お祭り編

第20話 地に足をつけて

 ファーガソン家の護衛を請け負うことが決まり、一行は早速カペラに向かって出発する。アルは護衛なので御者の隣に乗っているが、セアラは一家の娘、ヒルダと歳が近いこともあり、話し相手になってほしいということで馬車の中にいる。

 セアラはアルに申し訳なさそうにしていたが、アルとしてもその方がセアラの安全が確保できるので好都合だった。

 報酬についてはこうしてカペラに行けるだけで十分だったので、アル達は必要ないと断ったが、押し切られる形で、当初冒険者たちに払う分だけをもらうことにしていた。


「アル様は冒険者なのですか?」


「いや、ギルドには登録していない。適当にモンスターを狩って生計を立てているんだ」


「ほほ、それは豪気なことですね」


 御者とアルは取り留めのない話を続ける。セアラのおかげで、アルも人と接することに徐々に慣れてきていた。



「そ、それではセアラさんは、アルさんの家に押し掛けたんですか?」


「は、はい。恥ずかしいですが」


 ヒルダがアルとセアラの馴れ初めをどうしても聞きたいというので、当たり障りのない感じに改編して伝える。設定ではアルとセアラは幼馴染みで、望まない結婚を嫌がったセアラがアルのもとに行ったというものだ。ヒルダは十五歳で、その頃の女性にはかなり刺さる内容だったようだ。


「いいですねぇ。私も憧れてしまいます」


「おいおい、憧れるのは自由だが、やるのは止めてくれよ」


「ふふ、いいではありませんか。思い人と結婚することほど、女性にとって幸せなことはありませんわ」


「お、おいレイラ。もしかして他に思い人がいたとか……?」


「さあ?どうでしょうね?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるレイラにタジタジになるブレットを見て、セアラとヒルダは声を上げて笑う。


「ところでアル君はあの強さなのだから、高名な冒険者なのかい?」


「いえ、アルさんはギルドには登録しておりません。でも世界一強いお方ですよ」


 一点の曇りも無い笑顔で、きっぱりと言いきるセアラに三人は思わず目を丸くする。


「セアラさんは、アルさんが本当に好きなのですね」


 レイラがまるで娘を見るかのように、セアラに優しい目を向ける。


「はい、私にとっては誰よりも優しくて、強いお方です。アルさん以外は考えられません」


「いいなぁ、そんな人と結婚できるのかしら?」


 貴族の十五歳といえば、結婚を意識してもおかしくない年齢。しかしヒルダにはそこまで思える人が現れるなど到底思えなかった。

 そこそこの身分の別の貴族と結婚するだけだと思っており、それを不幸だとは思わない。それでもやはり年頃の女性としては、セアラが羨ましくてたまらない。


 やがて馬車が止まり、昼食を取ることになる。ブレットが一緒に食べようと二人を誘うので、恐縮しながらもご相伴にあずかる。

 移動中は別々だったこともあり、邪魔じゃないかと思えるほどに、セアラはアルにぴったりと寄り添う。それをヒルダは羨ましそうに、ブレットとレイラは微笑ましく見ていた。

 もちろん昼食の間も、アルは常に『索敵』を行っている。アルの『索敵』は半径一キロに及ぶ範囲をカバーできるので、発動中に不意打ちをかけることはまず不可能だった。


「……モンスターだな」


 アルが立ち上がり見つめる方から、二頭のオークが姿を現す。特に欲しい素材があるわけでもなく、今は護送任務中。時間をかけずに、遠距離で始末することに決める。


「『爆炎エクスプロージョン』」


 瞬間、オークの足元が大爆発を起こすと火柱が上がる。あまりにも距離が遠く、アル以外の者には何が起きているのか全く理解が出来ない。ただ分かることは、アルが簡単そうに放った魔法が、桁外れの威力を有しているということ。

 やがてオークを燃やし尽くした火柱が姿を消すと、そこには骨すらも残らない。


「い、今のは魔法、なんだよね?」


 ブレットが興奮気味にアルに問いかけてくる。


「ええ、護衛ですからね、近寄らせるのは危険かと思いまして」


「そうか、本当にセアラさんの言っていることは正しいのかもしれんな」


 アルが首をかしげていると、ヒルダとレイラが説明してくる。


「セアラさんは、アルさんを世界で一番強いって言われてましたよ」


「ええ、愛されてますね」


「……そうでしたか」


 アルが照れくさそうに頭を掻くと、その腕をセアラがギュッと抱く。


「私は本当にそう思ってますよ」


「ああ、ありがとう」


 一行は再びカペラに向かって進む。途中宿場町で一泊してカペラに着くまで、モンスターや盗賊によって足止めを食らうことは無かった。何度か進路上にモンスターがいたのだが、それらは全てアルが遠距離から魔法を撃って討伐していた。そのため中にいる四人は気付かずに、快適な馬車の旅を続け、御者だけはその実力に驚嘆していた。


