修練

 クッキーを食べながら、井上勇美と釧灘大和、井上雄大は話をはじめた。

「いきなりボウガンねえ」

 井上雄大は大和の倍はある大きさの手でクッキーをつまむ。

 その仕草はどこか鮭を食らうヒグマを連想させる荒々しさだ。

「だが深追いしなくて正解だ。どうなるか分かったもんじゃない」

「狙われたのは勇美だけど」

「地の果てまで追って抉れそんなやつ」

 言ってることが先ほどと180度違う。

「ボウガンくらいキャッチしろキャッチ」

「無理ですよ。無茶苦茶速かったですもん」

「あれを素手でキャッチとか人間業じゃないよにいさん」

 勇美がクッキーを口に運びながら、声をかける。

「ああ、そりゃそうか、お前らまだ中学生だもんな」

「別に成人ならできるってものでは……」

 大和が言おうとした時、雄大は遮った。

「お前ら、危ないことしようとしてないか」

そう言われ、大和と勇美がピクリとする。

「やっぱな、わかんだよ。子どもの考えてることは」

「……アマテラスに言われたんだ」

 大和達は説明した。逃げることは止めて、自分達の力を日本政府に示すことを。

 そうして、ルシファー討伐のための下地を作る。

 そのために、牛鬼を狩る。

「牛鬼。日本最強の妖怪じゃねえか」

「どのみち、名古屋に来てるんなら俺達が相手をしなきゃならないだろ」

「まあ、悪魔フルフルを倒したお前達だ。化け物相手なら安心しているが。お決まりのように奴ら正面から相手しないだろ」

「……それは」

「ひとまず、ボウガン遣いの情報が出るまでは待て。空手に先手なしとは言うが、今この状況は既に後手だ」

「それはそうだ」

 そこで、大和は時計を見た。

「今日、道場には行けないんで電話してきます。適当に寛いでてください」

「何だみずくさい。車で来たんだ、警護がてら送っていくよ。ついでに水上さんに連絡するか」

「……何を?」

「たまには勇美に空手を教えてやるよ。場所だけかりよう」

 勇美の顔が、少し蒼くなった。


 道場で、50絡みの男が弓を取っていた。

 背は180センチ程、弓を引き絞るその姿は一切の淀みがない。

 優れた体幹と技術を持つと想像できる人物だ。

 相対するは、怜悧な美貌を持つ骨格の太い少年、釧灘大和だ。

 その後ろにはわらで出来た人形が立っている。

 男が放った矢を、少年は掴もうとする。

 勿論、矢には安全なよう矢先に布が覆われている。

 矢は、藁人形の腹を布ごと刺し貫いた。

「ほら掴め掴め」

「いや待ってください。この布全く意味ないですよね」

「キャッチすりゃいいんだ。それに安全の為の布だ」

「いやだからその布を思いっきり貫いてるんですって」

 そこで初老の男、この水地流道場の師範である水上龍誠はため息をつく。

「あのね、藁人形が君の愛しの勇美ちゃんだったら、今頃矢で貫かれてるわけだよ。重く捉えて欲しいね」

 その指摘に大和の言葉が詰まる。

「今後同じようなことがあった時、動けないんじゃいけないからな」


「そら、愛しの勇美ちゃん。とっとと突いてこい」

 170センチを超える長身である勇美は、その体を九の字にして蹲っている。

 それでも立ち上がり、突きをする。

「チェストォ!!」

 その手を、雄大は受けた、それだけで勇美の腕は内出血を起こし鋭い痛みが襲う。

「何度いったら分かる! 起こりを消せ! 俺に兆候を気取られてるから受けられるんだ!」

「押忍!」

 勇美が突く。

「押忍!」

「気合が足りん!」

「押忍!!」

 また腕が叩き落された。雄大の腕力はパンチを防御するだけでその腕を折ることが可能。

 まさしく達人と呼ぶに相応しい相手に、勇美は愚直に突きを繰り出す。

 

「お、ヒントを与えてくれてるぞ。もう一回」

 水上はまた矢を引き絞る。

 起こりを察する。

 矢の放つ瞬間の、一瞬の緊張を察する。

 集中する。

 指に、その指を動かす腕の筋肉に、

 察しる。

 そして、掴んだ。


 起こりを無くす。

 全身の一致。

 突きを撃つときには、すでに全身が無数の動きを一つにする。

 無数を一致させる。

 



「「やればできるじゃないの」」

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