第1話
アステイン帝国南部に位置する都市ストルム。そこには物流の管理を任された商人の豪邸がそびえていた。
隣国とも接しておらず、国の中枢とはあまり関わりがない場所であるはずのここに大勢の軍が配備されたのは戦争が始まる二年前のこと。
その後も追加の兵が送られるや、大尉や軍曹クラスの人間が訪れるなどと度々不可解のことが多く起きた。
最初は不思議に思った市民もやがて慣れ、今日ここに先の戦争で多くの物資や兵器を提供したことで一代にて巨大な地位を築いた貴族がその豪邸に多くの私兵を連れて訪れたことも誰の話題にも上がることはなかった。
「いやはや遠路遙々ようこそおいで下さった。
「フン、わざわざ自己紹介などよい。今までずっと資材を寄越して貰っていたのだ、おかげこちらは大いに儲かった。だからこうしてお前が来てくれと呼んだから、この危険中ここにいるのだよ。知ってると思うが今の状況、ワシも他人事ではない。できるだけ早く用件は済ませてくれ」
尊大に構える貴族に対してクライセンはわざとらしい笑みを崩さず、軽重に喋り始めた。
「貴方様に御越しいただいたのは他でもない新しい商品についてです。この品は大変貴重なためホントに信頼できる方に紹介していないもので……」
「おい待て。まさかワシを呼んだのはただの商売のためなのか? だとしたらふざけるな!」
贅肉のついた腕で机を強く殴り付けると、目の前に置かれていたティーカップは倒れ中身がこぼれてしまい、ゆっくりとその液は机上を滑りながら床へと伝っていく。
「いいか! 戦争が中断されたことでワシの収入は今大幅に下がっている。加えて何とも分からぬ狂人がワシらの命を狙ってもいる。そんな状況で金を出せだと……、馬鹿馬鹿しい! お前はもっと賢い男だと思っていたが違ったようだ。帰らせてもらう!」
そう言い捨てると立ち上がり、後ろで控えていた私兵を連れドアへと足を進めていってしまった。その背中を見ていたクライセンは何かを思い出したかのような顔をしてポツリと呟いた。
「そう言えば……、この戦争。異様に制圧や進軍がスムーズにいったとは思いませんか? いくら貴方様や他の愛国心溢れる方々の支援があったとしても僅か三年ほどで付近の小国のほとんどが我が国の傘下になった」
「……何が言いたい」
あと一歩でこの部屋を出る所であった貴族は立ち止まり、振り替えることなくその言葉の意味を聞いた。
「どうしてこの街に軍が大勢腰を据えているのでしょうか? 国境付近でもなければ鉄が取れる訳でも加工できる訳でもない。あるとしたら埃の被った遺跡とそれなりの歴史を持った大学くらい。ちなみに私もそこの大学出身でしてね、今は商人として働いてますがその時は考古学を専攻していました。しかし考古学というのは後になって痛感しましたが金にならない。戦争が始まろうとなると一番に国から支援を打ち切られました。私に教鞭をとってくれた教授も、他と比べれば粘りましたが結局行方をくらましました」
「くどい! 結局貴様は何が言いたいのだ。ハッキリしないか!」
その叫びを聞くと、待っていましたと言わんばかりに今までの作り笑いとは違う、本心からの笑顔を見せた。口は三日月のように鋭く、目は黒く輝いていた。その顔が貴族の目に入ると、今まで話、何度も取引してきた男とは別人、いや人間ではない何かと錯覚してしまった。
「これはお得様にしか紹介しない特別な商品ですよ。ではこちらをご覧ください――」
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