VS アンドラス

アンドラス 地獄の大侯爵。

からすの頭を持ち馬に跨る天使の姿をしている。

敵対する集団の不和をもたらす権能を持つ。

ゴエディアに記されし大悪魔の一柱である。


「当方 決闘 所望」

 烏の頭をし、怪物のような馬に跨った騎士。

 その手には5メートルはあとうかという巨大な槍を持つ。

「残念ながら、2対1だ!」

 気勢を上げ、大和がアンドラスに切り込んでいく。

 巨槍を大悪魔は驚くべき速度で振り上げ大和の刀を防いだ。

 瞬間、クレーターが形成され、衝撃波が教会の天井を崩落させる。

 地響きを上げ、大理石の床を踏み砕きながら、巨馬が駆け抜ける。

 その衝撃を巧みにかわしながら、釧灘大和はアンドラスに切りかかる。

「当然 貴我 戦力差 歴然」

「言ってくれるね!」

 大和の反対側から、井上勇美は紫炎をまとわせ殴りかかる。

 その衝撃が瓦礫を粉々に吹き飛ばす。

 だが、大悪魔はビクともしない。

 石槍を円状に振り回し、距離を離す。

 二人は並び立ってアンドラスと対峙し、しばし睨み合う。



「やれ、殺せ大悪魔!」

 魔術師が、狂笑をあげる。

「ルシファーのために、戦え、サタンのために、戦え」

 ピクリとアンドラスが魔術師を振り返る。

 その瞳はまるで昆虫類のように感情が見えない。

 だが、霊能者二人はその怒気を確かに感じていた。

「やべえ! 逃げろ!」

 勇美が仏心を出したが少し遅かったようだ。

 アンドラスは、ゆっくりと魔術師に近寄っていく。

 そして、魔術師の頭を啄んだ。

 脳漿がしばし姿を現し、忘れていたかのように血を噴き出した。

「大悪魔が、みんながみんなルシファーの一派って訳ではない、ってことか」

 釧灘大和は正確に事情を把握していた。

「当然 ルシファー 当方 同格」

 本質的に悪魔というものはみな同格であり、礼を失した言動をすれば術者にすら手痛いしぺ返しを浴びせる。

「さて、どうするか」

「遊戯 余興」

 興ずるかのように大悪魔は石槍を大和に打ち込む、これに対し、大和は刀を足場にし跳躍した。

「将を射んとする者!」

 そのまま石槍を飛び越え、転がるように大悪魔が跨る巨馬の足元に近づき、刀を再形成する。

 突き刺された巨馬は悲鳴をあげたようにいななき、大悪魔を振り下ろす。


 悪魔が手を振りかざすと、魔法陣が浮き上がり、巨馬はそのなかに消えていった。

「驚嘆 勇者 名前 所望」

「釧灘大和」

 いうや否や大和は大悪魔に切りかかる。

 それに対し、大悪魔も石槍を振りかざす。

 轟音が天地を割くかのようだ。

 石槍を凄まじい速度で振り回す大悪魔の膂力も、それを弾き飛ばす釧灘大和の膂力も、既存の物理法則を無視している。

「あんまいちゃつくな」

 勇美が大悪魔の延髄目掛けて蹴りを放つ。

 まともに食らい、烏姿の大天使がたたらを踏む。

「驚嘆 烈女 所望」

「井上勇美」

 そう言い放ち、勇美は正拳突きを繰り出す。

「悪いが、まともに相手しちゃいられないね」

 そう言って、勇美は下段突きを地面に放つ。

 魔法陣が、その一撃で吹き飛んだ。

 瞬間世界が鏡が割れたように裂けていく。

 大悪魔の持つ力の総量が、がくりと下がった。


「成程、早計」

 大悪魔が、ぼんやりと消えていく。

「楽しい 時間だった 強敵よ」

 そう言い残し、悪魔は去っていった。


 そう言い残し、悪魔は短い時間の戦いに満足したように消えていった。

 

「普通にしゃべるんじゃん」

「何だろう」

「緊急の術式で上手く意思疎通ができなかったんだな」

 説明をしながら、キョウゲンがふらりと現れた。

「結局全滅か、まあしゃあなしかな」

「しゃあないで済ませられる惨状じゃないですが」

「起きたこと、終わったことだ。南無阿弥陀仏」

 じゃらりと数珠を鳴らし、彼はひとしきり祈った後、言葉を放つ。

「悪魔に関わってれば、こんなことはザラにある。それでも続けるか?」

 その言葉に対し、二人は惨状を見渡す。

 多くの死体、そこには自分達よりも年下と思しきものもある。

「逃げるのはやめにした」

「売られた喧嘩を買うだけだ」

 そう言いながらも、彼らの内には確かに義憤があった。

「そうか、そいつは結構」

 彼は愉快そうに笑い、身を翻した。


 血塗られた教会を出て、しばらく歩いた所で、井上勇美は急に物陰へ向かって走り出した。

 そのまま嘔吐する音が聞こえてくる。

 興元はポリポリと頭を掻いた。

「大丈夫かよおい、君の彼女は」

 その問いに、大和は言葉を選びながら言う。

「多分、彼女は吐きそうになりながら、ほんとうは泣きそうになりながら、戦ってるんだと思います」

 それでも、死者を冒涜せぬようにこみ上げる吐き気を抑えていた。その在り方を美しいと釧灘大和は考える。

 彼はふらりと歩いて行き、ポケットから水筒を取り出し、彼女に差し出した。

 勇美は、細目で彼を見上げる。

「……みんなよ」

 構わず、大和は勇美の背中をさする。

 その在り方が美しい。

 当たり前の感性を持ちながら、それでも戦い続ける様が美しい。

 それは吐物に塗れてなお汚れぬものだ。


 この世に正義はないが、愛はある。

 悪魔よ、照覧せよ。人の生き様を。

 彼女の有り様を。

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