第13話 それぞれの思い

 掲示板でセアラの処刑日程を確認した後、アルは酒場に向かい情報収集に努める。公開処刑はかつて中世のヨーロッパでそうだったように、この国でも大衆の娯楽。当然酒に酔った者達の話題にも上りやすい。

 今日来たばかりの冒険者を装って、アルはこの場に慣れた様子の四人組の冒険者の会話に入っていく。


「すまない。今日ここに来たばかりで、ちょっと教えて欲しいことがあるんだが」


「ああ?酒でも奢ってくれるならいいぜ?」


「ならこれで飲むといい」


 アルはそういうと銀貨を一枚渡す。日本円で一万円だ。


「お!気前がいいじゃねえか。で、何を聞きてえんだ?」


「そうだな、この王国はよく公開処刑があるって聞いたが本当なのか?」


「ああ、本当だぜ。俺たちも今日の朝、きれいな姉ちゃんを移送してくるとこを見たんだよ」


「そうそう、そんで掲示板で確認したら、明後日には公開処刑をするらしいってんだから驚いたぜ。普通はこんなに早くやらねえよ。そんで今回の姉ちゃんは、明日の正午から磔にされるって噂だ」


 その噂はわざと流したもので、王国側は今日か明日にはアルがこの王都に着くのを見越している。明日処刑広場で自分を迎え撃つつもりだとアルにも分かる。


「あんな可愛い姉ちゃんが気の毒なもんだ」


「ありがとう、明日見に行ってみる」


「もういいのか?こっちこそありがとよ!」


 聞きたい情報が得られたので、早々に冒険者に別れを告げると、明日に備えて宿に泊まる。

 アルは一刻も早くセアラのもとへと行きたいが、明日自分を迎え撃つつもりならば、まず見つかるような場所にはいないはずだと逸る気持ちを抑える。

 明日やるべきことは二つ。まずはセアラの奪還、そして二度と手を出したいと思わないほどの恐怖を国王達に味わわせる。その上で王位を皇太子に継がせることが出来れば、さらに磐石。

 セアラの奪還については『不可視』を使えば問題なく出来るはずだと、アルは考えていた。そして恐怖の与え方は近衛兵を蹴散らして、国王に剣でも突きつければ十分。態度が気に入らなければ、城を吹き飛ばすことも想定している。


 アルは眠れないだろうと思いながらも、体力回復の為に目を閉じる。閉じたまぶたの裏にセアラのいつものニコニコした顔が映ると、不思議なことに数分後にはアルは寝息をたて始めていた。


 翌朝、スッキリと目覚めたアルは、いざというとき体が動くように、しっかりと朝食を取る。今からおよそ四時間後に決戦が始まると思えばちょうどよかった。


 朝食を終えたアルは展望台に登り、処刑広場の下見をする。処刑広場は高さ三メートルほどの壁で囲まれた広大な広場になっており、そこにはセアラを磔にするであろう十字架と王が座るであろう椅子が見える。

 アルの作戦はまずあの広場でセアラを奪還し、玉座の間へと攻め込むというだけの単純なもの。普通ならば成功するはずがないが、自分ならばセアラを守りながらでも出来る自信があった。


 もうひとつの可能性として、エイブラハム王はアルが死ぬところを、その目で見届けようとセアラと共に出てくるかもしれない。その場合は手間が省けるだけ。

 いずれにせよ、まずはセアラの奪還が最重要課題であり、最悪追われることになっても彼女と共に逃げればいいとアルは考えていた。


「セアラ、待っていろよ。必ず助けるからな」


 アルは拳を握りセアラを想う。誰からも好かれる、まるで太陽のような人。一向に彼女に向き合おうとしない自分にも、決して愛想をつかすことなく、寄り添って真っ直ぐに想ってくれる人。きっと彼女は今この時も、恐怖と不安で身を震わせているだろう。そう思うと怒りで我を忘れそうになる。


 やがて正午を知らせる鐘の音が王都に響き渡ると、多くの兵士と共にセアラが姿を現す。彼女は罪人だと一目で分かるボロを着させられていた。そしてその後ろからは、やはりエイブラハム王が近衛兵に囲まれて姿を現していた。いてもたってもいられず、飛び出そうと思った瞬間、良く見知った顔が見えて踏みとどまる。


「やはりいるのか……」


 マイルズ、ブリジット、クラリスの姿がセアラのすぐ傍にあった。今の王国最高戦力である三人。アルがセアラの奪還に来ると分かっていれば、彼女の一番近くに配置することは当然のことだった。