 そして予定通り祭りの前日、一行はカペラに到着し、護衛はここまでで終了となった。


「アル君、セアラさん、ありがとう。おかげで快適な旅が出来たよ」


「いえ、護衛の仕事をしたまでですから、お礼を言われるほどのことではありませんよ」


「いやいや、あれだけの強さだ。安心感が違うと言うものだよ。もし二人がよければ夕食をご馳走させてくれないか?」


 アルたちは、道中も貴族にしては随分と気さくな方たちだと思っていたが、いきなりの申し出に驚く。


「よろしいのですか?」


「ああ、どうか遠慮しないでくれ」


 アルはセアラと顔を見合わせて頷きあう。


「はい、それではお言葉に甘えさせていただきます」


「良かった、それでは十七時にここに来てもらえるかい?ファーガソン家のカペラの別邸なんだ」


「分かりました。それでは十七時にお伺いします」


「絶対来てくださいね!」


 ヒルダが念を押してくるので二人は笑いながら頷いて、三人が去っていくのを見送る。


「よし、じゃあギルドと解体場に顔を出しに行こう」


「はい!」


 二人はかつてそうしていたように、手を繋いでカペラの町を歩いていく。以前と少し違うのは、手を繋ぎながら、体も寄り添うようにしているところだった。

 やがて見慣れたギルドが見えてくると、二人は感慨深げに建物を眺めてから中へと入る。素材買取受付のカウンターには、いつものように黒髪の猫獣人アンの姿があり、二人に気付くと大きな声で名前を呼ぶ。


「アルさん!セアラさん!ご無事だったんですね!」


「ああ、心配かけた」


「アンさん、ご心配お掛けしました」


 アンはカウンターを飛び出してセアラに抱きつく。


「良かったですぅ……」


「はい、アルさんのおかげです」


 アンはセアラから離れてアルに向き直る。


「アルさん……誤魔化さずに教えてくれませんか?こんなことが出来るなんて、あなたは一体何者なんですか?」


「俺はアルクス王国の元勇者だ」


「ア、アルさん?」


 アルは真っ直ぐにアンを見つめると、偽ることなくその正体を明かす。セアラはその真意を図りかねて焦るが、アルがそれを制する。


「もう隠れて生きていくのは無しだ。過去の自分も全て受け入れてセアラと生きていく」


「……はい、分かりました。私もお供します」


 二人の様子を見ていたアンが、あまりの事実に理解が追い付かず口をパクパクとしている。


「大丈夫か?」


「ア、アルさん……アルさんが勇者……?勇者が……アルさん?」


「……大丈夫か?」


「ギ、ギルドに登録してくださいっ!!」


 いきなり活動を再開したアンのあまりの勢いに、アルが気圧されて後ずさる。


「な、何でそうなるんだ……」


「だって!だって!勇者ですよ!ギルドにいたら最高戦力じゃないですか!そんなの逃すわけないじゃないですか〜!!!アルさんがいたらカペラの評価は右肩上がり!私の給料も右肩上がりですよ!」


「おまっ、ちょっと声がでかい」


 アルは過去を乗り越えたことから、もう勇者であったことを隠すつもりはない。だが決して喧伝する必要はないと思っている。しかしそれはすでに手遅れとなってしまう。


「アルっ!お前勇者だったってマジかよ!?」


「道理でバカみたいに強いと思ったよ。俺らとパーティ組もうぜ!」


「アルっ!サインくれサイン!」


「アル!結婚してよ!」


 アルは聞き耳を立てていた冒険者たちが群がってくるのを『物理障壁』でガードすると、アンをきっと睨む。


「どうするんだよ、これ……」


「す、すみません……」


 収集のつかない状況になっているところに、よく知る声が響く。


「アルっ!セアラちゃん!帰ってきたのか!よく無事だったなぁ!!」


 モーガンが冒険者たちを掻き分けて突進してくるので、アルは怪我をさせないように『物理障壁』を解除する。


「心配かけたな。それで、俺もこの町でセアラと暮らすことにしたよ。これからもセアラを頼む」


「モーガンさん、よろしくお願いします!」


 セアラが頭を下げると、モーガンにとっては予想外だったようで、鳩が豆鉄砲をくらったような顔を見せる。


「セアラちゃん、続けるのか?俺はてっきりアルに会えるからやるもんだと思ってたんだが?」


「もちろんそれもあります。ですが私もちゃんと仕事をして、この町でアルさんと一緒に生きていきたいんです。それに解体の仕事も好きですから」


「そうか、そんなら遠慮は要らねえな。また祭りが終わったら頑張ろうぜ」


「はい!」


 そんな二人の様子を見て、アルは逡巡し決心する。


「アン、冒険者になるよ。俺もちゃんと働かないとな」


「い、い、いいんですかっ!あ、あ、あ、ありがとうございますっ!」


 アルは決めた。一先ずは冒険者という浮き沈みの激しい仕事ではあるが、根無し草のような生活を辞め、地に足をつけてセアラと生きていくことを。

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