【第3章・心(シン)ちゃんはビタミンが手放せない】『潜入』
ほかに入る方法も思いつかないし、僕らは早足で先導するおっくんの後をついていく。
大学の敷地内を突っ切り、高校の校舎を目指す。学生たちにジロジロ見られているような視線を浴びつつ、僕らは事件があった校舎裏にたどり着いた。表の勝手口以外は、警備員もいなかった。
おっくんは一階の扉を指さした。
「あそこ見ろ。現代文の準備室なんだけどな」
「あいてるの?」
「前から鍵壊れてんだよ。だけど直されてないんだ。どうせ誰も入らないって思ってるんだろうな」
おっくんの言う通り、その扉に鍵はかかっていなかった。埃くさい準備室を抜け、用務員の休憩所前にたどり着く。一段上がった畳の間で、テレビを見てる用務員の老人がいた。
「ここだ」
おっくんは声をひそめ、部屋の脇のスチール扉の小さな鍵入れを開け、屋上の鍵をパッと取った。
「っしゃ、順調だな」
僕らは身をかがめ、薄暗い、陽が傾いて濃いオレンジにそまる廊下を歩く。騒ぎらしい騒ぎは今のところ起きてない。
なんでもかんでも、おっくんの思い通りに進み過ぎちゃいないか?
「ね、おっくん。やたら忍びこむの手慣れてない?」と僕は尋ねた。
「……知りたいか、理由」
「いや、そんなもったいつけられると逆にどうでもよくなるっていうか」
「なんで、おっくん?」と、アスカは僕の意見など無視して素直に訊いてしまった。
おっくんは何も言わず、鞄からCDを収納するファイルと、ポータブルのDVDプレイヤーを取りだした。そこにはAVコレクション、具体的には、「ローションまみれシリーズ」ばかり。
「……?」
「これで、夜中に図書室でオナニーしてんだ」
おっくんは、「どうだ」とばかりにほくそ笑んだ。
「どうだ、あのスリル、たまんねぇぞ!」
「うわ」「引くわ」「ないわ」「ないし引くわ」「ないし引くしキモいわー」
僕とアスカの積み重なる非難の声に、おっくんはショックを受けたようだ。
「え、そんな?」
「なんか、おっくんがやってるとヒくわぁ」と、僕は後ずさって見せる。
「おれも心ちゃんだったらなんか許せるけどな」
「僕もアスカだったら許せるけどなぁ」
と僕とアスカは肩を組み、おっくんをジトっと見つめる。
「オナニーは人類に与えられた平等な権利だろ! つうか、そのおかげでこうやって校舎に入れたんだぞ」
「そうだけどさぁ」
「他にも校舎に忍び込んでいるやついるぞ。カップルっぽかったけどさ。こないだうっかり出くわしそうになって、危なかったんだ」
「まさか、それ……!」
「絶対、セックスしてたにちがいねぇ! クソ、俺が図書室で自家発電してる間に……。嫌がらせに、本まで投げ込んでよ」
「本?」
「タイトル忘れたけど、黄色っぽい文庫本。ドラッグがどうたらって小説で……きっと、セックスで薬キメたくらい気持ち良かったっていうメッセージだ!」
残念イケメンのおっくんが大声を上げると、アスカがそれを遮る。
「おい、心ちゃんもおっくんも静かにしろよ。見つかるぞ」
まさか、よりによってまたアスカにたしなめられるなんて。
僕たちは無言のまま、屋上への階段に差し掛かった。
屋上か。そういえば、初めて行くな。
ビビ先生の死んだ理由を探りに来たはずなのに、もはや探検気分だ。
すると。
下から、こつん、こつん、と足音が近づいてきた。見回りに来た警察官かもしれない。
「ほら、2人が騒ぐから来ちゃったじゃんか!」とアスカ。
「どうする?」とおっくんはこちらを見た。
「どうするってそりゃあ……」
僕はぽん、とアスカの肩に手を置いた。おっくんは僕の言わんとすることを察し、ニヤついたままアスカを叩いた。
「達者でな」
僕とおっくんは、アスカを突き飛ばし、ダッシュで逃げ出す。アスカは演劇の階段落ちよろしく、3段ばかし転がり落ちていく。
いかん、ちょっとやりすぎた。
と思いつつも、僕とおっくんはアスカを置き去りに、階段を一気に駆け上がった。
すまん、今回どう考えてもおっくんの方が役に立つし。
「あ、おい、ちょっと、しん……」
アスカの声が消え入った。
「今、アスカが『しん……』って言いかけてたのってさ」おっくんは振り返りながら呟く。
「多分、僕の名前を呼ぼうとしたけど、庇うために黙ったんだね」
「あいつ、健気だなー」
多分、警察に捕まったらお咎めなしとはいかないだろう。イタズラ程度の扱いで大事にはならないだろうが、親くらいは呼ばれるかもしれない。
「囮にして申し訳ないような気がしてきたけど」
「けど?」とおっくんが促す。
「必要な犠牲だし。僕が脱落したら忍びこんだ意味ないし」
「お前最低だな……」
最低で結構、僕は友情よりも愛に生きる。いや、正直「愛」のレベルまではまったく到達してないだろうけど、それでもビビ先生にちょっとでも近づきたかったんだ。
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