【第4章・肘井ちひろにビタミンはいらない】『私のための弔い』
話し終えると、根岸は唇を噛みしめたまま自らのつま先を見つめていた。言葉を探し、迷っているんだろう。私だって、どう声をかけていいのかわからない。
「姉ちゃん、まさかそれで納得しろっていうのか?」絞り出されたシンの声は、細かく震えていた。「あみだくじの結果に従って死んだ? 信じられるわけないだろ!」
「納得しなくても、ビビは死んだんだよな」
根岸は緊張した場にそぐわない、穏やかな口調だ。
「なんなんだよ、その態度!」
シンは激昂し、根岸に喰ってかかった。小柄なシンは、背伸びするように根岸の両肩を掴む。
「あんただったら止められたんじゃないのか、だって……」
「シン! 最後に話したのが誰かなんか関係ない。根岸は何も悪くないよ、離しなさい!」
私が止めに入ろうとするが、根岸が小さく首を横に振り、目で制してくる。
「お前の言う通り、止められたかもしれない。最後に一緒にいたのは、おれなんだから」
シンの言い分はあまりに自分勝手だ。なのに、どうして怒らないんだろう。
「根岸はあみだくじのこと知らされなかったんでしょ。仕方ないって、止められるはずないんだよ」
「姉ちゃん、そんなやつかばうのかよ。ちっとも哀しそうじゃないのにさ!」
「おれはビビと別に深い間柄じゃないんだ。驚きはしたさ、でも死を悼む立場じゃない。どんな顔していればいいかわからない」
「……くそっ!」
あまりに根岸が素直だから、シンも怒りの矛先を見失い、ただフェンスを殴るだけだった。私もどう言っていいのか、わからなくなる。根岸の言葉が寂しいのかもしれない。
先輩に対して、いくら親しくなくても同級生の死について、あまりに他人事のような態度だ。
寂しいなんて思うのが、おかしいのはわかってる。私が望んだ根岸の反応は、これだったような気もするから。
遠い人間の死を無暗に哀しむこと――私が偽善的だと信じていること――はしない、ということだ。
矛盾している。
そうして欲しかったはずなのに、そうされると寂しい、なんて。
「肘井。お前、歌詞を作れって言ったよな。おれなら、ビビの気持ちがわかるかもしれないって」
「……ん」
「はっきり言うよ。おれには、あいつが何を考えていたかなんてわからない」
「……」
根岸のすべてを投げ出す発言に、体の芯が冷たくなる。ビビ先輩と根岸を勝手に重ねていた自分の甘えに、心の底から嫌気がさした。
でも。納得いかないかった。
だってさ、そんな言い方しなくたっていいじゃん。
「お前がやりたいのは、ビビへの弔いか? 歌なんか作ったところで、そうなるか?」
「ううん。違う」私は開き直ったように強く返した。「先輩のためにどうこうしたいんじゃない。自己満足だよ」
自己満足。自分で言っていて胸が苦しくなる。
でも、それは事実だ。
「お葬式とかってそういうもんじゃない? 結局、生きている人間のためになにもかもあるんだ。先輩だって文句言えないでしょ、あみだくじなんかで死んじゃったんだもん」
「肘井……」
「僕は、先生がそんなことで死んだなんて信じないよ」
シンは頑なだった。
「クラスのやつから聞いたんだ。ビビ先生は、ずっと小説を書いて投稿してたんだって。自殺なんかしないはずだよ」
「そんなこと私だって知ってるよ。でもそう考えるしかないじゃん。どんな根拠を並べたって、死んじゃったんだ」
「……」
「第一、シンは先輩のことどれくらいわかってるの?」
「……どれくらいって」
私は卑怯だ。
先輩との約束を破ったくせに、独占欲ばかり膨らませている。
彼女が誰にも見せない一面を、私だけは知っていると思っていた。私自身が、先輩に対してだけ本音を晒していたから。
「先輩がどういう理由で死んだかなんて、どうだっていい。私は、歌を先輩に捧げたいんだ。先輩のためじゃなく、私のために」
先輩の死を知った直後は、反射的に弔いのために歌わなくては、と思った。
でも、そんな権利があるだろうか、と自分の心にブレーキをかけた。
そもそも、私に弔う資格はないんじゃないか。
私は先輩を裏切り、あのときの自分自身をも裏切ったんだから。
そんな私には、死の理由など想像することができるはずもなかった。
「……」
黙りこくった根岸が空を仰いだ。
雨がぽつぽつと降り、アスファルトを濡らした。昼間はあんなに晴れていたのに、いつの間にか空は重苦しい雲に覆われていた。今年の夏はこんな天気ばかりだ。
強く風が吹く。
私は手に持ったあみだくじの紙をさらわれてしまう。
根岸が小走りで紙を拾った。
その場で立ちどまったかと思うと、髪をしげしげと見つめ、線を指で伝っていく。紙は雨に降られ、黒いしみを次々と作っていった。
あみだの下の方――〈飛び降り自殺〉と書かれている場所だろう――を指先で弾き、じっと眺めていた。「どうしてこんなことで」という気持ちなのかもしれない。
根岸は大きくひとつ、息を吐く。
「それ、僕にも見せてください」
シンがぶっきらぼうな丁寧語で、根岸に手を伸ばした。根岸がそれに応じないことに苛立ち、「見せて下さい」と紙を強引に取ろうとした。
「離せ」
「え、ちょっと」
根岸はシンから紙を奪いかえすと。
……そのルーズリーフを、ビリビリと破いてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます