第14話 共闘

「なかなか来ぬではないか、何かいい方法でもないのか?」


 既に正午を十五分ほど過ぎているが、未だアルは姿を見せていない。エイブラハム王は苛立ちを微塵も隠さずに、宰相のクライブに尋ねる。


「そうですな、あの女に呼んでもらってはどうでしょうか」


「ふむ、退屈しのぎにもなって一石二鳥と言うことか。処刑は明日だが鞭で打つくらいは良いだろう」


「はっ、それでは早速。おい、そこのお前、あの女を鞭で打て。しっかりと鳴かせてやれよ」


「は、はい!」


 クライブは近衛兵の一人に命令し、鞭を持った兵がセアラへと向かうと、セアラとマイルズ、ブリジット、クラリスがこれから行われるであろう事を察する。


「処刑は明日ですよね?今鞭で打つのは不味いのでは?」


 マイルズが効果がないだろうと思いつつも、当たり障りのないように近衛兵を諌める。


「私とて好きでやるわけではない。これは王命なのだ、手伝え」


 近衛兵が鞭で背中を打つためにセアラを降ろそうとしたとき、セアラがここにいるかどうかもわからないアルに向かって、引きつった笑顔を浮かべながら大声で叫ぶ。


「アルさんっ!!私は大丈夫ですからねっ!!」


 セアラはマイルズに押さえられて、今まで磔にされていた十字架を抱くようにさせられる。そしてその華奢な背中に向けて、鞭が一度振るわれると、乾いた音が処刑場に響き渡る。その鞭は決して命を奪うほど、強力なものではない。ただ相手に苦痛と恥辱を与えるためのものだった。

 あまりにも非人道的なそれに、セアラを押さえるマイルズ、横で見ているブリジットとクラリスが思わず顔を背ける。


「っ!」


 セアラはどんなに痛くても声を上げない。すると近衛兵が渋面を作る。彼が受けている命令はセアラを鳴かせること、つまりそれまでは、この非人道的な行いを続けなければならない。

 そして二度、三度と鞭が振るわれ、その度に乾いた音が処刑場を満たす。それでもセアラは決して声を上げることはしない。微かな苛立ちを含んだ表情で、近衛兵が四度目の鞭を振るおうとした瞬間、男の叫び声がする。


「セアラーーーっ!」


 アルの声を背中に受けると、セアラは堪らず涙をこぼす。


「……アルさん……どうして……どうして来てしまったんですか……」


 アルが周囲を取り囲む兵士達に向かって突進し、メイスを振るう。相手をなるべく殺さないという配慮と、武器の耐久力を考慮して選んだものだった。

 殺到する兵士たちを、まるで問題にせずに次々と吹き飛ばしていくアル。いつしか兵士達は怒れる男に近づくことに恐怖し、その周りには直径十メートルほどの円が出来上がる。

 するとマイルズがアルとの一騎討ちの申し出のため、王のもとへと向かう。それはすなわち、セアラの拘束が解かれるということ。そして振り返った彼女の目に、世界中の誰よりも愛しい彼の顔が映る。


「あっ……」


 そして涙と共にセアラの思いが溢れ出す。


 それは心の奥底にしまいこんだはずの思い。


 決して願ってはいけないと思った願い。


 決して言ってはいけないと思った言葉。



「アルさんっ!!私……私は……あなたの傍にいたいっ!ずっとあなたと一緒に生きていきたいっ!!だから……だから私を助けてくださいっ!!!」



「ああ!待ってろ、すぐに助ける!!」


 セアラの思いにアルが応え、セアラのもとに疾走する。


「お前の相手は俺だっ!」


 アルの目の前にマイルズが立ちはだかる。

 赤髪の剣聖、その手に握られているのは、代々剣聖に受け継がれる深紅の魔剣レーヴァテイン。

 メイスを空間魔法で収納すると、アルは一振りの剣を取り出す。

 黒髪の元勇者が手にするのは、二度と使うことはないと思っていた漆黒の魔剣ティルヴィング。使うのは目の前の男に背中を斬られたあの日以来だった。

 二人が構えを取って一瞬の静寂の後、二人は同時に飛び出す。

 激しく攻め立てるアルと、完全に守勢に回るマイルズ。


「時間稼ぎのつもりかっ!」


 いかにアルが上手とはいえ、完全に受けに徹するマイルズはそうそう崩せない。


「ユウ!あの娘は俺たちが守る。お前は王を狙え」


 アルは意図が分からず一旦後ろに大きく飛んで、再び駆け出す。


「っ!?どういうことだ?」


 二人は近距離で斬り結びながら言葉を交わしていく。


「今この状況はお前にとって最悪なはずだ!あの娘を狙われたら守れないだろう?」


「ああ、そうだ!だからさっさとお前を斬ってセアラを助けるだけだ!」


 アルの剣筋が鋭くなるが、それでもマイルズは崩れない。


「俺らがあの娘の守りを受け持つ。王を人質にとれ」

 

「信じられるわけないだろうがっ!」


 アルの苛立ち紛れの渾身の振り下ろしをマイルズが受け止める。


「……分かっている。分かっているさ。だがお前がこうして生きている。それが証拠だ」


「っ!?」


 アルにも疑問が無かったわけではなかった。なぜ自分は生きているのだろうかと思ったこともあった。だがその度に彼らへの怒りがその疑問をかき消し、深くは考えようとしなかった。

 だからこそ、その意味が瞬時に理解できた。


「こうして一騎討ちしている間はあの娘は安全だ。俺がそう頼んだ」


 マイルズは先程、アルより弱いとされている自身の名誉を挽回するため、一騎討ちをエイブラハム王に所望した。そしてその間はこの場からアルが逃げないように、セアラに手を出さないでほしいと伝えており、それを了承されていた。

 事実今のところセアラに危害は加えられておらず、ブリジットとクラリスも二人の戦いを見守っている。そしてマイルズは明確な反論が出来ないアルに対してなおも続ける。


「このまま流れで王の近くまで行く、お前は近衛兵を潰して王を人質にとるんだ」


 アルにはもはや選択肢はない。セアラが鞭で打たれているのを見て、作戦もなく突っ込んでしまった。アルにとっては紛れもなく渡りに船と言える話だ。ただしそれは、本当に三人が信頼出来れば。

 

「……くそっ!セアラに何かあったら殺すからな!」


 アルは精一杯の殺気を込めて牽制し、苦渋の決断をマイルズに告げる。


「ああ、分かってる」


 マイルズの言葉が終わるかどうかというところで、一気にアルが攻勢をかけて王の付近まで押し込んでいく。そして二人が近くまで来ると、近衛兵達は王の前で守りを固める。


「行けっ!」


 アルはマイルズの声を受けて大きく飛び上がると、瞬時に武器をメイスに持ち替えて屈強な近衛兵達を、紙切れの如く吹き飛ばしていく。あっという間に守りを失った王と宰相は慌てて指示を飛ばす。


「お前達っ!その女を殺せ!」


 しかしブリジットとクラリスは動かない。動かないどころかブリジットは障壁を展開して攻撃を防ぎ、クラリスはセアラの傷を癒し始める。

 更にはマイルズも合流し、兵士達は迂闊に手を出せない状態に陥る。


「終わりだ、ここで死んでもらおうか?」


 ティルヴィングをエイブラハム王にメイスをクライブに突き付けて殺気を放つアル。普段そんなものに晒されることもなく、安全圏で人を操る二人に耐えられるようなものではない。当然二人は気を失いかけるが、その肩にティルヴィングを突き立て無理矢理気絶を防ぐ。


「あ、あうぅ……痛いっ……こ、こ、こんなことをしてどうなるか、わ、分かっておるのか?こ、この国は各国と相互の安全保障条約を締結しておるのだぞ!」


 顔を恐怖で染めながらも、この期に及んでアルを脅そうとしてくる。


「……まだ立場が分かっていないようだな。ここでお前達の命を取り、王城を破壊してもいいんだぞ」


 アルの言葉は決して大袈裟なものではない。すでにクラリスが魔法妨害の魔道具を解除しており、極大魔法で城を壊滅させることも出来る。


「ぐ…」


「そうなるとどうなるだろうな?いくら条約を結んでいようとも、王が死に王族が滅び、王城も壊滅。本当にそんな国に手をさしのべるのか?各国に割譲されるんじゃないか?……よくよく考えればその方が俺には好都合だな」


 本気でそれをしようかと考え出すアルに、エイブラハム王は焦って土下座をして謝罪を口にする。それは一国の王としてあるまじき行為だった。


「わ、分かった。済まなかった、何が望みだ?金ならいくらでも出す。だからそれだけは止めてくれ」


 自身の面子を大事にするエイブラハム王には、アルの脅しは効果覿面だった。これで国が滅びるようなことがあれば、建国史上最も愚かな王が国を滅ぼしたとして後世に語り継がれる。そんなことはプライドの高い彼には耐えられるはずがなかった。なりふり構わずアルにすがりつく。

 その様子は当然多数の兵士達に目撃されており、彼らの抗う意志と忠誠心を奪い去る。もはや王の求心力が低下することは免れないことだった。


「そんなものは必要ない。二度と俺とセアラに手を出すな。そして皇太子、エドガー殿下に王位を譲り、宰相はその職を辞すること。それを三日以内に王国中に知らしめろ」


 皇太子はかねてより聡明な人物と言われており、アルも面識があるのでエイブラハム王のような圧政は心配ない。

 そしてマイルズたちがそうであったように、今の王国を憂いている者たちは皇太子が即位することを心待にしている。

 彼が即位すること。それは即ち、王のご機嫌取りをして私腹を肥やす者ばかりしかいなかった国の上層部が、刷新されるこということだった。


 この瞬間エイブラハム王による強権的な政治は終わりを告げ、アルクス王国は少しずつ生まれ変わるのだった。

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