第16話 ディオネの町
アルとセアラは王都で一泊すると、エドガー達に別れを告げ、カペラの町への帰路につく。
転移魔法陣を使用すればあっという間なのだが、それなりに高価な為、乗り合い馬車で帰る。セアラを取り戻した今、特に急ぐ理由もなかった。
そして、この世界での結婚は特に書類があるわけではないので、晴れて二人は本当の夫婦となった。
「アルさん、なんだか楽しいですね」
「ああ、そうだな」
決して乗り心地がいいとは言えない馬車の中。相も変わらずセアラはアルの横で、ニコニコしていた。その要因の一つは、指を絡めてしっかりと繋がれた二人の手。もちろん他にも乗客はいるのだが、彼女は気にする素振りは全く見せていない。一方のアルはと言うと、若干の恥ずかしさはあるものの、カペラの町でもずっと繋いでいたこともあり、慣れてはきている。とはいえアルが手を繋ぐ一番の理由は、やはりセアラが喜ぶからだった。
「旅行をしている気分になります」
「そういえば、こっちでは新婚旅行はあるのか?」
「新婚旅行?なんでしょうか、それは?」
非常に興味深いフレーズに、セアラが目を輝かせて尋ね返す。
「文字通り結婚した二人が行く旅行だよ」
「それは初めて聞きましたね。この辺りではそういった慣習はないですが……でも行きたいです!」
「俺も行きたいとは思うんだが、どこがいいのかさっぱり分からん」
「確かに……私もそうですね。国から出たのもアルさんのところに行ったのが初めてでした」
アルはどうやってあそこまで辿り着いたのかと疑問に思ったものの、セアラにとっては思い出したくないことだろうと思い直し、聞かないでおく。
そして代わりにアルは、ふと思ったことをセアラに聞いてみる。
「セアラ、母親はご存命なのか?可能であれば挨拶をしておきたいんだが」
「あっ……そうですよね。実は少し遠いところにいるみたいで」
セアラの表情が少し戸惑うようなものに変わる。その反応だけで、あまり詳しく聞くのは不味いかもしれないと直ぐに分かる。とは言え、結婚する以上、やはりこれは避けて通るわけにはいかない。
「セアラがいいのなら、そこに行くことを新婚旅行にしてはどうだ?」
「そう、ですね。少しここでは話しにくいので、家に帰ってからでもいいですか?」
「……?ああ、構わない」
「ありがとうございます」
他に人がいるところでは話しにくいとなると、いよいよ複雑な事情があるのだろうと思い、アルはそこで話を打ち切る。
考えてみるとアルは、セアラの事をほとんど知らない。妾腹であることも知らなければ、どういった経緯で王女として育てられることになったかも聞いていなかった。
セアラが王城での生活を、あまり良いものだったと思っていないのは明らか。そのため、根掘り葉掘り聞くことが躊躇われたということもあるが、実際のところそこまで興味もなかった。
しかし実際に結婚したとなると、さすがに親のことは気になる。セアラはかなりの美人であり、アルが自分の妻だからそう思うわけではなく、そこら中で言われていた。あのエドガーですら、王女の中でも一際美しかったと言うくらいなのだから、ただのお世辞でないことは明らかだ。
そうなるとやはり、セアラの母親はかなりの美人ということになる。美人で訳アリの母親と考えると、アルは少し緊張してしまう。
「アルさん?」
「ん?どうした?」
「いえ、少し難しい顔をしていらしたので」
「ああ、すまん。少し考え事だ」
「そうですか……」
話の流れからして、自分の母親のことであろうというのは、セアラにも容易に想像がつく。いつかは言わなくてはならないと思っていたことなので、アルが母親の事を聞いてくれたのは都合が良かった。何よりセアラもアルのことを母親に紹介したいと思っているので、それ自体は歓迎すべきことであった。
とは言え自身が抱える事情からすれば、ここでは話せないのでセアラは話題を切り替える。
「結婚される時、アルさんの国では、他にどんな慣習があったんですか?」
「そうだな、普通は結婚式で結婚指輪を交換する」
「それはいいですね!結婚式はしますか?」
またしてもセアラの目が輝いている。結婚式はやはり女性にとって憧れなのだろうとアルは思う。
「セアラはしたいのか?」
「そうですね、憧れはあります」
「こちらではどういった形式が一般的なんだ?」
「実は私も参加したことがないので、あまり良くは知らないんです。会食パーティのような感じだと聞いたことはあるのですが」
