第4話 アルの変化
「……すみません、大変お恥ずかしいところをお見せしました」
やがて落ち着くと、少し目を腫らした顔を赤くしてアルに謝罪するセアラ。その表情はスッキリとしたものになっていた。
「いや、問題ない。少しじっとしていろ」
アルがセアラの目元に手をかざすと、温かな光がセアラの腫れた目を癒す。
「い、今のは魔法ですか?」
「ああ、連れが目を腫らしたままでは外聞が悪いからな。じゃあ鏡台を見に行くか?」
あくまでも自分のためにしたことだと言い張るアルに、セアラは礼を言うのではなく、笑顔の花を咲かせて同意する。
「はい、行きましょう」
二人は再び手を繋いで歩き出す。
先程の話を聞いた後となっては、アルは当然セアラが手を繋ぎたいだけだと気付いてはいる。しかし今更それをいうのは野暮なので何も言わずに付き合う。心なしか先程よりも距離が近い気がしつつも。
二人が目指すのは家具屋。正直なところアルは鏡台というものがどこにあるか良く分かっていなかったが、多分家具屋だろうと思って向かっている。
「ここにあるといいんだが」
町の中でも一際目立つ三階建ての家具屋を見上げながらアルが不安そうに呟く。
「とりあえず入りましょう」
外から見ても大きな建物だと思ったが、店の中も広大で、見渡す限り家具が広がっている。アルは思わず元の世界にいたときの家具屋を思い出す。
家具というものは基本的にはこちらの世界とあちらの世界での大きな差はない。大きく違うのが家電量販店。こちらの世界ではそれに対応するものとして生活魔道具店というものがあった。
そんなことを考えていると、ふとセアラに必要なものが思い付く。
「生活魔道具店も後で行ってみるか?」
「いいんですか?私も行ってみたいです」
ぐるりと店内を回って見ていると、鏡台が並んだコーナーが目に入ってくる。鏡台の使い勝手などアルには理解できるはずもないので、選ぶのはセアラに一任する。彼女は真剣な顔でいくつかの鏡台を実際に使うと、結局決めたのは特に装飾などもないシンプルなものだった。
「これでいいのか?」
「はい、あまり大きいものがあっても邪魔になってしまいますし、装飾のあるものはアルさんの家とは合いませんから」
『決して遠慮したわけではないですから』とでも言いたげな言葉を額面通りに受け取り、セアラが希望するものを購入する。そしてアルは鏡台を見ていて思い付いたことを彼女に聞いてみる。
「化粧品や櫛などもいるだろう?」
「……はい、あれば助かります」
「せっかく鏡台を買ったんだ。買いに行こう」
「っはい!ありがとうございます」
アルの善意に対して、セアラは申し訳ないという気持ちを出すよりも、感謝を口に出す。
それにしても、やはり女性が一緒に暮らすとなれば、色々と要るものが増えるものだと改めてアルは思い、他になにか忘れたりしていないだろうかと思案する。
「アルさん?どうされました?」
「いや、他にセアラが必要なものを考えていた。もし他にもあるのなら遠慮せずに言ってくれ。家からこの町へはそれなりに距離があるからな」
「はい……ありがとうございます」
アルの言葉に答えるセアラの頬には朱が刺していた。
次に二人が向かったのは化粧用品店。当然ながらアルの守備範囲外。セアラもあまり自分で化粧はしたことがなかったので、店員から化粧のやり方と、肌のケア方法を熱心に聞いていた。
全く興味のないアルは他の商品を見る事もなく、セアラの後ろで手持ち無沙汰にしている。
当たり前のことではあるが、アルの家に化粧品などないので今日のセアラは素っぴんだった。それでもセアラの美しさはアルから見れば贔屓目なしで、他の女性に引けをとらない。引けをとらないどころか、勝っていると思いながら熱心なセアラを見つめる。
暇そうなアルを見かねたのか、セアラがアルに水を向ける。
「アルさん、どちらの色がいいでしょうか?」
セアラが持っているのは真っ赤な口紅と、薄ピンク色の口紅。真っ赤な口紅は確かに彼女の白い肌には映えるかもしれないが、イメージが違う。セアラの柔和な表情には合わないとアルは思う。
「ピンク色の方だな」
