第15話 俺と結婚してくれ
国王が降伏し大勢が決すると、全ての兵士が武装を解除し、無益な戦いが終わる。もともと今回の作戦の意味に疑問を持つ者が殆どで、士気が高くなかったこともあり、投降も早かった。
アルは地べたに這いつくばり、未だに震えている国王と宰相を一瞥すると、セアラのもとへと駆け出す。
「セアラっ!」
「アルさんっ!」
二人は人目も憚らず抱き合う。決して互いを離さぬように固く抱き合いながら話をする。
「……アルさん……私……私、怖かったです」
「すまなかった。俺のせいで怖い思いをさせた」
「もう……もう二度とアルさんに会えないんじゃないかって」
「バカなことを言うな。俺がセアラを見捨てるわけがないだろう」
「……はい、ありがとうございます」
「セアラ、本当にすまなかった。俺がちゃんと気を付けていればこんなことにならなかった」
「いいんです、私はアルさんがこうして来てくれた、それだけで十分ですから」
アルは抱き合ったまま顔だけを離すと、泣き笑いのような表情を浮かべているセアラに、伝えなくてはいけないことを口にする。
「セアラ、聞いて欲しいことがあるんだ」
「は、はい……なんでしょうか?」
今までにないほど緊張した面持ちのアルに、セアラはただならぬ予感を抱き、身を強ばらせる。
「俺と……俺と結婚してくれ!もう結婚したふりなんか必要ない。ずっと俺の本当の妻として、傍にいてくれ。必ず君を守るから」
「アルさん?……え?……な、なんで?……どう、して?」
アルが自分を助けに来てくれたのは、ひとえに彼が優しいから、関わった人を見捨てられない人だから、セアラはそう思っていた。決して自分のことを愛しているからではないと。
アルからの思わぬプロポーズにセアラは大粒の涙をこぼし、なかなか言葉を紡ぐことが出来ない。
そんなセアラの様子をアルは優しく見つめて、落ち着くまで震える背中をさする。
「アルさん……私で……私でいいんですか?」
「ああ、セアラじゃないとダメだ」
「でも……私……アルさんに迷惑ばかりかけて……」
「そんなものはいくらでもかければいい。迷惑とも思わない。セアラが傍にいればそれでいいんだ。俺には君が必要なんだ」
セアラは少しだけ目を瞑ると、大粒の涙を流しながらも、いつものニコニコした笑顔を見せ、震える声でそれを受諾する。
「……はい、私は……ずっと、ずっとアルさんのお傍におります。これからも……よろしくお願いします」
互いの愛を確認して見つめ合う二人。
その様子を黙って見ていたマイルズ達だったが、さすがに見ていられなくなって声をかけてくる。
「あー、すまんが、そのくらいでいいんじゃないか?」
「うん、私もそう思うわ。続きは二人の時にしてちょうだい」
「え〜、せっかくいい所だったのに〜!そのままぶちゅっといっちゃいなよ……」
クラリスだけは少し違う感想ではあるが、アルとセアラは顔を赤らめて互いの体を離す。
「三人とも助かった。ありがとう」
アルが三人に向かって礼を言い、セアラと共に頭を下げる。それを見たマイルズが慌てて止める。
「いやいや、止めてくれって。お前に謝られちゃあ、俺たちの立つ瀬がねえよ。こんなのはただの罪滅ぼしみたいなもんだと思ってくれ。それに……俺たちはずっとお前にしたことを後悔してきた。今更何言ってんだって話だし、謝っても許されることじゃねえって分かってるけど……今回、お前の嫁を人質に取るなんて馬鹿げた話を聞いて、いい加減この国に愛想が尽きたんだ」
「そうそう、もちろんこれでチャラなんて思ってないから。頭を下げないといけないのは私たちの方よ。本当にごめんなさい」
マイルズとブリジットがアルの言葉に頭を振って、三人で深々と頭を下げる。
「もういいんだ。既に終わったことよりも、今セアラがいてくれる。それが俺には何よりも大事なことなんだ」
アルが謝罪を受け入れたのを確認して、クラリスが全く流れを無視した質問を投げ掛けてくる。
「ところでアルってユウの名前?」
「ん?ああ、今はアルと名乗ってる」
「ふーん、ユウには戻さないの」
「戻す必要もないしな。セアラもアルの方がいいだろ?」
「はい!私はアルさんのほうが呼び慣れていますので」
いつものニコニコした笑顔を取り戻してアルに笑いかけるセアラ。それを見つめるアルの表情は、大きくは変わらないが優しい笑顔にも見える。
そんな話をしたそばからユウと呼ぶ声が聞こえてくる。
「ユウ!」
「殿下、お久しぶりです。今はアルと名乗っておりますので、そのようにお呼びください」
アルに話しかけてきたのは皇太子のエドガー。アルが王国で研鑽を積んでいるときには、元いた世界の政治のシステムなどを熱心に聞きに来るなどしており、年は一回りほどエドガーの方が上だが仲が良かった。
「そうか、生きていて何よりだ。それで先程聞いたのだが、私を王に即位させろと言ったとか?」
「ええ、私とセアラのためにはそれが良いかと」
エドガーがアルに寄り添うセアラに視線を移すと、その視線に気付いたセアラが自己紹介をする。