その話を聞いて、恐らくは披露宴の様なものだろうとアルは思う。この世界は神様への信仰は熱心なものではないので、あくまで結婚したことを、知人に報告するパーティという扱いだった。
「そうか、なら落ち着いたらやろう」
「はい、ありがとうございます」
「結婚指輪はどうする?」
「あ、忘れていました。……解体をこのまま勉強するのであれば、指輪はしない方がいいかもしれませんね……」
あからさまに残念がるセアラを見てアルが提案をする。
「それなら指輪を作って、ネックレスにでも通せばいいんじゃないか?」
「そうですね!そうしましょう!」
一転して花のような笑顔を浮かべるセアラ。アルは表情をよく変えるところが、彼女の魅力の一つであり、好ましいと思っている。
「お二人とも仲がいいねぇ」
正面で二人の様子を見ていた中年の夫婦らしき二人組が、微笑みながら声をかけてくる。
「はい、結婚したばかりですので」
「そうでしたか、きれいな奥さんで羨ましいものです」
旦那さんがセアラを見て頷きながら言うと、奥さんから頭をパシンと叩かれる。
「アンタ、私がきれいじゃないとでも言いたいのかい?」
「いきなり叩くなよ、お前はずっと変わらずきれいじゃないか」
「あら、ありがとう」
そう言うと奥さんは先程叩いた旦那さんの頭を、撫でてあげる。
「ふふ、仲がよろしいんですね」
「ええ、うちはずっとこんな感じなんですよ」
「羨ましいです。アルさん、私たちもずっと仲良しでいましょうね」
「そうだな」
セアラがアルの肩に頭を預けてくるので、その頭にアルは自分の頭を預ける。中年の夫婦はその様子を微笑ましく見て、馬車は進んでいく。
やがて宿場町ディオネにたどり着くと馬車が止まる。中年の夫婦はここに家があるとのことだったので、二人は夫婦と別れて宿へと向かう。
二人が入ったのは可もなく不可もなくという感じの、これと言った特徴のない宿だった。アルたちを見ると、受付の女性がにこやかに声をかけてくる。
「いらっしゃいませ、一部屋でよろしかったでしょうか?」
「ああ」
「夕食と朝食はいかがいたしますか?うちは料理が自慢で、美味しいと評判なんですよ」
「そうか、セアラここでいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあ両方つけてもらえるか」
「ありがとうございます!それでは前払いとなりますので、お二人で銀貨一枚と銅貨四枚です」
アルがちょうど支払うと、宿帳に名前を記入する。
「それでは夕食は十九時からになりますので、その時間に食堂までお願いします。朝食は七時からご用意できますので、それ以降にお願いします。こちらが部屋の鍵になります」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
二人は受付の女性に礼をいうと二階の部屋へと向かう。部屋は二人でも十分な広さがあり、快適に過ごせそうだった。ただ一点を除いて。
「ベッドは一つか…」
「そ、そうですね。でもアルさんの家でも一緒に寝ていたわけですし…」
セアラの言う通りではあるが、その頃は夫婦のふりをしていた段階であり、今とは状況がはっきりと異なる。昨日王都で一泊したときはツインの部屋だったので、今回が正真正銘の夫婦になってから初の同衾であった。
「とりあえず少し散歩でもするか?」
時刻はまだ十七時を回ったところだったので、夕食までまだ時間はある。
「そうですね、この町は何か名所とかあるんでしょうか?」
「宿の人間にでも聞いてみたらいいかもしれんな」
「ええ、そうですね」
二人は先程の受付の女性に町の名所について尋ねる。彼女の話によるとこの町は女神信仰が盛んらしく、立派な教会があるとのことだった。
他に行くところもなかったので、二人は教わった場所に向かう。
「宿に行くときにも思いましたが、ずいぶんときれいな町ですね」
「確かにそうだな」
町の道はきっちりと石畳で舗装されており、ゴミなどもほとんど落ちていない。住民達もきれいな身なりをしている者が多く、町全体に清潔な印象を受ける。
町を進んでいくと、遠くからでもそれと分かる教会が見えてくる。そして間近まで来ると、アルとセアラはその大きさと荘厳さに圧倒されるのだった。
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