悪魔召喚

 魔術の最奥は、神霊や悪魔の召喚及び交感である。

 追い詰められた金星教団は、悪魔の召喚を試みた。

 血を以て陣を描き、冒涜で以て場を支配する。

 その惨状は、どこか非現実性すら感じさせ、井上勇美から正常な反応を奪っている。

 見渡すと、奥の方にローブを被ったいかにもというような風体のローブを被った男達がいた。

 勇美はつかつかと倒れ伏す魔術師に歩み寄る。


 紫炎を纏わせ、男達に対し警戒しながら近づく勇美と、黒刀を取り出し無造作に近づく大和。

「井上、別に気を失ってる」

 大和は懐から縄を取り出した。

 先ほどキルケから手渡された縄であり、男達を縛っていく。

 男達はパンツ一丁になり縛られた。

「大和、手馴れてるわね」

「捕縛術ってのは、覚えておいた方がいい。基本は身体検査が必要だけどね」

 とっとと帰ろう。

 そう言おうとして、勇美を見ると、勇美は手を合わせ死体の山に祈っていた。

 その姿を咎めることなく、大和は男達の顔を張った。

「おたくら、キリキリ歩いてもらおうか」

「……アフロディテの髪か。日本政府のエージェントがこんな子供とはな」

 男達はゲラゲラと笑い出した。

 大和はため息を吐きながら黒い刀をリーダー格と思しき男に向ける。

「あんたらがこの人たちにこうしたことも、おたくらが何を思ってるかも興味はない。

 とっとと歩け」

「嫌だと言ったら」

 大和は少し悩んだ。

「どうするんだよガキ、歩かなかったら」

「どうしよう」

 大和は悩む。

 悩んだすえにニヤニヤする男達の一人に近づき。

 

 耳を切り落とした。


「え、何してんのあの子」

 キルケがドン引きしたように声を出す。

「やっぱ聞いた通りイカレた男だ」


「大和、あんた成長したね。昔は躊躇なく一人くらい殺してたのに」

「自分より明らかに弱い奴を殺さないよ」

 無論、反撃の可能性がある時はその限りではないが。

 勇美は感動したように声を出す。

 男達は怯えたように黙って歩き出した。


 藤堂興元の言っていた試験とは、男達を殺すか殺さないかである。

「俺達の相手は、裁判で裁くことのできない相手だ。

だからって、無闇矢鱈と殺しにかかられても困る。

日本は法治国家で、俺達に殺人許可証はない」

「あなたも、基本的には殺さないものね」

「義憤にかられ、奴らを殺すようなら、どのみちこれからの戦いにはついてこれないからな」

 いずれ心を壊すだろう。

 そういう感性の人間ならいない方がいい。

「まあ、合格か」

「あら、まだ四人しか捕まえてないわよ。情報では五人だったでしょ」

「あ? そうだっけ」

 興元はあくびをかみ殺す。

「お、でやがったな。気配からして、相当上位の魔術師だな」


 勇美と大和もまた、気配を感じていた。夜ごと雨後の筍のように出てくる悪魔にも似た気配。

 魔術師はローブを被った色白の偉丈夫だった。

 だが、その瞳は狂気に犯されており、焦点が定まってはいない。

 男が腕を振るうと、炎が巻き起こり勇美と大和に襲い掛かる。

 その炎熱は火炎放射器もかくやというものであり、人ひとりを焼殺するには十分なほどだ、

 

 だが、大和が刀を振るっただけで、その炎は霧散し、縛られた男達も大和を中心として吹き飛ぶ。

 

 勇美のみはその衝撃波に怯みもせず、紫炎を身に纏わせて魔術師に近づく。

 男が腕を下から上へ振るうと、突風が勇美を押し上げようとする。

 突風は巻き上がり死体や男達をバラバラに吹き飛ばす。

 

 だが、勇美の歩みは止まらない。


 息つぐ間もなく、魔術師は氷の刃を勇美にぶつける。

 勇美は回し受けの要領で氷を弾き飛ばす。

 教会の部屋は全てが霜がおりたようになる。

 

 だが、井上勇美は止まらない。

 むしろ怒りを伴うように荒々しさを増していく。

 

 勇美が正拳突きをした。

 教会全体に降りていた霜が晴れ、さらに男達が吹き飛んだ。

 苦悶の声を上げ倒れ伏す魔術師に勇美は残心する。


「馬鹿勇美ちゃん。浅いよ」

 鏡を覗き込みながら興元は言う。

「悪あがきするよ」

 キルケが意地悪げな笑みを浮かべた。


 男が呪文を唱えた、勇美が追撃の拳を振り上げる。

 だが、それより早く、縛り上げられた男達が宙を舞う。

 男達は、まるで針の刺さった水風船のように

 漂う臓物の香りに、勇美の行動が一瞬止まる。

「辞め、」

「助け」

 男達の断末魔が声にならず霧散する。

 血液が、床に描かれた陣を補強するように塗り固められた。

 怪しげな光が冒涜的な紋様を装飾する。


「てめえ。井上に何てもんみせてんだあ!!」

 釧灘大和が激昂し、黒刀の横面で思いっきり殴りつけた。

 ひらりひらりと教会の壁に激突する。

 だが、魔術師の最後のあがきは止まらない。


「状況 大変 当方 不利 無益 契約 血液 対価 相応」

 天が割れ、地もまた割れる。教会の壁が崩れ、大悪魔が召喚される。

「当方 アンドラス 悪魔 契約 締結 戦闘 開始」

 それは、巨大な馬に跨った、烏の頭を持つ戦士だ。

 召喚された悪魔は、騎馬を向かわせ、勇美を穿とうとする。

 勇美は空中を跳躍し、拳を振り上げる。

 大悪魔は間髪いれず拳で防いだ。

 ぶつかり合う衝撃が、教会ごと山の地形を吹き飛ばした。

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