「初めまして。アルの妻、セアラと申します。このような格好でのご挨拶となり申し訳ありません」
「いや、気にしなくていい。……君は確か王女だった娘だよね?」
「え?覚えていらっしゃったのですか?」
まさか皇太子が、自分のような妾腹の王女を覚えているとは思わなかったので、セアラは思わず驚きの声をあげてしまう。
「ああ、話したことはなかったと思うが、私は記憶力はいいんだ。それに君は王女の中でも一際美しいと言われていたからね。そうか、私は今回の件はほとんど知らされていなかったので疑問だらけだったんだ。父上はアルの妻だから君を狙ったということか……」
卑劣な事をと言いたげな苦々しい表情を作るエドガー。それを見て、この人ならば大丈夫だろうと、アルは再認識する。
「殿下、どうか良い国をお作りください。私は殿下ならばそれが出来ると思っております」
「ああ、もうこの国は限界だった。なんとか建て直して見せるよ。それはそうと二人とも結婚おめでとう」
「はい、ありがとうございます。殿下」
「殿下、ありがとうございます」
二人の様子に満足げな笑みを浮かべるエドガー。そして顎に手を当て、悩むような仕草を見せて二人に聞いてくる。
「何か二人に祝いの品物を贈りたいんだが、何がいい?」
「いえ、私達はすでにこの国の民ではありませんので」
「そう言うな、これは友人としての話じゃないか」
そんな風に言われてはアルとしても、これ以上頑なに断るのも申し訳ないので頭を悩ませていると、セアラが声をかける。
「欲しいものと言われても困りますし、あのお三方のことを相談してはどうでしょうか?」
「ああ、そうか。殿下、せっかく友人としてと言っていただいたにも関わらず申し訳ないのですが、あの三人は今回私達に味方しました。いかに理不尽な命令であろうと、国からすれば立派な反逆行為になるかと思います。どうかそれを帳消しにしていただけませんでしょうか?」
「そうなのか?」
エドガーが視線を移して確認すると、三人とも無言で首肯する。
「そうか……確かに本来であれば許されぬ行為だな。しかしアルはそれで良いのか?私も父上の命令とはいえ、三人がアルにしたことは聞いているぞ?」
「はい、もう謝罪は受け入れました。何より三人がいなければセアラを取り戻すことはできませんでした。それに比べれば些細なことです」
セアラがその言葉を聞いてアルの腕をギュッと抱く。
「そうか、マイルズ達はこれからどうするつもりだったんだ?」
「はい。アルに味方をすると決めた時点で、国を出て冒険者にでもなろうと思っておりました」
マイルズが代表して答えると、エドガーが渋面をつくって悩む。紛れもなく三人は国の最高戦力なのだから、国を立て直そうという時に抜けられるのはさすがに痛い。
「君達の行いは多くの兵が見ている。私が庇うにしてもおとがめ無しとはいかない。正規軍に所属する限りは降格や減給などの処分はしなくてはならないのだが……新しく作る私の直属の部隊に来るのはどうだ?」
突然の提案に三人は驚きを隠せない。
「そういったものを創設されるおつもりだったのですか?」
マイルズに聞かれると、エドガーはニヤリと笑い頭を振る。
「いや、今考えた。だが我ながらいい考えだとは思うんだ。私が動かせる遊撃部隊、さすがに大きくは出来ないだろうが、少数精鋭なら認められるだろう。それに色々な任務を出来るから軍より楽しいと思うぞ」
「確かに……新設の部隊であれば、正規軍の幹部からすれば降格という扱いにとれますね」
ブリジットがエドガーの考えに同意すると、マイルズとクラリスも異存ないと頷く。アルは口を挟まないものの、つくづく頭の回転の早い人だとエドガーを見直す。
「アル、君は帰ってこないのか?君が望むのであれば叙爵してもいいんだが」
エドガーとマイルズ達が真剣な目で見てくるが、アルは頭を振って答える。
「私はセアラと一緒にカペラで暮らします。彼女の仕事もありますし」
「え?アルさん、町で一緒に暮らすんですか?」
セアラはてっきりまた森の中で二人で暮らすものだと思っていたので、目を白黒させている。
「ああ、俺もいつまでも人嫌いとか言ってられないしな。セアラにとってもその方がいいだろう」
「はい、でも私はアルさんが一緒ならどこでもいいです」
アルに寄り添い、幸せそうな表情を浮かべるセアラ。
「そうか」
二人の仲睦まじい様子を微笑ましく見ていた四人は、それ以上口を挟むようなことはしなかった。
※あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
アルとセアラはここで結ばれるわけですが、ここからが本編と考えて頂けたらと思います。
二人(特にアル)が過去を払拭し、本当の意味で幸せを掴むまでを描いていきますので、よろしければここからもお付き合い下さい。
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