第23話 祭りのイベントは?

 ファーガソン家の別邸から三十分程かけて家に戻った二人。風呂の準備をして、森で一緒に住んでいたときのようにセアラ、アルの順番で入る。

 セアラがこの家で浴槽に湯を張るのは初めてだった。水を出す魔道具と、加熱用の魔道具を買えばいいのだが、アルにお金をもらっておいて贅沢をするのは気が引けるので、体を拭くだけに止めていた。


「アルさん、お風呂上がりましたよ」


「ああ」


 セアラに続いてアルが風呂に入る。しかしアパートの風呂だけあってやはり狭い。

 体を湯に浸けるという目的は辛うじて果たすことは出来るものの、足を伸ばしてリラックスが出来ない。

 これは風呂にこだわりを持つアルとしてはいただけない。明日にでも魔法で作り直そうと決意するのだった。


「アルさん、明日に備えて寝ましょうか」


「そうだな」


 二人はベッドに入るが、その様子は森に住んでいたときとは大きく異なる。

 互いの顔が良く見えるように向かい合うと、アルはセアラにキスをして、彼女を腕の中で眠らせる。

 もうすっかり夏なので暑くなりそうなものだが、アルの魔法で室内を快適な温度に保っているので問題ない。

 やがてアルは寝息をたて始めるセアラの顔を見つめると、少し乱れた美しい髪を撫でつけ、目を閉じて呟く。


「おやすみ、セアラ。愛してるよ」


 その言葉に少しだけセアラの頬が緩むと、アルもまた夢の世界へと旅立つ。


 翌朝、賑やかな町の声で二人は目を覚ます。まだ時刻は七時前だったが、住民たちは祭りで逸る気分を抑えられないのか、多くの者が準備のために外に出ていた。


「アルさん、おはようございます。見てください!すごく賑やかですよ」


 セアラはアパートの窓から身を乗り出して、楽しそうな様子で町を見下ろしている。このアパートは町の中でも中心部に程近いので、当然祭りの中心地にも近かった。


「ああ、おはよう。この調子だと、ずいぶんと盛り上がりそうだな」


「はい、とっても楽しみです」


「そうだな」


 二人は並んで朝食を作り、向かい合って食べ、二人で片付けをする。これから何百回、何千回と繰り返されるであろう何気ない日常。

 二人にとってはそれがいとおしいものに感じられ、思わず表情が緩んでしまう。

 たった一週間程度だけだったが、一人でそれをすることの寂しさを二人は良く知っている。


「セアラ、コーヒーを飲むか?」


「はい、お願いします」


 アルの提案に、いつものニコニコした笑顔で返答するセアラ。

 アルが来たときのためにと、セアラはミルやコーヒー豆など一式揃えていた。

 自分のためにお金を使うのは憚られるが、アルに喜んでもらえるためならそれを厭わない。少し危なっかしい考え方ではあるが、セアラらしいともアルは思う。

 森の中でもそうだったように、アルが表情を緩めながらコーヒーの準備をして、セアラはそれを嬉しそうに眺める。

 やがてコーヒーが出来ると二人で向かい合って静かに飲む。

 喧騒に象徴されるように町は慌ただしく、対照的に家の中ではゆっくりと時間が流れる。まるで窓を隔てて別の世界にいるような気分を二人は味わっていた。


「なんだかとても贅沢な気分です」


「ああ、そうだな」


「今日の催し物は何なのでしょうか?」


「そう言えば聞いていなかったな」


「それでは飲み終えたら、早速出掛けましょうか?」


「ああ」


 コーヒーを飲み終えた二人は、片付けを終えて外に出る。既に通りには人がぎっしりとおり、アルは思わず渋面を作る。対照的にセアラは祭りの雰囲気を感じ、頬を上気させて目を輝かせる。


「セアラ、しっかりと手を繋ごう。はぐれるなよ」


「はい、こうしておけばはぐれません」


 そう言うとセアラは左腕でアルの腰を抱き、アルの右腕を自身の腰に回す。確かにはぐれそうもないが、二人はいつもよりも互いの体温を、近くに感じて少し顔が赤くなる。


「ええっと、アルさん、あちらがメイン会場みたいです」


「ああ、行ってみよう」


 二人が向かったのはいつもは屋台が多く並ぶ広場。アルとセアラがかつて二回訪れている場所だった。広場への入り口には大きな門が設置されており、その門には第二十四回世界グルメグランプリとかかれた横断幕がくくりつけられていた。


「世界グルメグランプリですか、世界中の国から集まっているんでしょうか?」


「恐らくそうなんだろうな」


「そうなると色々なものが食べられそうですね」


「ああ、楽しみだな」


「はい、そうですね!」


 広場の中央では催し物の説明が行われており、自分が美味しいと思った料理に投票が出来るとのこと。そして最多得票を獲得した屋台が栄えあるグランプリとなり、金貨五十枚、または一年間家賃無料でカペラに出店が出来るという副賞がついていた。

 カペラは自由都市で商売が盛んな土地であることから、店舗を構えようとしても家賃の高さがネックとなる。一般的な広さでも月間で金貨十枚ほどが基準となるので、出店を狙う者にとっては正に垂涎のチャンスといえる。


