井上勇美は暴力的ではない

 むくれている。

 さっきから妙な空気だ。

 その原因はキルケを名乗る紫髪の白人女性。

「何でこんなことしたんだ」

 興元がキルケに尋ねる。

「だって、貴方達急にケンカしようとするから。

貴方達がぶつかったら私吹き飛んじゃう」

「ああ、そりゃ悪かったが、嫁入り前の女性が」

「既婚者の方が問題でしょ?」

「そういう問題じゃない」

 興元とキルケはやいやいと言い争っている。

 一方、大和と勇美の間には、気不味い沈黙が流れていた。

「な、なんか機嫌悪いな」

「……」

「その、別にわざとってわけじゃ、咄嗟で」

 大和はしどろもどろになって言い訳をする。

「別に、私とあんたは彼氏彼女じゃないんだから、言い訳しないでいいよ」

 だったら何で怒ってるんだと言おうとしたが、咄嗟に口を噤んだ。

「と、とにかく、魔術師のことだろ。人数は分かってるんですか?」

「5人だな。はっきり言って、たいした連中じゃない」

 これから井上勇美と釧灘大和が試されるのはそんなことではなく。

「お前ら、人を殺すないし、無力化できるか?」

「……悪魔の力を持った人間を無力化はできるけど」

 勇美は憮然と答える。

「……魔術師ってのは、因果なものでね。まずは朝の沐浴から始まるの」

 キルケが妖艶な笑みを浮かべながら答える。

「特殊な薬や儀式で少しずつ少しずつ、体を異界へと近づけるの、

即席の悪魔が与えた能力者みたいに霊能者が吹き飛ばしてはい終わりとはいかないわ」


「井上勇美の『神武不殺』は魔術師にも通じるか、もしくは殺せるか。

上が知りたいのはそこだろう」


 興元は大和を見る。

「ああ、お前は心配されてないぞ。ヤクザ殺しの小学生」

「……さっきから嫌に突っかかってきますが、もしかして勇美のこと好きなんですか?」

 大和は怪訝そうに興元を見る。勇美が通っている空手道場の勇美ファンの対応と少し似ている気がしたからだ。

 だが、興元はキョトンとしたあと、笑う。

「この子の兄貴は俺のダチなんだよ。知らん仲じゃないし、悪い虫が付いてないか気になるじゃないか」

「……そういうことなら、まあ」

「てか何、やっぱ付き合ってんの?」

「いえ、そういう訳では」

 ふうん、と興元が言ったところで、車は山道に入った。

 その途端、ぞくりとした感触が4人を襲った。

「何か、嫌な感じ」

 勇美が言うと、興元は舌打ちする。

「どうやら情報通りモグリだな。霊能者相手に大規模術式を使おうとするとは」

 興元は合図し、車を止めさせる。


 四人は車外に降り立った。

「俺達二人はここで車を守ってる。これはテストだ」

 キルケは煌く石を二人に渡した。

 そして鏡を取り出すとそこには二人の姿が上空から俯瞰する形で写っていた。

 大和は上を見るも、カメラらしきものは何もない。

「監視のルーン。作るの大変だから失くさないでね」

「んじゃ、早めに頼むわ。……お?」

 上空を見上げると、直径10メートルはあろうかという大岩が降ってきた。

「まあ、こんな風に、自然物を投げられるのが一番対処に困るな」

「言ってる場合」

テラム 隆起せよトゥビーレー 上方にスープラ

 キルケが多重にエコーがかかった声で喋った。

 すると、まわりの土くれが巨大な砦のように隆起し、大岩を受け止めた。

 すかさず、井上勇美が正拳突きをする。

 不可視の衝撃が前方に竜巻のように飛んで行った。

「よし、仕留めたな」

 興元は呑気に言う。

「んじゃ、行って運んできてくれ。ここまで運んでくれば処遇はどうにかする」

 そういって、興元は隆起した土砂に座った。

「一緒に行けばいいじゃないですか」

「試験だって言ったろ。正確に言えば実地研修だが」

「この縄で縛ってきて。縛られると魔術を使えなくなるから」

 大和に黄金でできたかのような輝く縄が渡される。

 二人は怪訝な顔をしつつも、衝撃をした方に向かった。

 

「いいの? 向かわせちゃって。きっと」

「ああ、あれを見せたかったからな。それを見て潰れるのならその方がいい」

「……悪趣味ね」

「悪趣味なのは俺か、この世か、だな」


 大和と勇美が山道を登っていく。

 慣れていないものにとってはかなりの急斜面のはずだが、二人に戸惑う様子はない

 そうしていると、石造りの建物が見えた。

 それはパッと見ると普通の教会のように見える。

「といっても、もう全滅してるぜ」

「……」

 大和は勇美の意見にもしかめ面を隠さない。

 大和は先頭に立ち、扉を開けると、すぐに閉めた。

「? どうしたの」

「井上、ここは俺に任せてくれないか」

 そう言うと、大和の頬はぺちんと音を立てた。

「……ルシファーとの闘いは、私の戦いでもある」

「……けど」

「分かるよ、これが血の匂いだってことも、大体想像がつくんだ。

けれど、目を背けてばかりもいられない」

 勇美はそこで言葉を切った。

「逃げるのを止めたのはアンタだけじゃない」

 そういって、勇美は扉を開けた。

 

 そこに広がっていたのは、血だまりで描かれた魔法陣だった。

 散乱しているのは、内臓を抜かれた死体の山。

 幾何学模様を描かれるために何十人もの人が殺されている事実。

 それをなした人の、悪意。

 それらを見てなお、目を反らさずに、倒れ伏す男達を見つめる彼女の瞳は、


 何よりも守る価値があるものだ。

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