襲撃

 学校からの帰り道、アマテラスから受け取った御守りを手で玩びながら、二人並んで歩いていく。

 アマテラスは日本の主神であり、その能力は日本国内であれば無敵に近い。そして太陽だけでなく、軍神としての一面もある。

「本当に効果あるのかな」

「日本の最高神が詐欺はしないさ」

 大和の疑問に対して勇美が答える。

「アマテラスはこの国の中でなら運命を捻じ曲げるほどの利益(りやく)を与えられるらしいからな。

 一度だけ銃弾を弾く位なら容易いだろう」

 勇美は御守りを首からぶら下げた。

 二人の前に、一台の車が止まった。その後部座席の窓が下がり、何かを突きつけられた。

 ボウガン。

 それに気づき、大和が袖口から針のようなものを取り出すまでの時間は、矢が発射されるには十分すぎた。

 大和は勇美の前に一歩で踏み出した。

 矢が物理法則を無視して捻じ曲がり、あらぬ方向へ飛び去るのと、御守りが燃え尽きるのと、狙撃手の悲鳴が響くのは同時だった。

 日本古武道において、武芸十八般という言葉がある。

 諸流派において違いはあれど、武人がおさめるべき武術十八目を呼称する。

 櫛灘大和は剣術だけでなく、槍術、鎖鎌術、そして手裏剣術についても師匠から学んでいる。

 大和の学生服の袖口には棒手裏剣が仕込まれており、すぐに取出せるようになっている。

 数多の信奉者たちから逃げおおせてきたのは、偏にこの用心深さの賜物である。

 狙撃手はボウガンを取り落とし、車が急発進する。

「ナンバーは!?」

 大和が叫んだ。

「ああ、覚えた」

 深追いはせず、赤い車を見送った。

「効いたな、思ったより」

「そうね」

 大和の袖を、勇美が引っ張った。

「その、ありがとう」

 燃えたお守りは、大和の物だった。

「私のお守り持っててよ。私のせいで」

「……せいとかいうな。怪我がなくて良かった」

 感謝されたくて、助けたわけじゃない。

「とにかく応援を呼ぼう」

 大和は、携帯を取り出し、雄大刑事に連絡をした。

 雄大刑事は井上勇美の従兄で、空手5段の腕前を持つ刑事である。

「とりあえず、一緒に大和の家にいろ。すぐ行く」

「了解した」

「勇美に代わってくれ」

 雄大と勇美は何度かやりとりをして、勇美の顔が少し紅潮した。

「何かあった?」

「いや、別に。ところで、何かお礼させてくれよ」

 お礼と言われ、大和は困ってしまった。

 今日は道場に行って、その後はプロテイン入りクッキーでも作ろうと思っていたから。

 そこまでかんがえて、大和はある考えが浮かぶ。

「レシピも材料もあるから、クッキーをつくってくれないか」

 そのみち今日は、道場にいる暇はないし、あちらがその木なら、武装を整えねばならないのだ。


 ゴリゴリと、すり鉢で木ノ実をすりつぶしながら、大和は考える。

(井上勇美が、俺の家にいる)

 ゴリゴリと、草をすりつぶしながら、大和は考える。

(あの、井上勇美が、俺のために、クッキーを作る)

 はっきり言って、櫛灘大和は井上勇美に好意を抱いている。

 好きな子が家にいる。

 ただ、それだけのことで、自分の家が家でない気がする。

 ゴリゴリと、魚の肝をすりつぶしながら、大和は考える。

 あとはこれに棒手裏剣を漬けおくことで、毒針の完成だ。

 毒針を作りながらも、大和はにやける顔が止められなかった。

 

 オートミール。300グラム。

 小麦粉、蜂蜜、牛乳、オリーブ油。

 アクセントにバナナ。すり潰す。

 ボーイッシュな出で立ちの勇美だが、エプロンを着て材料を混ぜ合わせる姿は、確かに女子だった。

「忘れてた」

 ホエイプロテインを大量に加え、その空間の女子力を一気に低減させる。

 大和のために、クッキーを作る。

 それがお礼になると、大和は言う。

 それがどういう意味を伴うかをわからないほど、勇美は鈍くない。

 いや、あれだけ嬉しそうにしていたらわかるんだけど。

 ただ、何となく嬉しくて、勇美は材料をかきまぜた。

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