 かつての仲間の姿を見てアルは更に怒りを覚えるが、それを強引にねじ伏せる。冷静さを取り戻し『不可視』を発動させて広場の付近に降り立つと妙な感覚が体を襲う。


「なんだこれは……」


 魔法が不安定になり自身にかけていた『不可視』が解け、アルの姿が露になる。『不可視』は非常に高度な魔法で緻密な術式と魔力操作が必要になる。そのため広場を中心に発動している魔法妨害魔道具の影響を顕著に受けてしまっていた。


「……ちっ、新しい魔道具か何かか?不味いな……」


 アルは焦燥に駆られる。

 今回の作戦は第一に相手に気付かれずにセアラのもとにたどり着く必要がある。アルが一度姿を現してしまえば、たちまちセアラの首元に刃が突きつけられるであろうことは、考えるまでもない。

 しかし処刑広場は多くの観衆が入れるようにするため広大で、いかにアルの身体能力が優れているといえども、セアラのもとに一足でたどり着くことは出来ない。『不可視』の力が使えないとなると作戦が根底から崩れてしまう。

 ひとまずアルは広場の入り口付近で様子を伺いながら作戦を練り直す。



「ねえ、あなたユウと結婚したって本当なの?」


 ブリジットがセアラに問いかける。彼女が磔にされている十字架は、遠くからでも見えるよう一段高い石造りのお立ち台に立っている。そしてその十字架の周りには、かつてのアルのパーティしかおらず、他の兵士達はそれを取り囲むようにして、敵襲に備えている。


「……結婚しているふりです」


 その言葉を聞いたクラリスがセアラに怪訝な目を向ける。


「ふりってどういうこと?じゃあユウはここへは来ないの?」


「……私が彼のもとに押し掛けて一緒に暮らしていました。ここへは……分かりません。ですが来てほしくはありません」


「なんで?助かりたくないの?」


「……私は……あの人を危険な目に晒してまで、助かりたくなんてないです」


 クラリスからの質問に、目を合わせることなく答えるセアラ。輝きを失った虚ろな瞳と金髪は、まるで彼女の心を表しているかのようだった。もうこのまま死んでもいいと、その方がアルにとってもいいことだと思い込んでいた。

 話を聞いていたマイルズが会話に加わってくる。


「この国の元王女にしては変わった考えだな……だけど俺はあいつは来ると思うぜ」


「……なぜでしょうか?」


「あいつがあんたをどう思っているかは知らないが、関わった人間を見捨てる奴じゃない。……俺たちはあいつの仲間だったからな。それくらいは分かっているつもりだ」


 その言葉にセアラは驚愕すると、顔を上げて三人を見る。


「っ!?ではあなた達がっ!」


 虚ろだった瞳とその言葉には、確かな怒りがこもっている。目の前に愛する人を殺そうとした三人がいる。セアラの抱く感情は、当たり前のものだった。そしてそれは三人にも十分に分かっているので、淡々とブリジットが返す。


「そうね、私たちがユウを裏切ったのよ」


「なぜ、なぜそんなことをっ!」


「あなたもこの国の王女だったなら分かるでしょ?この国では上からの命令は絶対。ユウを目立たないようにする、魔王を討伐したらユウを殺す、それが私たちに下った命令。この国で育った私たちには、従わないという選択肢はない」


 セアラの向ける激情に対して、クラリスも淡々と諭すように話す。だがセアラは三人の瞳の奥に後悔や、後ろめたさを感じさせる影を感じる。


「……本当は、あの人を殺したくなかったんですか?」


「「「…………」」」


 三人は答えない。周りに展開している兵士達に聞かれるような距離ではないと分かっていても、それを言葉に出すことは憚られた。しかしそれが無言の肯定であることは、セアラにも理解出来た。


 そしてセアラは疑問を抱く。重傷を負わせた彼を、この三人が本当に死んでいるのかを確認せずに、その場を離れるなんて事があるのだろうかと。答えは否。アルの強さを一番よく知っている三人が、そんなミスをするはずがない。

 きっと三人はアルを死んだことにして、どこかで静かに暮らしてくれればいいと思っていたのではないか。そして自分が彼のもとに行ったことで、それをぶち壊してしまったのではないかと。


「……アルさん、ごめんなさい。私のせいで……」


 その疑念は確信に変わる。セアラの口からアルへの謝罪がこぼれ、その目から大粒の涙がこぼれる。セアラは気付いてしまう。自分さえいなければ、彼は静かに余生を過ごすことが出来たのではないのかと。他の誰かが、彼の心の傷を癒してくれる未来もあったのではないのかと。

 そして三人は声を上げることなく、静かに涙を流すセアラに背を向けて、アルが現れるのを待つ。

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