第4話:頭のおかしなヴァンパイアだと思ていたけど……
「お腹空いた……」
三十分ほど経ち、ようやく少しだけ落ち着いてきたありすは激しい空腹に襲われていた。
だがご飯を食べに行けば絶対にディアンと鉢合わせになってしまう。そうなればどうなるのかなんて、ありす自身にもよくわかっていた。
だから―――
『お風呂入って寝よ』
ありすは誰にも出会わなくても行ける、風呂場へと足を進めた。
*******************
ありすは風呂に入ることが大好きだった。浴槽に体を浸からせると一日の疲れは、お湯に溶け込むように消えていくし、身体を清潔にすることで内面まで綺麗になっているように感じるから。
そしてなにより自分だけの空間でくつろぐことが出来る。誰にも邪魔されず、名一杯、羽を伸ばすことが出来る―――はずだった。
なのに、なのに何故―――
「なに入ってきてんのよ!変態!」
ありすは桶を手に取り全力でディアンに投げつけると、桶はディアンが扉を閉めたため弾かれた。
風呂場には桶の落ちた音だけが響いていた。
********************
数分前
『そういえば……』
脱衣室で服を脱ごうとした時に、ありすは自分の服装が今日着ていた服ではないことに気が付いた。
『ママが変えてくれたのかな』
母に対する感謝と同時に、ありすはディアンにゴミの山に突っ込まされたことを思い出した。ゴミに突っ込んだのだ、臭いが酷かったのだろう。
嫌なことを思い出してしまったありすは頭を振り、記憶の片隅へとそれを追いやるとパパッと服を脱ぎ捨て風呂場へ入った。
そしてお湯で身体を流し、湯船に浸かろうとした時―――ガラガラと背後で扉が開く音がした。
まさか、とありすが思い振り返ると―――
「「・・・」」
全裸のディアンが突っ立っていた。
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時は戻り現在
『最悪最悪最悪最悪最悪最悪。見られた。絶対に見られた』
湯船に飛び込んだありすは体育座りをして、全身をできるだけ小さくしていた。
親や弟ならいざ知らず、見ず知らずの変人に裸を見られた。
のぼせてもいないのに、恥ずかしさのあまりありすは耳の裏まで真っ赤になっていた。
そんなありすに対して、ディアンは羞恥心というものが無いのではないかというほど堂々としていた。
「風呂に入るなら言っていけ、気付かんだろうが。お陰で見たくもないものを見てしまった」
「なっ―――」
浴槽から飛び出しそうになったが、ありすは直ぐ様状況を思い出し身体を沈めた。
「乙女の裸を見ておいて……どういう神経してたらそんな事が言えるのよ!」
「誰が小娘の裸体に興味なんか湧くか。そんな寸胴に欲情するほと腐ってねーよ」
『コイツ……』
「風呂から出たら言いにこい。ったく手間のかかる」
「居候のくせに何様だ」とか色々と言ってやりたかったが、ありすが口に出す前にディアンは帰っていった。
「
残されたありすは一人怒りを叫んでいた。
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風呂から上がったありすが、風呂から上がった報告ではなく文句を言いに行くと、そこにディアンの姿はなく寝転がって携帯ゲームをしている優斗の姿しかなかった。
「優斗、あの吸血鬼は?」
「ディアンさん?あー散歩してくるとか言ってたような」
『あんのクソ吸血鬼!』
「言いにこい」と言ったくせに何故いないのか。
不満が募る一方のありすは、お茶を一杯飲み干すとディアンを探しに外へと向かった。
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「お~」
外へ出ると冬の冷たい風が体に打ち付けた。
まだ風呂での熱が残っていたため、打ち付ける風は気持ち良かった。だがのんびりしているとたちまち冷めてしまうため、ありすは急いでディアンを探した。
「どこに行ったのよ。まったく……」
探し始めて数分。ありすは自分の行いに後悔していた。
先ず、防寒具を何もつけてこなかったこと。冬の夜の寒さを考えず寝間着で出てきたありすの体温は一瞬にして奪われ、身体を震わしていた。
というかそもそも何故探しに出たのか、という疑問が頭に浮かんでいた。
「あれもこれも全部アイツのせいだ。あーもう、なんて私は優しいんだろうなぁ!」
愚痴を言い、身体を擦りながら歩いていると、不意にどこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
それは数時間前、あの男と出会った際に聞いた化物の声とよく似ていて―――
ありすは走っていた。
逃げるためではない。助けるために。
誰かが襲われているかもしれない。そう考えると、いてもたってもいられなかった。
『声の位置からしてそう遠くじゃないはず』
ありすが角を曲がるとそこには―――