「そうですよね!私もそう思います。ではこちらを買いますね」
嬉しそうな顔でアルに告げるとセアラはまた話に戻る。アルは女性の買い物は長いと言うのは本当だなと思わず苦笑するが、特にやることもなく、不思議と嫌な気分ではないので、彼女の様子を眺めて時間を潰す。
そしてセアラは基本的なメークアップ用の化粧品と基礎化粧品を購入する。もちろん口紅はアルがいいと言った色の物。
「次は魔道具店だな」
「はい、アルさんは何か見たいものがあるんですか?」
「俺は特には無いが、セアラは髪が長いだろう?髪を乾かす魔道具が有った方がいいと思ってな」
「……はい!そうですね!」
アルの言葉にセアラはまたしても頬を朱に染める。しかし基本的にアルは常に前を向いているので、そんな彼女の様子に気付く素振りはまるでない。
「ここがそうだな。俺も久しぶりだから少し楽しみだ」
「そうなんですか。じゃあ早速行きましょう」
二人は手を繋いで中に入る。魔道具店はさっきアルが考えていたように家電量販店のような扱い。特に用もなく行って、こんなものがあるんだなと思うのが楽しかったりするものだった。
「アルさん!これ面白いですよ」
セアラが興奮しているのはタコ焼き機だ。くるくると回して実演販売をしている様子を見て楽しんでいる。ただし中に入っているのがタコかどうかは分からない。
「ああ、それよりもこれはどうだ?」
目的を忘れているセアラをアルが呼ぶ。元の世界で言うドライヤーのような形だ。風を起こす術式と熱を加える術式が組み込まれており、温度の異なる風を出すことが出来た。
「え?でもこれは最新型ですごく高いですよ?」
セアラの言う通り温度調節が可能なタイプは最近出たばかりで、旧タイプの倍以上の値段がつけられている。
「そうだな、だがこちらの方が便利だろう。俺の経験上、後であっちを買っておけば良かったと思いかねん」
「そ、そう言われるのでしたら、私は有り難いですが」
「なら問題ない、これにしよう」
「はい、ありがとうございます」
これで全ての買い物が終わり二人は帰路につく。セアラの希望で町を出ても手を繋いだままで二人は歩く。道中セアラは上機嫌で鼻唄混じりに道を行く。アルにはその理由がよく分からないが、不機嫌よりもいいということは間違いないので特に気にしない。
「今日は記念日ですね!」
アルはセアラの語る言葉の意味が全く分からずに、思わず聞き返す。
「記念日?」
「はい、私とアルさんの初デート記念です」
「……確かにそうだな。だから上機嫌なのか?」
アルの言葉にセアラはこの上ない笑顔を携えて答える。
「はい!ずっと好きだった人との初デートです、嬉しくないわけがありません!」
「……そうか、それはよかったな」
相変わらずぶっきらぼうなアルだが、セアラにはそんなことは関係ない。
「はい、よかったです!私の一生の思い出になりました!」
セアラの気持ちは既に固まっている。彼女はもうこの人のそばにいてもいいのか何て迷わない。そんな彼女が思うことは唯一つだけ。私は絶対に彼の特別になるという思いだけ。
セアラにはアルの変化が分かる。きっとあの森で会ったときの彼であれば、こんなにも自分のことを気にかけてくれることはなかっただろう。それが分かる彼女は、この帰り道が嬉しくて仕方がなかった。
そんなセアラの気持ちがいまいち分からないアルだが、特に文句を言う必要もないので静かに彼女の横を歩く。彼女の機嫌がいいのはアルにとっても悪いことではない。深くは考えずに彼女の様子を見つめる。
「アルさんは今日は楽しかったですか?」
なかなか意地の悪い質問だと思いながらもアルは付き合う。
「ああ、悪くなかったな」
「ふふ、良かったです」
セアラにもそれが心からの言葉ではないことは分かる。それでもアルが自分に配慮をしてくれた。その事実で十分だった。きっと彼は助けを求めているのだろうと確信するには十分な材料だ。いつの日か彼を絶望から救い出して見せると心に決めたセアラであった。
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