魔術師

藤堂興元

 いつの時代も、学生にとって一番大事な時間は昼休みだと相場は決まっている。

 穏やかな陽気の教室は、クラスメイトの話声で騒がしい。

「いさみんってさあ、昔東京いたんだよねえ」

「ん、あ、ああ」

 赤羽陽美香あかばねひみかは、木漏れ日のような輝きの金色の髪を掻き上げながら言う。

 手元には、小さな掌に収まるサイズの弁当箱が2つ、桜でんぷの塗されたご飯とアスパラガスの肉巻きを中心としたおかずの入った弁当。

 井上勇美いさみは、それに対し、あまり歯切れのよくない調子で返す。

 生姜焼き丼とから揚げを中心とした、男子高校生のような弁当が手元にある。

「どんな感じ? 東京って?」

「うーん、私も小学校二年生までだからなあ。いたのは」

「でもさあ、華やかな感じなんでしょ?」

「東京って言っても下町の方だよ」

「ふーん、何でこっちに来たんだっけ」

「……うん、ちょっとね」

 そう言われ、陽美香は慌てて話を変える。

「そっか、そういえば昨日のテレビでさあ、半グレの人たちが捕まったって話が」

 こういう所が、陽美香の良いところだと勇美は思う。

 しかし昨日はハードだった。

 ボウガンで狙撃され、牛鬼と戦い、帰った時は夜の9時。

 そこから実況見分やら調書の作成やらで、結局日をまたいでしまったから。

 ふと、勇美が陽美香の方を見ると、彼女は怪訝な目で勇美の弁当と、窓際で野球部の海堂と昼食をとる大和の弁当を見比べていた。

「ねえ、何でクシヤマとお弁当の内容ほとんど一緒なの?」

 その一言によって騒がしかった教室の空気がピタリと止まる。

「ま、まじか、等々」

 海堂が言う。

「ま、まって井上さんやめてよ」

「クラスのイケメン代表が二人でくっつくとかやめてよ」

「喧嘩売ってる?」

 クラスメイトの阿鼻叫喚に似た叫びに対し井上勇美は聞き返す。

 女性にとってイケメンは誉め言葉ではない。

「まじかよ釧灘。我が中学がほこる剛力を持つ羅刹と付き合うのか」

 海堂は大和に尋ねる。

「違うけど。仮に付き合ってたとして人の彼女ゴリラ呼ばわりするかね?」

 大和はとりあえず指摘した。

「あと、こんな美人なゴリラいるかね」

「良く分かってるわねクシヤマ、チビの割に」

 陽美香が立ち上がりポンポンと大和の頭を叩く。

「……チビじゃねえよ」

 実際大和の身長は平均よりも高い。

 陽美香の身長も160センチ程であり、言われる筋合いはない。

「で、何で一緒のお弁当なの? 手作り弁当?」

「もう食べた」

「い、いつのまに」

 作戦、とっとと食べて証拠隠滅を使った。

 実際昨日は勇美の家に泊まりになったので、バレると不味い。

 その後お握りを5つ程取り出した。

「それは?」

「弁当だ」

「さっき食べ終わったばっかなのに!?」

 作戦2、特技の早食いで誤魔化す。


「いや、誤魔かされるか!」


 なおも追及されるものの、はぐらかしているうちに、昼休みが終わった。

 


 いつもの帰り道、釧灘大和と井上勇美は妙に浮ついた状態でいた。

 少し、距離感を測りかねている。

 互いに憎からず思っているが、付き合ってるかといわれると、そうでもない。

 そういうのは、もっと命の危険とか、そういうのがない人が言うものだろう。

 そうなった時は、勇美と、大和と。

 思考がそんな方向に行った時、シャンという金属音が耳に響いた。

「大きくなったな、勇美ちゃん」

 そこにいたのは、茶髪の少年だった。

 身長は170センチ台後半といったところだろうか。

 ピアスに指輪といった装飾品は、何故か着ている袈裟装束けさしょうぞくによって相殺されている。

「いや、あなたこそでしょ、キョウゲンさん」

 この人が関東守護の霊能者、藤堂興元。

 アマテラスが言及していた、自分より格上の霊能者。

 井上勇美もそうだが、強い霊能者はどこか落ち着いた雰囲気を醸し出しているものなのか。

 袈裟装束に茶髪にピアスと、不良坊主にしか見えぬのに、どこか静謐な空気を感じる。

 それこそ何年も修行を積んだ僧侶と言われても納得してしまいそうな程に。

 そこまで思考した所で、大和と興元の視線が絡み合う。

 大和が興元を値踏みしたように、興元も大和を測っている。

 その視線はどこか険を含んでいるようにも感じる。

「やっぱり、危ういな」

 ぼそりと興元が呟くと、興元の足元から蒼い炎がまき起こる。

 それがふわりと巻き起こったかと思うと、大和の体がいきなり空中を舞った。

 2階建ての住宅ほどの高さに体が移動し、驚いて声を上げる。

「ちょっ! うおおお!!」

 大和はそれでも黒刀を右手から出し、自身を持ち上げるナニかを思いっきり切り付けた。

「右手!?」

 それは巨大な掌だった。

 大きさにしておよそ3メートルはあろうかという右掌が大和をつまみ上げていたのだ。

 そのまま自由落下する大和は、着地しようとするが、左掌に待ち構えていたように受け止められる。

(これは……何だ!?)

 井上勇美は自身を纏うオーラ。

 釧灘大和は刀の形をした炎。

「自身に最適な武装を形作るタイプか、黄桜と同じだな」

 興元はのんびりとした調子で話す。

「武装型は基本的にピーキーな性能のパターンが多いが、こいつ重症だな」

「ちょッと! キョウゲンさん!」

 興元は、しゃんと錫杖を鳴らす。

「ちょっと鍛えてやるだけだよ」

 そう笑って興元は蒼い炎を巻き上げ、大和に向けて解き放った。

 大和は黒刀を振りかぶり、衝撃波を藤堂に向けて放つ。

 蒼い炎と黒い炎が逆巻いてぶつかり合った。

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