第19話 カペラへ帰ろう
翌朝、裸のまま眠ってしまった二人は、目を覚まして少し恥ずかしい思いをしたものの、軽く口づけをしてから着替えを始める。
「もう七時か、朝食を食べに行こうか?」
「はい、行きましょう」
二人が寄り添って一階の食堂に降りていくと、すでに何組かの宿泊客が朝食を取り始めている。朝食はアルたちが普段から食べているような簡単なものではあったが、やはり味は非常に美味しかった。
「ジェフさん、大丈夫でしょうか?」
「朝食の味を見る限りでは、大丈夫なんじゃないか?」
「そうですね、決心されたのかもしれませんね」
二人が朝食を終えたタイミングで、ユージーン、カミラ、ジェフがテーブルに来る。ジェフがここにいるということは、そういうことなのだろうと二人は思う。
「アルさん、私はアルさんと結婚できません」
「そうか、それは助かるよ」
全く残念そうな素振りを見せず、むしろ喜んで引き下がるアルに、怪訝な目を向けるカミラ。そして結論に思い至ると、ユージーンを睨み付ける。
「お父さんっ!騙したわね!」
ユージーンは顔を背けて、ジェフは事態が飲み込めずおろおろしている。
「はぁ……おかしいと思ったのよ。アルさんがセアラさん以外の人と結婚するなんて……あんなに仲が良さそうにしているのにどうしてって……」
「そ、そんなにでしょうか……?昨日会ったばかりなのに……」
カミラが嘆息して恨み言を言うと、セアラとアルは顔を赤くする。そしてジェフもようやく理解したようで二人に頭を下げる。
「アルさん、セアラさん。ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした」
ジェフが謝罪の言葉を口にすると、カミラも一緒になって頭を下げる。
「アル、すまなかったな。その代わりいつでもタダで泊まらせてやるよ。いつでも来てくれ」
「いや、そういうわけにはいかないだろう」
「俺の命の恩人で、二人の恩人なんだ。金なんてとれるわけないだろうが」
ユージーンの言葉にカミラとジェフも首肯する。仕方がないのでアルは嘆息して提案する。
「それなら半額にしてくれ、タダで泊まっていいと言われると遠慮してしまう」
「確かにそうですね、私もそれがいいと思います」
アルの提案にセアラも同意する。
「そういうもんか?じゃあ次からはそうしよう。とりあえず今回はタダにしといてくれ」
ユージーンはそう言うと銀貨一枚と銅貨四枚を渡してくるので、アルはそれを受けとる。
「ああ、今回は初めからそういう話だったしな」
「ユージーンさん、あまり無理はなさらないようにしてくださいね」
「ああ、孫の顔も拝まないといけねえしな。二人の子供も見せてくれよ」
不意打ちの一言に四人が顔を赤くし、ユージーンは大笑いする。
「ところでアルはもうこの町を出るのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「もう女神様のところには行ったのか?」
「はい、昨日二人で伺って、結婚の宣誓もしてまいりました」
セアラがいつものニコニコした笑顔でユージーンに答えると、カミラとジェフがその言葉に食い付いてくる。
「セアラさん、結婚の宣誓って何ですか?」
前のめりになって迫る二人に、セアラは少し体を後ろに反らす。
「お、落ち着いてください。アルさんの故郷にある結婚の時にする宣誓です。神父様にお伝えしておりますので、聞けば教えていただけると思いますよ」
「分かりました!早速今日行ってみます!」
アルとセアラは二人のあまりの勢いに圧倒されるが、ユージーンはそれが喜ばしいようで、微笑みながら二人を見ている。
「アル、セアラさん。本当にありがとう。あれならきっと大丈夫だ」
「ああ、そうだな」
「はい、そうですね」
二人は支度をすると、三人に別れを告げて乗り合い馬車の乗り場に向かう。目的地へと至るまでも、相変わらずきれいな町並みが続いている。
「どこを見てもきれいなのは変わらないな」
「あ、私昨日アルさんたちを待っているときに聞きましたよ。アルさんが行かれてから、お二人とも今にも倒れそうだったので、気を紛らわす為に少し雑談をしていたんです」
こういうときのセアラのコミュニケーション能力は貴重だと、アルは改めて思う。
「そうだったのか。それでなんできれいなんだ?」
「はい、なんでも女神様が美を司る神様らしく、身だしなみを整えたり、町を美化することは信仰心の表れだそうです。実際に教会に行かれる方は減っているそうなんですが、それが生活に浸透しているみたいですよ」
「成程な、そういうことなら納得だ」
二人はきれいに舗装された町並みを寄り添いながら歩く。やがて乗り場が見えてくると、すでに多くの人が馬車の出発を待っていた。
