授業

 人通りの少ない住宅街で黒炎と蒼炎がぶつかり合う。

 神殺しの放つ火は熱量を持たず、純粋な衝撃として放たれる。

 その衝撃を感じるのは井上勇美だけである。

(大和が、押し負ける)

 大悪魔であるフルフルすら脅威とみなした一撃を事もなげにはじき返した蒼炎に思わず戦慄する。

 興元は溜息をついて話しかける。

「あのなあ、クシナダ君。まずは炎を身に纏え。じゃねえと」

 言った途端、大和の体は宙を舞った。

 先程と同じように、蒼い炎で形作られた掌に摘まれる。

「こうやって転落死だ。わかったら勇美ちゃんみたいに身を守れ

 これができないと魔術士に浮かばされてジ・エンドだ」 

「魔術師?」

「ああ、理を外れたもの、俺達を天敵とするものたちだ」

 興元はなおも言葉を続ける。

「ルシファーを倒す? 奴は数千年を生きた大悪魔だぞ?

 たかだか俺程度に苦戦しているようで倒せるわけがないだろう」


 そう彼がため息をつくと、ズバンという音が脳内に響く。

 見ると、釧灘大和が蒼い炎を切り裂いていた。

「ルシファーは俺が倒します。それだけは変わらない」

 くるりと身を翻し、大和は数メートル下に着地する。

 その体には黒い炎が確かにまとわりついていた。

「何でだ?」

 大和の決意に、興元は重ねて問う。

「父の、仇なんです」


「それだけか?」


「不足ですか?」

「不足だね。恨みは俺達にとって最も弱い感情だ。」

 俺達というのが霊能者にとってのことか、人間全体にとってのことか。

「東京に来たら俺がぶち殺してやる。それじゃダメなのか」

 ルシファーを格上と見なしながらも、興元は決心を持って担保する。

「あんたが俺より強いのは……わかります。けど、もう嫌なんです。

 震えながら、逃げ回って、また周りの誰かが傷ついてなんてのは」

 大和は十センチ以上高い男の瞳を見上げて、それでも言い放った。

 興元はチラリと井上勇美の方を見る。

「私は、とっとと一発ぶん殴りたいってのが本音ですかね。

 逃げるのは、同じく性にあわないので」

 興元は、しばし黙考し、頷いた。

「まあ、恐怖と怒りなら、恨みよりはマシな感情か」

 そう言って踵を返す。

「丁度明日は土曜日だろ、とっとと来い」

「……何を」

「かつてルシファーがフルフルを介して干渉していた組織、金星教団。

 そいつらはお前らを誘拐しようとした所からボロが出て、各支部で一斉に検挙されている。

 そこまでは知ってるな」

 二人は頷く、井上雄大から聞いた通りだ。

「そいつらの中に何人か魔術師がいるみたいでな、本来なら内閣情報調査室の斎藤さんがやるところだが、

お前さんらにお鉢が回ってきた。上からは『使えるかどうか試せ』だとさ」

「それって」

「ああ、合格だよ。とっとと潰しにいくぞ」

「どこへ」

「岐阜だ」


「名古屋と岐阜って、近いんだな」

「ええ、電車で30分位でつくので」

 ミニバスに乗って高速道路を用いて向かう。

 4人向かい合っての席に、窓側を興元、紫髪の女性。

 通路側を大和、勇美が座る。

 同性同士で隣になる格好だ。

「うまいな、ます寿司」

「名古屋名物ではないんですね」

 ます寿司をみながら、思いついたように大和と勇美に問いかける。

「例えば、俺達の住んでいる世界をシャリ、悪魔達を箱だとする。

 俺達霊能者、神殺しは笹、魔術師はマスだ」

「……俺達の方が、悪魔に近いってこと? ですか」

「そういうことだ。魔術師の目的ってのは多々あるが、大概は悪魔絡みのパワーを手に入れようとしたり、そこのキルケみたいに金や生活のためだったりだな」

「人を俗物みたいにいわないでくれる?」

 そう問われ、キルケと呼ばれた紫髪の白人女性は反論する。

「私は全うに現代社会の中で生きて、正当な報酬を得ているだけでしょ?」

「この人は? 魔術師」

「そういうことだ。日本政府にやとわれていて、俺のボディガードも努めている」

「そして興元は私のボディガードでもある」

「悪魔は魔術師などの異能に強く、異能は銃に強く、銃は神殺しに強く、神殺しは悪魔に強いからな」

 悪魔は人間を支配し、神殺しを攻撃しようとする。

 同じように魔術師は悪魔に対して弱い。

「何でですか?」

「魔術の最高峰が、オーディンの使った十八の魔術と、大悪魔の召喚だからな。基本的には神とか大悪魔より弱い。

 最も例外はあるけどな」

「そういう魔術師や、悪魔の力を受け取った者を総称して異能者と呼ぶわ。

後者の方は、あなた達も馴染み深いでしょ?」

 そう言って、女魔術師は笑った。

「まあ、そうっすね」

 しばし、藤堂は食事に専念しはじめた。

 大和は目を閉じ、集中力を高めた。

 勇美はキルケと他愛のない話をする。

「キルケさんって日本語上手ですね」

「ありがと、一応英語教師ってことでいいのかしらね。

キョウゲンの学校で先生やってるわ」

「おお、それで日本語がうまいんですね」

 二人はにこやかに話し始める。

「なあ、勇美ちゃん。東京に戻んないか」

 弁当を食べ終わった興元は不意に話始めた。

 その表情は真剣だ。

 大和は思わず目を開く。

「……別に、その予定はないですね」

「検討してくれ、あいつだって心配している」

「兄さんは、関係ないです」

「でもな」

「私は」


「あの人たちの母親を、奪ってしまうところだったんですよ」


 そう言ったきり、勇美は黙る。

「あの、それって、どういうこと」

 釧灘大和の問に井上勇美は答えない。

 大和と勇美は小学校2年生からの中である。

 裏を返せば、それ以前は知らないということだ。

 何故、東京から来て、従兄である雄大と一緒に暮らしているのか。

 両親とは、兄弟とは。

 そもそも、兄がいたことすら初めて知った。

「お前さん。知らないのか」

 興元は意外そうに言う。

「じゃあ、俺が言う筋合いはないな」

「何を」

 そう言って、険悪な空気が車内に広がった時。

「釧灘大和君」

「……何ですか?」

 キルケがそっと大和の手を取り、

「「「へ……?」」」

 自身の胸に、押し当てた。

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