「―――!ナイスタイミングだ小娘」
ディアンとその後ろの電柱にサラリーマンの男が怯え隠れていた。
そしてその二人の目の前には、三匹のガーゴイルが今にも飛び掛かりそうな体勢で構えていた。
「なんでここに―――」
「「「ギャギャッ、ギャギャギャギャギャ!」」」
ありすの姿を見たガーゴイルたちは、急に喜び出すとありす目掛けて襲い掛かった。
「えッ―――」
三匹のガーゴイルの爪と牙がありすの身体を引き裂いたかに見えた。だがそこにありすの姿はなく―――
ありすはディアンに抱えられ空を飛んでいた。
「来るか」
人生二度目の生身飛行にありすが驚く暇もなく、地上にいるガーゴイルたちが翼を広げ飛んできた。
「行くぞ」
「どこへェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」
ディアンは短く告げると、物凄い速度で飛行し始めた。
そしてディアンと同じ飛んでいるガーゴイルたちも、ディアンとありすを追うように気味の悪い声を発しながら飛行した。
「ふむ」
ガーゴイルたちに追われながら飛んでいるディアンは、土管の置いてある某ネコ型ロボットアニメに出てきそうな空き地を見つけると、そこへ降り立った。
「さ……寒い……」
「小娘」
「な……なな何?」
「血を寄越せ」
「は?」
ありすは目が点になった。だがそれも一瞬、すぐにディアンの意図を理解した。
「そうすればあの化物を倒せるの?」
「当たり前だろ」
ディアンの返事を聞いたありすは躊躇うことなく袖を捲り、ディアンの前に差し出した。
「やるなら早くして!寒いんだから!」
「いい度胸してるぜ。まったく」
ディアンは小さく微笑むとありすの腕に噛み付いた。
「イッ―――たくない……」
ありすの腕にはディアンの鋭い犬歯が刺さっている。なのに針で軽く刺された程度の痛みしかなかった。
それに、ディアンが口を離すと噛み付かれたはずの場所に穴は空いていなかった。
「小娘、そこの土管の中にでも隠れていろ。来るぞ」
「えっ?」
ありすが空に目をやると、一匹のガーゴイルがありす目掛けて急降下してきていた。
「―――ッ」
隠れろと言われてもそんな時間があるはずもなく、ありすはとっさに腕で顔を守った。
だがその必要はなかった。
ありすの顔の前で衝突音が聞こえ、ゆっくりと腕をどけるとありすの目の前でディアンがガーゴイルの頭を鷲掴みにしていたのである。
「さっさと隠れていろ」
「えっ……あ……うん」
暴れるガーゴイルをいとも簡単に掴んでいるディアンの言葉に、ありすは素直に従った。
ディアンはありすが隠れるのを待った後、地に降り警戒した様子をみせている二匹のガーゴイルに対して、鷲掴みにしているガーゴイルを投げつけた。
「小娘、よく見ておけ。これがヴァンパイアの力だ」
背後の土管に隠れているありすに告げると、ディアンは歯を使い親指の腹を切った。
親指から血が滲み出ると、その血がまるで意思を持っているかのように動き出した。
そして血はうごめくたびに量を増すと、身の丈ほどある巨大な血の鎌へと変貌した。
「かかってこい」
「「「グギャァ!」」」
ディアンが挑発するように手を動かすと、三匹のガーゴイルは三方向から襲い掛かった。
そして次の瞬間、ガーゴイルたちは絶命していた。
ありすには何が起きていたのかわからなかった。ただディアンが血の鎌を使いガーゴイルたちを切り裂いたという事実以外は。
「……帰るぞ」
ディアンが血の鎌を投げ捨てると、鎌の形は崩れ先ほどまであった大量の血もなくなり少量の血だけが地面に付着した。
「ねぇ、あの男の人が襲われてるって気付いたから助けに行ったの?まさか私の時も」
安全を確認し、出てきたありすの言葉にディアンは一瞬遅れて反応した。
「そんなわけないだろ。偶然だ偶然。散歩してたら見つけただけだ。そんなことより寒いんだ、さっさと帰るぞ」
「ふーん。ねぇこの化物、このままほっておいていいの?」
ありすが指差す先には、首と胴体が離れていたり、上半身と下半身が離れているガーゴイルの死体があった。
ありすはこの光景をみても何とも感じなかったが、もし他の人が見れば殺人現場と間違えることもあるかもしれない。そんな心配をしての質問だったが―――
「大丈夫だ。ヨグドスは日に弱い。日に当たれば塵になる」
「へぇ~」
「ほら行くぞ、早く掴まれ」
「はいはい」
ありすがディアンに掴まるとディアンは翼を広げ、家へと飛んでいった。
家に帰る途中、勘違いをしていたのかもしれないとありすは思った。口は悪いし、野蛮で自分勝手なヤツだけど他人のために動くことが出来る優しさを持った吸血鬼なのだと。
「まぁ、仕方ないから暫くは
「何だって?もっと大きな声で喋れ!聞こえん!」
「お風呂のことは許してあげるって言ってるの!」
何が
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