少し心を落ち着けてから、セアラもアルを褒める。


「ア、アルさんも素敵です」


「ああ、ありがとう。それじゃあ行こうか」


「はい!」


 アルがエスコートするようにセアラの手をとると、二人は腕を組んで町を歩く。ファーガソン家の別宅までは歩いて十分ほどだったので、わざわざ馬車を使うまでもない。それに加えて、二人はこうして町を歩きたかった。


「アルさん、私はアルさんと、こうやってまたカペラの町を歩けるなんて思いませんでした」


「そうか、俺はまたこうやって歩くつもりだったよ」


「……はい、私は幸せ者です」


「ああ、俺もだ」


 やがて教えてもらった場所に近づくと、広大な敷地に立つ屋敷が見えてくる。その門の前には御者をしていた男性――話を聞くと執事らしい――が二人を待っていた。


「アル様、セアラ様。ようこそ、いらっしゃいました。さあ中へどうぞ」


 執事の男性に連れられて二人は屋敷の中へと入ると、メイド達が二人に向かって礼をする。ふかふかの絨毯に、高そうな絵画、巨大な彫刻が飾られているが、その雰囲気は決して嫌みではない。

 そして豪華絢爛ではないが、見事に調和がとれた調度品は、決して偉ぶることのないファーガソン家の気質を表しているようだった。


「良く来てくれたね、二人とも」


「二人とも、良くお似合いですわよ」


「アルさん、セアラさん、来ていただいてありがとうございます!」


 会食の会場に通されると、ファーガソン家の三人が出迎えてくれる。夜会のような格好では無いものの、煌びやかな三人の装いを見て、二人はきちんとした格好で来て良かったと安堵する。


「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」


 アルとセアラがブレットに向かって恭しく礼をする。


「そんなに畏まらなくてもいい、気楽に食事をしよう」


「はい、分かりました。お気遣いありがとうございます」


 五人が席に着くと会食が始まる。最初のうちはとりとめもない話をするが、やがて話が核心に迫っていく。


「そういえば先日、アルクス王国の王都で事件があったらしくてね」


 ブレットの言葉にセアラの食事の手が止まるが、アルは表情も変えずに冷静に返答する。


「そうですか」


「ああ、なんでも捕らわれた元王女を、元勇者が取り返しに来たという話なんだ」


「それは面白い話ですね」


 あくまでアルは淡々と返答する。ブレットはおそらく自分達が、その二人だと見当はついているのだろう思っていた。それならば回りくどい話をせず、ストレートに聞いてくれればとも思う。

 やがて逡巡した後、ブレットは肩を竦めてそれを聞く。


「……君たちがその元勇者と元王女なんだね?」


 アルとセアラはその言葉に黙って首肯する。二人の覚悟は既に決まっている。自分達の事を隠すことなく二人で生きていく、そう決めている。


「音に聞こえたアルクス王国に召喚された勇者。道理で強いわけだよ……ああ、心配しなくていいよ。エドガー殿下は全貴族に対して、二人を丁重に扱うように指示をされているからね」


「そうですか。それでエドガー殿下が即位するのですか?」


 アルの雰囲気がほんの少しだけ剣呑なものに変わる。もしここでエイブラハム王が退位しないとなれば、アルは再び王都に舞い戻るつもりだった。

 戦闘時のアルからすれば遥かに穏やかだが、レイラとヒルダには堪えるようで、少し怯えたような表情に変わる。


「ああ、エイブラハム王は退位するよ。宰相も辞める。君の要求は通ったよ。私も祭りが終わったら、久々に王都に赴かなければならない」


「そうですか、失礼しました」


 アルがいつもの雰囲気に変わると、一同がほっと息をつく。


「しかし勇者というのは凄いものだな。一国を相手取ることが出来るほどの個人なんて想像もつかない」


「……私一人ではセアラを救うことは出来ませんでした。ただの矮小な人間ですよ」


 自嘲気味に笑うアルを見て、ブレットは頭を振って続ける。


「そんなことはない。一人の女性のためにそこまで出来る人間はそうそういない。例え出来る可能性があったとしても、国を敵に回すその意味は大きい。一人の女性のためにそれを実行できる君は強い人間だよ」


「……ありがとうございます」


 俯き加減で返答するアルの手を、セアラの手が優しく包み込む。そんな二人の様子を見ていたヒルダが、感激した様子で声を上げる。


「愛する人のために、たった一人で国を敵に回す。憧れてしまいます!」


「そうねぇ、目の前でそんなことをされてしまったら、セアラさんがアルさんを世界で一番強いと言い切れるのも不思議じゃないわ」


 二人は頬を赤らめて下を向く。改めて人から言われると恥ずかしいものだった。


「それでアル君はこのままカペラで暮らすのかい?君ほどの実力なんだ、私のもとで働いてもらえると非常に助かるのだが」


「ええ、今は誰にも仕える気はありません。ただセアラと二人で自由に生きていくことができれば、それ以上は望みません」


「アルさん……」


 アルの決意は固い。アルは今もこの先もどこかの国に与することは考えていない。国というしがらみによって、アルもセアラも辛い思いを経験した。だから二度とそれを繰り返すことはない。


「それが聞くことができれば十分だ。どこかの国に行かれては私の面目が立たないのでね」


「そうですか」


「難しい話は終わりましたか?それではセアラさん、改めてアルさんとの馴れ初めを教えてくださいまし」


 アルとブレットの話が終わるのを、今か今かと待ちわびていたヒルダがセアラに飛び付いてくる。セアラは困ったような顔を浮かべながらも、頬を朱に染めながら語り出す。その表情は本当に幸せそうで、見ている者の心を癒すものだった。

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