ニジヨミ

あんちゅー

渡る

 雨が降る。


 空は曇り、傘をさす人達の肩を、または横殴りに体を濡らし、地面に水溜りを作る。


 多くの人が鬱陶しく思うだろう。

余計な荷物が増えて足取りは重く、靴が水で濡れてしまう。お気に入りの服が湿ってしまう。

 冬であれば肌寒く、夏であれば蒸し暑く。


 けれど雨は降り続ける。気の済むまで降り続ける。


 雪だったらな、と誰かが言う。


 風だったらな、と誰かが言う。


 そんなこととは知ってか知らずか、弱くなったり強くなったり、止んだり降ったりを繰り返す。


 誰のため?と僕は聞く


「みんなのためだから」


 とそう答えが返ってくる。


 誰かのためと言いながら、自分勝手に雨は降る。

 けれど、僕たちだって自分勝手だ。



 すれ違うカップルは一つの傘を2人でさす。

 

 その下が自分たちの場所であることを確か

めるように、彼らは手を繋ぎ肩を濡らす。


「寒くない?」


「ん、大丈夫」


 そう言いながら2人の時間を楽しむようにゆっくり歩いて、街を行く。


「少しだけ、君たちだけの世界になりますように」


 雨はそう言って世界の音をほんの少しだけ消していく。


 傘をささない女性は言う。


「私にはこれがちょうどいい」


 何もかもを忘れられるんだと、びしょ濡れになりながら足早に家路につく。


「それなら少しは手伝うよ」


 雨の雫達はそう言って彼女の想いを一緒に流す。

 

 部活帰りの子達がはしゃぐ。


「火照った体が気持ちいいよ」


 雨達は嬉しそうに雨足を強くする。


「それなら一緒に楽しもう」


 いつまでも上がらない雨はきっとそのためのものだから。


 疲れ切ったおじさんは曇った空に舌打ちをした。


「相変わらず鬱陶しい雨だ」


 いつかのあの日を思い出して、深く刻まれた顔の皺がもう少しだけ深くなる。


「久しぶりだね、いつぶりかな」


 それでも雨は変わらず止まない。

きっとあの日が幸せな日だと信じているから。


 負けた若者が身を乗り出して体を濡らす。


「疲れたのなら休めばいいよ」


 その雨粒が彼の背中をそっと押した。

 

 落ちていく体が地面に叩きつけられる。



 雨は上がる。


 いろいろな想いを含んだ彼らはみんなで地面に大きな水溜りを作り出す。


 水溜りから溢れた愛や、思い出、夢が空に高く高く登っていく。


 離れた場所から僕はそれを眺めている。


 色とりどりの感情達は仲良く空に登っていく。

 また、自分達の元いた場所にゆっくりゆっくり登っていく。


 僕はそれを渡るのだ。


 誰かの何かに支えられたその世界を横切りながら見て回る。


 人々は雨上がりの空を眺めて、感情に彩られた橋に目を奪われる。

 

 人の感情はどんな色にも染められる。

 世界はそれらで染まっている。


 それは光の反射で見えるようになる、いつもは気がつかない絵の具なのだ。


 雨は僕たちから拭っていく。

 

 虹は拭ったものを見せてくれる。


 

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ニジヨミ あんちゅー @hisack

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