第12話 かつての仲間たち
六月六日の夜、アルクス王国謁見の間。
「今度こそ本当にあの化け物を殺せるのだろうな?」
気だるそうに玉座に座るは、アルクス王国の現国王エイブラハム・アルクス。彼は眼前に跪く三人の男女に、居丈高な口調で語りかける。三人の男女はその言葉にビクリと肩を震わせる。この王の機嫌を損ねれば、たちまち自分達の首が飛ぶと認識していた。ましてや彼らは、一度その王からの勅命に失敗している。
「はい、必ずや」
燃えるような赤髪に端正な顔立ち。おまけに長身といういかにも女性にモテそうな男が、三人を代表して答える。アルのかつてのパーティメンバーたちがそこにはいた。先程返答した男はマイルズ、若くして剣聖と言われているほどの男。肩より少し長い黒髪と、凛々しい顔立ちを持つ魔法使いがブリジット。栗色のボブヘアーの、眠たそうな目の治癒士がクラリス。
あの日マイルズがアルの背中を斬り、ブリジットが魔法で焼き、クラリスは回復することなく見捨てた。それは彼らの独断ではなかった。アルを危険と見なした王からの勅命だった。
王国で研鑽を積んでいた頃から、アルの力は抜きん出ていた。その実力は単騎で魔王討伐に行った方がよいと言われるほどであった。
剣を振ればその身体能力の高さと技量は剣聖マイルズをも凌ぎ、魔法を使えばブリジットが到底出来ない無詠唱魔法や平行詠唱を使いこなし、回復魔法を使えばクラリスでは癒せない傷をも癒してしまう。アルは誰もが認める人智を越えた存在だった。
三人はそんなアルに嫉妬していた。それは彼らにとって生まれて初めての感情。幼い頃から神童として持て囃されてきた三人には、上には上がいるという言葉では、それを処理することはできなかった。
何故アルがそこまでの力を持っているのかは彼らにも分からない。かつて召喚された異世界人の中でも飛び抜けて強い。だが王国からすればその理由などどうでもよかった。唯一つ分かっていることは彼の存在が広く露見すれば、国民は彼を英雄として祭り上げるだろうということ。
自身を絶対的な王であるとしているエイブラハム王からすれば、アルの存在は邪魔でしかない。だから三人を無理矢理パーティとしてアルにつけ、その存在を目立たさぬようにして、魔王討伐時に処分してしまおうと考えた。
「ふん、しかしあの娘も妾腹ながら、最後に儂の為に働けるのだ。光栄だろう」
エイブラハム王が忌々しげに、吐き捨てるように言う。
セアラは妾腹でありながら、幼い頃にその美貌を買われて無理矢理王城へと連れてこられた。どこかの国の上流貴族が気に入りでもすれば儲け物だと思ったからであった。王からすれば庶民の暮らしから引き上げてやったという認識。つまり彼にとって、セアラは恩を仇で返した存在であり、愛情など欠片もない。
王は与り知らぬことだったが、ある日セアラをとある国の皇太子が気に入ったとの噂が後宮に流れた。国の名前すら確かでない、嘘か本当かも分からないような話であったが、他の王女達からすれば妾腹のセアラにそんな話が湧くこと自体面白くない。そして彼女達は結託してセアラを追放し、ご丁寧に彼女を殺すための追っ手まで放った。
「では下がれ、失敗したら分かっておろうな?」
「「「はっ!」」」
三人は謁見の間を後にするとマイルズの部屋に集まる。その表情は当然のことながら暗い。
そして互いに薄々気付いていながらも、今まで語ることのなかった、あの日の行動の真意を語る。
「おまえらユウを殺せるか?」
マイルズが二人に問いかけると、ブリジットが惚けるように言う。
「それはどういう意味?」
「惚けるなよ、ブリジットは出血を止めるためにわざと傷を焼いたんだろ?そしてクラリスはユウなら治せると判断しただけだ」
マイルズの言葉にクラリスが肩を竦めて言う。
「……やっぱり気付くよね」
「当たり前だ、俺が斬って終わりだったんだから」
「でもあなただってあの時のユウなら、もっと深く斬れたはずよ。それこそ真っ二つにだってね」
ブリジットの指摘にマイルズは何も答えない。彼らは命令を受けていたし、アルに嫉妬もしていた。それでも彼の命を奪うことに土壇場で躊躇した。
彼らは自身のしたことを後悔している。アルを仕留めきれなかったことをではない。みっともない嫉妬の感情に心を支配され、アルを傷つけたことをだ。
三人の間にしばし沈黙が流れ、やがてマイルズが口を開く。
「あいつは……ユウは……いい奴だったからな」
その言葉に二人が沈黙したまま首肯する。
「でも、だからってどうしようもないよ……」
「そうね、今さらユウを助けるなんて出来ないしね。向こうからすれば私達なんて復讐したい相手ナンバーワンよ」
クラリスの意見にブリジットが同意する。自分達がアルに対してしたことは良く分かっている。命までは奪わなかったのだからいいと言えるようなものではない。信頼した仲間から背中を斬られ、焼かれるなど筆舌に尽くしがたい痛みと苦しみ。そしてアルでなければ間違いなく死んでいた。
「ところであの捕まった娘はユウの何なのかしら?」