「……すごい人だな」
「はい、これは……乗ることが出来るのでしょうか?」
二人はとりあえず乗り合い馬車の運営をしている建物へと向かい、受付の男性に尋ねる。
「カペラに行きたいんだが、乗れそうか?」
「すみません、本日はカペラ方面のお客様が非常に多くなっておりまして。明日でしたらお取りできますが」
「カペラで何かあるんですか?」
「はい、明後日から三日間お祭りが催されます。なので初日に間に合うためには、今日中にここを出なければなりません。三日間とも別の催し物がございますので、やはり初日から参加したいという方がほとんどですね」
お祭りと聞いたとき、セアラの目が輝いたのをアルは見逃さない。
「セアラ、祭りに行きたいのか」
「は、はい。アルさんは何でもお見通しですね」
「セアラのことだからな」
アルは受付の男性に向き直り再度尋ねる。
「何か方法はないか?」
受付の男性は顎に手を当てて、目を閉じて考える。
「確かな手段ではありませんが、恐らくこの町の貴族の方も、自前の馬車で出発される方がおられると思います。見たところお客様は戦えるのですよね?それでしたら、護衛として乗り込むことが出来ればあるいは」
「そうか、それならそっちを当たってみる」
「ありがとうございます」
二人は乗り場を後にして、貴族の馬車の駐車場に向かう。
「アルさん、無理を言いましてすみません」
「気にするな、俺もセアラと祭りを楽しみたいしな」
「はい、ありがとうございます」
教えてもらった駐車場に着くと、受付の男性がいう通り五台ほどの馬車が出発の準備をしていた。そのうちの一台で、護衛と思しき冒険者が御者と言い争いをしているのが見える。
「よくよく考えたんだが、これじゃあ報酬少なすぎるんだよ。せめて倍はもらわないとな」
「そんな無茶なことを今さら言わないでください」
「嫌ならいいんだぜ?今さら代わりの護衛なんて見つからねえぞ?」
「そんな……」
アルとセアラはその様子を見て顔を見合わせる。
「行ってくる」
「はい、お気を付けて」
アルは口論している御者と冒険者の間に割って入る。
「なんだお前は?」
「俺は護衛を探している貴族がいないかと思ってここに来たんだ。見たところ困っているようだから、俺を雇ってくれないか?」
「え?それはありがたい話ではありますが……大丈夫なのですか?」
御者の心配はもっともだった。屈強な冒険者四人組に対して、強そうな風体とはいえ、アルは一人だけ。いくら請け負ってくれるとはいえ、護衛としての力量がなければ意味がない。
「痛い目を見たくなけりゃとっとと消えろ」
「お前たちが消えればいい。俺はこの人と話をしている」
「てめえっ!」
話をしていた男がアルに向かって拳を振り下ろすと、アルは拳を掴んで腕を捻り、男を地面に叩きつける。受け身を取れずに、まともに石畳に体を打ちつけた男は悶絶する。
他の男達も一斉にアルに向かってかかってくるが、全ての攻撃を捌くと、一撃で急所打ち抜き失神させていく。今や最初に投げられた男だけが、何とか意識を保っている状況だった。
「さっさと消えろ」
男は悲鳴をあげながら、三人を引きずって去っていく。それと入れ替わるように、いかにも貴族といった身なりの整った夫婦と娘が近付いてくる。
「今のは何だい?」
貴族風の男性が御者に向かって問いかける。その態度には尊大な雰囲気は見られず、アルクス王国の貴族にしては珍しいとアルは感じる。
「はい、護衛を依頼しておりました冒険者が、急に報酬の吊り上げを要求してきまして……口論になっていたところ、この方がそれならば代わりに護衛をしたいと申し出てくださり」
「それで反感を持った冒険者を叩きのめしたというわけか」
「はい、その通りでございます」
貴族風の男はアルに向き直ると自己紹介をする。
「初めまして、ここディオネを治めているファーガソン家当主のブレットだ。こちらが妻のレイラ、娘のヒルダだ」
アルはセアラを手招きして自己紹介を返す。
「初めまして、アルと申します。こちらが私の妻のセアラです。もしよろしければ私たちを護衛として乗せていただけませんでしょうか?戦力になるのは私だけですが、盗賊やモンスターに遅れをとることはありませんので」
「そうだろうね。あの冒険者もそこそこの手練れだったんだ。それを一撃で倒すのだから心配はいらないな。ではお願いしよう」
「ありがとうございます」
「よろしくお願いします」
こうして二人はファーガソン家の護衛として、カペラに向かうことになるのだった。
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