「セアラ、色々回ってみよう」


「はい、ワクワクしますね!」


 相変わらず人が多く、用意されたテーブルや椅子は軒並み埋まっており、長蛇の列が出来ている屋台も珍しくない。


「あれは……フィッシュ&チップス?イングレス王国の名物か……」


「アルさん、知っているんですか?」


「ああ、俺のいた世界ではイギリスっていう国の代表的な料理と言われてたと思う。まあ特に調理法が珍しいものではないから偶然かもしれんが……」


「そうなんですか、もしかしたらアルさんの世界の料理も、たくさんあるかもしれませんね」


「そうだな」


 フィッシュ&チップスにはそこまで惹かれなかったので、二人は別の屋台を回る。

 するとセアラが言うように、アルの世界の料理がちらほら見られる。

 ここカペラでもたこ焼きや焼きそばなど、日本の料理もいくつか見られたが、その比ではない。


「アルさん、難しい顔をされて、どうしたんですか?」


「ああ、俺も名前だけ知っているような元の世界の料理が結構あるんだ。もしかしたら世界中からこっちに召喚されているか、あるいは記憶を持って転生した者がいるのかもしれないと思ってな」


「そうなんですか……詳しくは分かりませんが、とりあえずアルさんの世界の料理は興味があります」


「ああ、色々食べてみようか」


「はい!」


 その後は長い時間をかけてハンバーガー、インドカレー、ラーメン、肉骨茶(バクテー)、パッタイ、タコス、ピザを分けあって食べた。

 他にも聞いたことがある料理もあったが、とてもではないが食べきれない。

 アルも世界の料理など詳しくないので、他にも知らない元の世界の料理があったと思われた。


「はぁ、いつもここに来ると食べすぎてしまう気がします」


 いつものように噴水の縁に座ると、セアラが少しだけ膨らんだお腹をさする。


「そうだな、どれか美味しいものはあったか?」


「そうですね、インドカレーは面白くて美味しかったです。ナン、でしたかね?手で食べることに少し背徳感があって、それでもやっぱり美味しくて」


「セアラは辛いものは大丈夫なのか?」


「ええ、先程の物くらいであれば辛いと言うよりも、美味しいと感じますね」


「そうか、俺は少し辛かったよ」


「そうでしたか、では味付けの際は少し気を付けないといけませんね」


「いや、気にしなくていい。セアラの料理なら何でも食べるさ」


 アルの言葉にセアラが少し複雑そうな顔を見せる。


「アルさん、優しいのはありがたいのですが、ちゃんと感想は正直に言ってくださいね。それが私のためになるんですから」


「ああ、そうだな」


 アルもセアラが本当に料理を頑張っているのは知っている。今日の朝食は久しぶりに二人で作ったが、手際が大分良くなっていて驚いていた。

 とはいえアルからすれば、セアラが作ってくれたものならば、何でも美味しいと思うので仕方ない。


「それじゃあ投票に行こうか」


「はい、行きましょう」


 二人は広場中央に向かい、アルはラーメン、セアラはインドカレーに投票した。

 そこで明日以降のイベントも確認しようと、祭りの運営委員の女性に声をかける。


「すみません、明日明後日の催し物を確認したいのですが」


「はい!明日は力自慢コンテスト、明後日はミスコンですね」


「ミスコンってなんですか?」


「ミスカペラ、つまりカペラで一番美しい人を決めるコンテストですね。お姉さん、すっごく美しいので出場してみてはいかがですか?絶対に盛り上がると思うんですよね!あ、もしかしてご結婚されてます?うちのはミスコンとは言っていますが、ご結婚されていても出られますよ?」


 身を乗り出し、一気に捲し立てられて、思わずセアラは顔をひきつらせて一歩後ろに下がる。


「い、いえ、私はそういうのは恥ずかしいので……」


「ちなみに副賞はラズニエ王国の温泉宿ペア宿泊券ですよ」


 その言葉にアルとセアラは顔を見合わせる。アルとしてはセアラを衆目に晒すのは気が進まないので、自費で行けばいいと思っている。

 しかしセアラは自分が優勝すればタダで行けるとなれば、アルの役に立てるので挑戦したいと思う。


「アルさん!私出ます!」


「……本気か?」


「ええ!優勝できるかどうかは分かりませんが、やってみます!」


 分かりやすく両拳を握ってやる気を見せるセアラにアルは嘆息する。


「分かった、頑張れ」


「はい!」


 その一部始終を見ていた女性が、セアラの受付を済ませると、アルにも声をかけてくる。


「そちらのお兄さんは力自慢コンテストはどうですか?副賞はあちら!銀色の毛並みがとってもきれいな猫ちゃんです!」


「っ!?」


 セアラの顔が一瞬歓喜に染まったのをアルは見逃さなかった。


「分かった、出よう」


「え?アルさん?」


「セアラは猫が好きだろう?」


「ど、どうしてそれを……?」


「以前服を買ったときに猫の服を買おうとしただろう」


「お、覚えていらしたんですか……」


 セアラは俯いて顔を赤らめながらも、嬉しそうな表情を浮かべる。


「はーい、では受付をしますねー!」


 こうして明日はアルが力自慢コンテスト、明後日はセアラがミスコンに出場することになった。

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