ブリジットが気になっていたことを二人に聞く。
「話を聞いたらこの国から追放された王女で、ユウの嫁だってよ」
「え?ユウが結婚したの?」
マイルズの言葉に二人は驚く。あの出来事からまだ一年と経っていない。普通は人と関わるのも嫌になるはず。結婚しているなど考えられるはずもなかった。
「ああ、そりゃあ助けに来るだろうよ」
「……ますます気が進まないね」
「……そうね」
再び三人の間に沈黙が流れ、クラリスがそれを破る。
「どうにかあの娘を助けられないかな?」
「それは……私だってそうしたいけど」
「まあな。どうせ今回の罪もでっち上げだろうし、追放されたのだって怪しいもんだ」
「私も後宮の人達は嫌い。っていうかここの上の方の人達でいい人なんていない。あの娘はユウが結婚するくらいなんだから違うんだろうけど」
三人も取り立ててもらった恩を差し引いても、最早この国が尽くす価値があるものだとは思っていない。
そして覚悟を決めた様子でマイルズが口を開く。
「分かった、何とかやってみよう。もう後悔はしたくない」
「国を捨てるってこと?」
ただならぬ雰囲気にブリジットが驚くが、その意見に反対はしない。
「ああ、もううんざりだよ。今の皇太子、エドガー殿下が王になればと思ってやって来たが、はっきり言って限界だ。気ままに冒険者でもやろうぜ」
「それいいね、じゃあ作戦会議といこうよ」
クラリスもマイルズの意見に賛成する。ただ今回作戦を立てるにしても事前にアルと接触することは不可能。三人が話を持ちかけても、信じてもらえるだけの根拠を示すことは出来ない。そうなると大筋だけを決めて、後は臨機応変にその流れに持っていくしかない。
「明日の正午からあの娘は処刑広場に磔にされるらしい。ユウは必ずそこで助けに来るだろうな」
その計画を聞いた女性陣二人の顔が怒りに染まり、ブリジットが感情を言葉に乗せる。
「本当に最低なやつら、あの娘を人質にして手を出せないユウを殺すってわけね。それでどうせあの娘も殺すんでしょ?」
「ああ、間違いないだろうな。後は俺たちが配置される場所だけど、あの娘の傍になるだろう」
「うん、ユウが必ず来る場所と言えば自然とそうなるよね」
「で、どうする?」
あたかも策があるかのような話しぶりをしていたマイルズに二人は嘆息し、クラリスが呆れたような声を出す。
「マイルズってそういうところあるよね」
「策を考えるのは二人の領分だろ?」
「はぁ……とりあえずユウの考えを読まないといけないわよ」
「ユウは嫁を助け出すことだけを考えてる訳じゃないのか?」
「それは最低条件だよ。恐らく今後自分達に手を出してこないようにしたいはず。そうなると、なるべく人を殺したりっていうことは避けたいって思う」
「成程な、それで?」
クラリスの意見に同意するも、全く自分で考えようとしていないマイルズを二人が睨む。
「ちょっとは考えなさいよ、恐らく王や宰相辺りを脅すことになるんじゃないかな。ああいう小悪党みたいな奴らには、絶大な効果があるしね。ただここで問題になるのがあの娘の安全よ」
「うん、処刑場内はこの前開発された魔法妨害の魔道具を使っているはず。だから『不可視』みたいな緻密な魔法は使えない。そうなるとこっそり奪還も出来ない」
「なら俺たちであの娘を奪還するしかないってことか?」
マイルズにもこの作戦がかなり難しいことが分かる。これを達成するためには二つの厳しい条件をクリアしないといけない。一つはアルに自分達を信頼させなければならないこと。もう一つは王国の戦力からセアラを守らなければならないということ。
そんなマイルズの考えを察したのかブリジットとクラリスが気楽に声をかける。
「難しく考える必要はないわよ。ユウをこちらに引き込めればほぼ勝ちが決まるわ。だから戦いながらユウを説得して」
「うん、ユウなら王を人質に出来る。近衛兵も問題にならない。だからマイルズ次第」
「ちょっと待て、人質取られてるんだからユウは戦えないだろ?」
「そこは考えなさいよ、最後に勝負させてくれとか言えば納得してくれるんじゃない?」
「簡単に言いやがって……まあ許してもらおうなんて虫の良いことは言わないが、これはユウへのせめてもの罪滅ぼしだ。やってやるよ」
※以下ちょっと補足です
正直今回の話は賛否があるかなと思います。ですがこれが自然かと思います。
細かい理由はいくつかありますが、一番大きな理由はマイルズが言っていたように、彼らがアルの人柄を知っているということ。
もしもそれにもかかわらず無慈悲にアルを殺せるのであれば、彼がいいやつだということの否定に繋がってしまいます。それでも上からの命令と自身の嫉妬があったからこそ、中途半端ながらも実行に移しました。
そしてマイルズたちがそこまで冷酷であれば、アルが最後に油断するはずがありません。四人は確かに互いを信頼する仲間だったということです。
まあ、だからこそアルは人間不信に陥るわけですが……
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